第12話 第三界 イズラ①
あたくしは、イズラ。
魔法省の魔法使い……見習い。
それから……アイオアディ王国の第七王女。
アイオアディの名を名乗ることは許されている。
だけど、王位継承権はない。
父王や王太子である兄、きょうだいたちから疎まれているわけじゃない。大事にしてくださる方もいれば、距離を置かれている方もいる。距離を置かれているといっても、無視とかされているわけではなくて、遠くの親戚程度のお付き合いな感じ。
微妙な距離感は、あたくしだけ、正妃様の子ではないから。
そう……無理やり押しかけて側室となった女が産んだ娘。それがあたくし。
そもそも、父王に側室なんて必要はなかった。
正妃様は王太子殿下をはじめ、王子を三人、王女を六人も産んでいたのだから。
だというのに、あたくしの母が……、円満であった王族一家の、その国王陛下に恋をした。
そして、半ば無理やりに嫁いだのだ。
『第三界』において、アイオアディ王国はかなりの力を有する国ではある。
魔法省も魔法使いもいるし、資源も豊富、国土も豊か。
だけど、上には上がいる。
隣国のわがまま姫。
それがあたくしの母。
国と国との力関係もあって、国王陛下はあたくしの母を娶らざるを得なかった。
正妃様を側室にして、母が王妃になるんだと息巻いていた。
さすがにそれは無理で、でも側室でもしばらくは我慢してあげる。跡継ぎの男子を産んだら、元々いた王子も王女もみんな他国に売ってやるから……って。
なんて傲慢。
……そんなわがまま姫は、あたくしを産んだ時の産褥で死んだ。
産褥を理由にして、殺されたのでもおかしくはないけれど。
多分、優しい父王はそこまではやらないと思う。王妃様も同様に。
まあ、とにかく。
そういうことで、わがまま姫は死んだけど。
生まれたあたくしは生き延びた。
女だったから、生かしてくれたのかもしれない。
男だったら、死産とかにされたかもしれない。
ぞっとする話だけど。
それでも、そんなふうに生まれたあたくしを……父王も王妃様も……大事に王女として扱ってくれた。
……だから、あたくしも。最近までは、実母のことは知らなかった。
色々と馬鹿なことをやらかしがちな一番下の兄……第三王子が、あたくしだけ母親が違うことを「そう言えば」という感じにぽろっとこぼしたのだ。
あたくしも、みんなと同じお父様とお母様の子だと思っていたのに……。
その衝撃や他のこともいろいろ積み重なって、あたくしの魔力が爆発した。
それで……あたくしは、今まで通りに王城で第七王女として過ごすのではなく、魔法局の魔法使いとして生きることとなった。
生みの母親のこととか、いきなり爆発した魔法の力とか。
申し訳なくて、王妃様をお母様とは呼べなくなった。
お兄様たちやお姉様たちとも距離を置かなくちゃ……って思った。
でも……、距離を置こうとするあたくしに、父王も王妃様も王太子殿下も姉王女たちも……優しくしてくれた。
特に王妃様。
それまでご夫婦円満だったところに、無理やりに隣国のわがまま姫がやって来て、夫を奪ったようなものなのに。
しかもあたくしという娘まで作って。
申し訳なくて、どうしようもない。
あたくし以外の大勢の貴族たちも、あたくしの事情を知っている。だから、きっとあたくしは政略のコマとしても使えない。
魔法という力があるのなら、魔法で。
国を、支えよう。
贖罪……というほどのことではないけれど、父王や王妃様のために生きよう。
そんな覚悟で魔法省にやって来て、タビオ師匠に魔法を教えてもらっていた。
でも、なかなかうまくいかなくて。
あたくしは膨大な魔力を有しているハズなのに。
でも、また、魔法の力を暴発させるのが怖くて。
そんなとき、魔法省の野外訓練場に、人が倒れていた。
男の人が二人と女の人が一人。
どうして、こんなところに倒れているの?
分からないけど。一番近くの人に声をかけた。
「ねえ! あなた、生きている⁉ あたくしの声、聞こえている? わかる?」
じっと覗き込めば、うっすらと目を開けて。
「よかった! 無事ね! もう大丈夫!」
大丈夫と繰り返して、そしてあたくしはお医者様呼びに走った。
王城にいた時は、王女として過ごしていたから、走ることなんて、なくて。
走るというよりは、急ぐって程度で。それでも転びそうになって。
「何をなさっているのですか、イズラ・ド・アイオアディ様」
「ランカ……」
ランカは、何故か人のことをフルネームで呼ぶ。変なのと、最初は思ったけど、もう慣れた。
「大変なのっ! 訓練場に人が倒れているの!」
ランカや他の魔法使いたちの手を借りて、倒れている人たちを魔法省の宿舎の客間に運んでもらった。
……大丈夫かな。なんとなく心配で。客間の前の廊下をうろうろしたり、時折そっとドアを開けて中を覗いてみたり。
三人のうちの一人が先に目を覚ました。オレンジ交じりの赤い髪が印象的な男の人。
「オレは『第一界』の魔法使い、アルティエロ・デ・バルベリーニ」
起きたその男の人は、名乗ってくれた。
アルティエロ様。
『第一界』の魔法使いがどうして、あたくしたち『第三界』に……と思ったけど。
アルティエロ様の話には血の気が引いた。
魔物。
それも、木星サイズに大きな魔物。
しかもいろんな『界』の地球を食べる。
ここも? この『第三界』も……?
ぞっとした。
どうすればいいのか分からない。
タビオ師匠は、アルティエロ様の話が本当かどうか、『界』を渡って、調べに行くといった。
その間の、あたくしの魔法の訓練はランカに任せて。
……やっぱりうまくできなくて。そうしていたら、アルティエロ様が『第一界』流の魔法の使い方を教えてくれるって言って。
ドキドキしながら向かい合って、手を繋いで……、それで、魔力を、流してもらって……。
うわぁ……。
それまで、あたくしの中にある膨大な魔力を使えなかったのに、アルティエロ様と一緒だと、何をどうすればいいのかすごくよく分かって。
分かるというか……、呼吸するみたいに自然に魔力を使うことができた。
しかも、アルティエロ様と一緒だと、元々大きかったあたくしの魔力も、更にどんどんぐんぐんと増えていくようで。
『界』と山羊モドキの調査から帰ってきたタビオ師匠がすごく驚いていた。
……アルティエロ様は、他者の魔力を『増幅』できるんですって。
すごいって言ったら。
「オレ自身の魔力は『増幅』できないし。あとは『通信魔法』とか、そのあたりくらいしかできないから、自分でアレコレできないのは歯がゆいんだけどね……」って。
……もしも、アルティエロ様に攻撃魔法とかがあったら。
きっと、ご自分で山羊モドキを倒しに行かれてしまうのだろうとは思ったの。
そうしたいんだろうなって。
でも、アルティエロ様の魔法は『増幅』。
……他者の力を強くする。
山羊モドキを倒すために、『第三界』だけじゃなくて、他の『界』にも行ってしまう。
「イズラも……一緒に他の『界』に行くか? 『第三界』よりはきっと安全だと思うんだけど」
……一緒に行きたい。アルティエロ様と一緒に。
だけど。
あたくしは首を横に振った。
父王も、王妃様も、他のきょうだいたちも。
きっと逃げない。
最後まで『第三界』に留まって、山羊モドキから国の民を守る。
だって、国の民全員を他の『界』に移せたりはしないから。
……交渉は、いろいろあったみたい。
アルティエロ様が、他の『界』の魔法使いの力を『増強』する代わりに、『第三界』の民をそれぞれの『界』に受け入れてほしいって。
それでも、あたくしたちのアイオアディ王国から、他の『界』に受け入れてもらえる人数は五千人。
五千という数は確かに多いけれど、それでも国民全員ではない。
アイオアディ王国王都の民がおおむね十五万人。
他の都市の人口は、少ないところで六千人、多いところで二万とか三万人とか。
アイオアディ王国以外にも、周辺諸国はたくさんある。そこの民のことまでは、あたくしたちは考えられないけれど……。
他の『界』に受け入れてくれるのは嬉しいけど……五千人。
誰が、他の『界』に行って、誰が、『第三界』に残るの?
……父王や王妃様は残る。最後まで。
代わりに、他の『界』に行く者たちを、王太子殿下に任せて、そちらで新制アイオアディ王国を統べよ……って、父王は王太子殿下に命じた。
殿下は自分たちだけ行きたくないというお気持ちと、それでもわずかでもアイオアディ王国の血を守らねばってお気持ちで揺れている。
あたくしは……魔法使いとして他の『界』へ行くことは可能。
だけど……。
「ごめんなさい、アルティエロ様。あたくしは『第三界』に残ります」
贖罪の気持ちもある。
知らない場所で、あたくしのような子どもが役に立つことなんてないのではないかという気持ちも。
ここでなら、タビオ師匠もランカもいる。
あたくしがもっと魔法使いとして成長して、もっともっと役に立てれば……。
きっとその気持ちが、大きい。
残ることにして、そして。
通信魔法やそのほか、わたしの魔法全般を磨くことにした。
アルティエロ様がどの『界』に居ても、連絡が取れるように。
各『界』との連絡が、速やかにとれるようになれば、きっと父王や王妃様のお力に、あたくしがなれる。どこかの『界』で、山羊モドキを倒す方法が分かれば、すぐに実行できるように。
あとは……攻撃的な魔法も覚えられれば。
だって、あたくしの魔力は膨大。
倒せるくらいに大きい魔力を得られれば……。
だから、アルティエル様について行くのではなくて、ここで。
『第三界』で力を磨く。
「ここで、あたくしが、できることがありますから」
「わかった。オレも……『第三界』にあの山羊モドキが到達するまでは。いろんな界でアレを倒せる方法を探すけど。でも、必ず戻って来るから」
きゅっと握ってもらった両手の強さを。
あたくしは、何度も反芻した。
いろんな魔法を磨いていくのに並行して、鐘形の増幅装置もランカや他の魔法使いたちと一緒に開発した。
アルティエロ様が『第三界』に戻ってくる日を待った。
だけど。
山羊モドキの、地球を食すスピードは……、予想を上回る速度で、次第に上がっていったのだ……。
「どうしよう……。どうしたらいいの……?」
怖い。
怖さが増してくる。
「……アルティエロ・デ・バルベリーニ様が何かしらの方法を掴んでくださればいいのですが」
「ランカ……」
『第三界』『第四界』『第五界』『第六界』
どの『界』の魔法使いたちも、あの山羊モドキを倒せるような方法を作り上げることはできなかった。
今は、『第五界』の火星を人々が暮らせるように改造し、そうして山羊モドキから逃れようとしている。
でも……、それはきっと間に合わない。
『第五界』の人たちの避難場所としては、もしかしたら間に合うかもしれないけど。
『第五界』の火星が住めるようになる前に、『第三界』は山羊モドキに食われてしまう。
「アルティエロ様……」
作り上げた鐘に向かって呼びかける。
タビオ師匠からの情報によれば、アルティエロ様は『第六界』の魔法使いの増幅をした後、魔法のない『第七界』に向かったとのこと。
とすれば、『第六界』と『第七界』の間には、行き来できるルートがある、はず。
それを探って、『第七界』に意識を飛ばして……アルティエロ様の気配を探る。
何度も失敗して、魔力が足りなくなって倒れて。
それでも、繰り返した。
帰って来て、アルティエロ様。
……ううん、違う。『第三界』が危ないのなら、帰って来ては駄目。
逃げて。
でも……。
のんびり更新となります! すみません!




