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ハナさんと連絡先を交換し終えたところで、お医者さんがあらわれた。
「西野 アキラさん。過労ですね。点滴が終わったら帰っていいですけど、きちんと栄養のある食生活をしてくださいね。それと、労災保険は使いますか?」
「それはいいです」
切り詰めた生活の中で、栄養不足なのは自分のせいだから。それに、掛け金が高くなるのは痛い。
「わたし、お弁当作りましょうか?」
冗談なのか本気なのか、ハナさんはにこにこしながら言った。
僕は、返事をしなかった。
先生が居なくなると、ハナさんはちょっと待っててねと行って廊下に出て行った。
僕が病院で横になるのはこれが初めてだ。ナツミはいつも、こんな景色を見ていたんだな。しみしいような、心もとないような。そんなたくさんの不安の中で、彼女は痛みを我慢してきた。
ナツミ……。
また想いが込み上げてきて、泣きそうになるのをぐっとこらえる。朝食を取り損ねた腹が、なさけなくぐぅと鳴った。
「お待たせ。アキラさんはコーヒーと紅茶とどっちがいいですか?」
あわただしく戻ってきたハナさんが、満面の笑顔で僕を見下ろす。
「じゃあ、コーヒーで」
「はい、緑茶をどうぞ」
「なんで?」
「もしかしてカフェイン摂りすぎじゃないかと思ったんです。おむすびは、昆布とおかかのどっちがいいですか?」
「あ〜、えっと、どっちでも」
「なるほど、梅昆布でいいですか?」
「そんなの、売店で売ってるの?」
ナツミの見舞いに来ていた頃は、そんな洒落たものはなかったはず。
「ううん、おむすびはわたしが自宅でにぎったものです。そういうの、嫌い?」
心底不安そうに首をかしげるハナさんに、僕は精一杯言葉をつむぐ。
「そうじゃないけど。いいの? その分、きみが食べる量が減るだろう?」
「それなら心配しなくていいですよ。浮気者のコースケとは今朝別れたばっかりですから。どうせお弁当無駄にするなら、生き倒れた人の良さそうなイケボのアキラさんに食べてもらえたら本望です」
はいっとハナさんは大ぶりな弁当箱を開けて見せた。
なるほど。この年ごろの女の子にしては地味だけど、適度な飾りがあってかわいい。
「美味しそうでしょう? 事実美味しいんで、一緒に食べる」
まるでそれが決定事項のように、自分の弁当も開いた。
「あのぉ、ハナさん?」
「なんですか? アキラさん」
学校に行かなくていいの? という無遠慮な言葉は、彼女の赤く腫れた目を見て飲み込んだ。
彼氏と別れて、僕と会った。そして僕を病院に連れて行くことで、学校をサボる理由ができたということだろう。
「いただきます」
点滴チューブをぶらぶらさせて、ぼくはおむすびにかじりついた。梅昆布のシソと昆布の味が口いっぱいに広がる。
「美味しい」
「そうでしょう?」
ハナさんはまた、笑顔になった。今度は得意げな笑顔だ。
食べ物をこんな風に食べるのは久しぶりだな。
「この病院、昔お母さんがお世話になってたんてすよね。盲腸破裂しちゃって」
「そうなんだ? それで、お母さんは大丈夫だったのかい?」
「うん。退院するまで時間かかったけど、無事に現在も元気です。ただ、そんなことがあったから、やりたいことをやり残すことはしたくないって考え方をするようになって、今はトライアスロンに挑戦中っていう、かなりのヤバタリアンです」
「ヤバタリアンって?」
「ヤバイオバタリアンのこと。言いません? オバタリアンってすでに死語?」
そうか。そんなことがあったんだね。
それに比べて僕は今だにナツミの死を受け止めきれないでいる。まったく、なさけないな。
つづく




