no title 6
未来で待ってる。
うん。
すぐ行く。
走って行く。
映画『時をかける少女』(2006)
脚本 奥寺佐渡子
*
輪廻の言葉に脱衣室にいた二人は、呆気にとられた。
「誠司が、異世界の神――?」
「✂その言葉は、とても強いですね……✂」
それから、二人は爆笑した。
「✂すみません! 輪廻が朝からジョークを言うとは思えなくて、つい……」
ポンコツメガネは涙を指で拭きながら、笑いをこらえている。
「あー。笑った。どういうことだよ、俺たちにも情報寄越せよ。
誠司ー。お前、もうジャージで良いよな?」
金髪バカは笑いながら、壊滅的にダサいエメラルドグリーンのジャージと体操着を渡してきた。
丁寧に水谷誠司とオレンジ色の刺繍まで入っていた。何回洗っても丈夫そうではあった。
――せめて紺が良かったのになぁ。
明日人の魂のことを考えると、気持ちは沈むのに、ジャージの色は自然と考えてしまう。
二人がかりで世話をされ、美味い飯を食う。
地獄の生ぬるいこの生活が、明日人との大きな距離になっている気がした。
「なんで、俺が異世界の神になれると思ったんだ?」
俺はクソダセェ体操着とジャージを着て、輪廻に聞いた。
「守護者は技能ではありません。称号です」
輪廻は身支度を整えると、鏡の前で髪を整える。
「称号――?」
「その通り。
ただ、一体何の守護者なのか? 一つ言えるのは、神かその眷属に支える者でないと守護者にはなれません。
一介の地獄の亡者に、そのような称号が与えられる原因が、詳細欄にある筈なのです。
なぜ、私が水谷誠司の監視を行っているのか?
私自身も不明瞭ではありました。何度も肉体が甦ること以外に、あなたは一体何をしてきたのですか?
地獄において、魂のヒエラルキーは絶対的です。
地獄バイソンのような草食動物が最上位で、亡者がそれ以上の力を獲る事など不可能に近い。
人間界で言うなれば、一本の葦に土地と爵位が与えられたようなものですよ?」
少しも笑わない輪廻の気迫に、鎖と鋏も笑うのを止めた。
「称号? って、なんだよ? 特殊技能の間違えじゃないのか?」
鎖は俺の顔を見ながら困惑していた。
「俺が昨夜偶然に見つけた、何かの力――としか、説明がつかない」
「✂待ってください。それは、いつ獲得していたのですか?」
「既にもうあった――。俺にもわからない。
これがそうだ……」
俺は空間端末でステータス画面を開いた。
ほぼ隠しページのようなタブを開くと、全文が黒く塗りつぶされた、異様な画面が表示された。
「なんだこりゃ――」
「✂これでは、称号獲得の意味がないですね。何かしらの特殊技能が、追加されている可能性もあるのに……漆黒守護者とは、何ですか?」
輪廻は深呼吸してから、俺たちに語りだした。
「元々、水谷誠司はイレギュラーな存在ではありました。しかし、それ以外は、一般的な亡者です。
そのはずでした――なのに、なぜ、このような機密事項があるのか?
理由はわかりません。情報開示が断片的なのは、ムーンライトの出自とは別の何かが起こったと考えるべきかもしれません。
称号は技能ではありません。
魂の履歴そのものです。
なので、監視者権限で、スターテス画面の黒塗り部分を、私が解除します」
「なんだ、解除出来るのか……」
「しかし、これがもし、天上界も絡む機密だった場合、越権行為に当たりますから、私の役人としての立場が追われます。
――大丈夫です。私も新米ではありませんよ。
もし、越権行為であった場合でも、緊急性が高かったなど、役人の方便くらいは使えます。心配しないで下さい」
輪廻は不安そうにしていた鋏に微笑みかけた。
*
俺は――。
この時、初めて地獄がいかに残虐で情け容赦ないものなのか、理解した。
地獄という異世界で、最も苦痛なのは飢えや渇きじゃない。
生きながら体を喰われて死ぬことだった。
――もういい……。充分だ……。早く……殺してくれ……。
獰猛な地獄のリスが何十匹も群がり、俺の体を喰い破っていく。
――また、駄目だった……。明日人に……会えなかった……。
そして、俺は、息絶えた俺の骸と群がるリスを見つめながら再生した。
――明日人が、俺を呼んでる……。
俺は、再び、明日人のいる山に向かって歩き始めた。
一体どれ程の時間が経過したのか。そんな感覚はとうに失っていた。
明日人に、会いたい――。
ただ、それだけだった。
その思いを抱いて、何百、何千、何万の死と再生をこの異世界で繰り返していた――。
*
「セイちゃん――!」
山の上の神殿に明日人はいた。
「ずっと、ずっと、待ってたよ! ずっと、会いたかった!」
泣きながら駆け寄る明日人を抱き締めると、これまでの出来事は全て夢のように感じた。
ただ、明日人に一目会えたら、それで良かった。
「明日人――それじゃあな……」
俺は、笑った。
「待って……。セイちゃんと、これからここで暮らしたいよ。俺、ずっと、待ってたんだよ?」
腕の中の明日人の頬を優しく撫でる。
「それは、無理だ――」
明日人は俺の顔をじっと見上げた。
「なんで――?」
「お前は、これから、アーシュになるから。
苦しんでる大勢の人の痛みや苦痛を和らげ、救済するのが、お前の役目になるからだ」
「……セイちゃんも、一緒でしょ?」
俺は静かに首を横に振った。
「お前の最後の願いを聞き届けたから、俺はここに残る」
優しく髪を鋤いてやりながら、涙をこぼす明日人の頬に口付けた。
「ヤダ……。ヤダよ。セイちゃんと、ずっと一緒にいたい……」
明日人が泣いて、むずがると――真紅の空に轟音が鳴り響いた。
緩やかに世界が歪み始めている――。
明日人が神になるのを拒否する事は、終焉を示していた。
無垢なる魂の転生するエネルギーが、世界の均衡を保っている。
おびただしい数の生死を繰り返しているうちに、俺は不思議なほど世界の理が判るようになっていた。
「セイちゃんと、一緒じゃないと嫌だよ!!」
明日人が俺にとらわれてしまうと、世界が終わる――。
「明日人。お前は世界に残って、神話になれ――」
俺は祭壇にあった短刀を手に取ると、迷いなく喉に突き立てた。
*
【称号獲得】漆黒守護者
■ 属性
深淵の闇
■ 攻撃能力
・対象の全技能及び魂の補食
・殺傷能力 100%
■ 防衛能力
・対象と接触した瞬間、補食が開始されるため攻撃無効化 100%
■ 称号獲得の経緯
転落死 580回
餓死 265回
失血死 25,849回
肉食動物に補食された回数 286,438回
毒虫による麻痺死 4,908回
猛毒植物の誤食 1,102回
地獄菌感染による腐敗死 2,447回
地熱噴出による焼死 3,912回
溶岩流による焼死 1,731回
砂嵐による窒息死 2,084回
毒霧による窒息死 1,653回
魔獣の巣への転落 6,522回
地獄河川への溺死 3,105回
地獄バイソンによる踏殺 1,208回
精神崩壊状態での徘徊期間 記録不能
■ 備考
286,438回の補食を受けながらも
魂が消滅せず、藤浪明日人への庇護欲を保持。
地獄における捕食連鎖の最下層存在でありながら
魂が捕食連鎖に適応。
「捕食される存在」から
「捕食する存在」へ反転。
■ 神格審査結果
藤浪明日人を神へ覚醒させる為の自決 1回
死後においても藤浪明日人を導いた功績により
称号【漆黒守護者】を授与
■ 能力の目的
守護対象:藤浪明日人
守護優先度:最上位(永久固定)
*
「なにこれ……セイちゃんが……かわいそうだよ……。
こんな世界、俺は望んでなかった……。
セイちゃんが俺の前で死んじゃうなんて……。
一人ぼっちで……こんなにたくさん死んでたなんて……。
誰か……セイちゃんを助けてあげてよ……。
もう一度――違う未来でセイちゃんに会わせて……」
無垢なる魂の願いが、時を戻して、世界を再編成した。




