3本目
「また勝てなかった。すぐには無理だな。」
任務を終えた伊月はそう呟いた。
新人にも関わらず、組織の中でもトップクラスの実力を持つ伊月だったが、それでもライバル視している者が何人かいる。その中でも、共に働く本郷は最も近くにいるが最も遠い存在となっていた。
「経験の差か…いや、それだけじゃない気がするな。でも一体なんだろう。それが分からないと、背中すらも見えないんだろうな。」
そう言う伊月は悔しそうで、しかし何処か楽しそうだった。追いかける相手がいる、超えたいと思える相手がいる。それは研鑽を続ける伊月にとって喜びであり、それを達成した時の高揚感は何物にも代えられない。
「今は鍛えるしかないな。経験は焦っても手に入らない。それなら今は出来ることをするだけ…か。」
自分の中で答えを出し、踵を返してトレーニングルームへ向かう。任務から終わったばかりの時間なら空いていることが多く、伊月はそのタイミングによく利用している。
人がいる時に伊月がトレーニングをしていると、周りの人は伊月の観察を始める。それもそうだ。飛び抜けた実力のある新人であり、本郷と肩を並べて仕事をすることの出来る逸材。そんな彼に憧れる者も少なくない。その張本人がトレーニングをしているのだ。興味を持つなというほうが無理な話。
話しかけられるわけではないので伊月としても邪魔をされているわけではないが、やはり視線が気になり、人が少ない時間帯を選んでいる。
「うん、この時間はやっぱり気楽でいいな。」
身体を動かしている間は自分のことに集中できる。余計なことを考えず、ただ目の前のことに没頭する。
それが伊月にとって、かけがえのないことであり、この上なく幸せな時間なのだ。
しかし、ふとした時に頭をよぎる上司の顔。
「…あの人はどうしてあんなに強いんだろう。戦闘技術も、精神面も、何がそんなにあの人を強くさせるんだろう。」
いややめよう、と雑念を払いトレーニングを始める。
今はそれしかない。伊月のトレーニングは夜まで続いた…。




