no title 7
"But that is another story and shall be told another time."
だが、それはまた別の物語。いずれ語られることになるだろう。
はてしない物語 / ミヒャエル・エンデ
*
輪廻が、黒塗りを解除した。
漆黒守護者の詳細が全文表示された時、俺たちは無言のまま、誰一人身動きが取れなかった。
俺には何の記憶もない。
だから、死亡原因となった数字の羅列や、自分で自決するに至った経緯も想像が追いつかなかった。
これは本当に――俺の、魂の履歴なのか?
内容は壮絶だが、他人の日記を見せられたような、冷めた目で俺は見ていた。
「……やり過ぎだろ……お前……」
絞り出すような声で鎖は言うと、脱衣室から黙って出て行った。
鋏は、静かに目を伏せると無言のまま鎖の後を追いかけた。
二人はこの詳細をどう処理して良いのか、わからなかったのかもしれない。
「――この経緯であれば、神に選ばれた守護者として納得がいきます」
監視者である輪廻だけが、冷静に納得していた。
「俺は、何も覚えてねぇ」
「あなたは、恐らく時間を逆行し、また異世界へ来たのだと思います」
「ふーん……」
「喜ばないのですか?」
「は? なんで?」
「あなたの望んだ通りの、チート能力者じゃないですか」
「でもこれ、ただの化物だろ」
俺は、詳細を眺めた率直な感想を伝えた。
「ミもフタもないことを――でもそうですね。
あなたは、たった一本の葦から、冥界の怪物になった。
その起因となった、無垢なる魂に対する執着が、凄まじい。
地獄の生態系を凌駕する程の陰のエネルギー。それがあなたです」
「――早く、明日人に会いたい」
輪廻は笑った。
「地獄を束ねる力を持ちながら、それでも尚、天上界を目指すのですか?」
「当たり前だろ。明日人が、俺を待ってるんだ。
それに、あいつは俺が来ないと……きっと泣く」
「それでは、天上界へ参りますか。
あなたがどうなっていくのか――私も見届けたい」
「ああ」
俺と輪廻は表に出た。モモは呑気に飼い葉を食べている。
人が乗り降りしやすいように鎖が梯子を付けていた。モモの背中は広い。鎖は水平に座れる大きな輿まで生成していた。移動しながら四人が眠れる広さである。
「なかなか、快適に過ごせそうですね」
最後に乗り込んだ輪廻は、一番奥に腰をおろし、目指す山を見つめた。
無言だった鋏が静かに聞いた。
「✂あなたは、明日人が神になるのを止めるのですか? それとも、神になったアーシュと共に漆黒守護者として生きるのですか?」
俺はしばらく黙ってから、答えた。
「明日人が、アーシュになりたいなら、それで良い。
でも、望んでないのに、神にされるのなら、俺は止める」
輪廻は静かに話す。
「今まで、無垢なる魂が、神にならなかったことなどありませんでしたよ?
無垢なる魂が神に変わる時、その膨大なエネルギーがコンテンツを支えて人々を魅了しているのです。
神になることを止めるのは――世界の破綻に繋がるかもしれません。
IP神話に破綻が生じても、あなたはそれを止めるのですか?」
「そんな理屈、知らねぇよ。IP神話が破綻したら、どうなるんだ?」
「さぁ。私は地獄の役人。天上界へ干渉する権限がないので、わかりかねます。
しかし、これから創作される、神産みを止める等の前例は聞いたことがありません。
あなたは明日人様を神に押し上げた功績で漆黒守護者となったのであれば、世界は神話を守ります。
神のいない神話の世界など存在できるのでしょうか?
神産みを止めてしまったら――創作世界そのものが消えてしまうかもしれません」
「ふーん……でも、それは必ずそうなるって、決まってるのか? その確率はどのくらいなんだよ?」
俺は輪廻の言葉に不信感を露にしながら聞いた。
「――待ってろ。その可能性を今、算出する」
鎖は長考しだした。
*
横浜市立東中学校のチャイムが鳴ると、水谷誠司は現国の授業中に夢小説を書き始めた。
塾で授業の範囲は既に終らせてしまった。退屈な授業の間、水谷は何となく気になってた事を混ぜながら『ディグオンの伝説』のアーシュと自分の恋愛模様を書くのを楽しみにしていた。
家に帰ったら今日はたまごっち!の録画をまとめて見る予定だ。
流石に親と見るのは恥ずかしいので、親のいない時間に見るのだが、まめっちが敬語で少し大人びた口調なのが好きだった。
下校時間に、放送室から流れてくるドヴォルザークの『家路』が流れてきた。
たった一人で夕陽の射した校舎にいると、理由もなく自然に涙が流れた。どうして、勝手に涙が出るのかわからないまま、誰もいない階段を降りて、一人で家に帰った。
勉強の合間に書く、夢小説は友達のいない水谷誠司にとっては、唯一息のつける時間だった。
内容は取り留めないものばかりだったが、文章にすると少しスッキリする。
そんな日々の繰り返しのなか、そのノートは高校進学の時にまとめて捨てた。
俺とアーシュ~ TRUE LOVE 4EVER~
随所に出てくる、この文章を読み返すと、顔から火が出るほど恥ずかしかったからだ。
思春期に戯れで書いたその物語を、水谷誠司はそのまま忘れ、明日人を拾うあの夏の夜を迎えた――




