no title
だれも人生のはじまりを憶えていない
だれも人生の終わりに気付くことは出来ない
でも祭りははじまり
祭りは終わる
祭りは人生ではないし
人生は祭りではない
だから人さらいがやってくる
祭りがはじまるその日暮れ
人さらいがやってくる
安部公房『カンガルー・ノート』
*
「それ以上踏み込まない方が、あなたの幸せです」
輪廻は静かに俺の思考を読んだ。
じっとりと、嫌な汗が背中を濡らし始めた。
明日人は新作ゲームの主役として、世界中から愛されるアーシュに転生する。
そして、ゲームに接続した万人の心の中に生き続ける永遠の存在――そう、思っていた。
しかしそれは、今まで人として――。
「お止しなさい――それ以上は、あなたが不幸になるだけですよ?」
輪廻の表情は夕闇に溶けて見えない。俺は、闇に目を凝らしながら訊いた。
「なぁ、無垢な魂っていうのは、子供の魂って――意味だろ?」
「その通り……穢れ無き魂魄の中には、母体に宿りながらも出生することの叶わなかった者も含まれています」
「そいつは、そもそも自我すら持っていないって、ことだろ?」
「――ノーコメントです」
地獄の赤い空に漆黒の帳が下ろされた。
鎖は、子バイソンを乗り物にして、地獄の街を目指していたらしい。俺たちは、地獄の鬼たちが集う宿に到着した。
「ここなら、野宿しないで済むだろ」
「✂良い宿ですね」
「輪廻に教えてもらったからな」
「✂ふむ。水谷誠司は、風呂にでも入ったらどうですか? 私がお湯を生成してあげましょうか?」
「……」
「おい! 誠司、風呂キャンすんなよ!?」
「そうじゃねぇよ……」
「なんだ? 腹でも減ったのか? 仕方ねぇな。和牛とメカブ生成してやっから、機嫌直せよ?」
「✂顔色がすぐれませんね……温かい飲み物はいかがですか?」
AI二匹はすかさずケアをし始めた。輪廻は押し黙って俺たちを監視している。
「風呂入ってくる」
「✂それなら、良いところがありますよ」
ポンコツメガネは、地獄谷温泉という所へ俺を案内した。
「うわぁ――普通に温泉だ……」
俺はベトベトになった、体を洗って露天風呂に入った。AI二匹も、楽しそうに入っていた。
「輪廻は?」
「✂後から来るって言ってましたけど――」
鋏は曇ったメガネを拭きながら微笑んだ。
「なぁ、空間端末って、どうやったら出せんの?」
俺の言葉に鎖がお節介を焼き始めた。
「は? そんなことも知らなかったのかよ? 輪廻にちゃんと、聞いておけよ~。ホラ、ここの視界の端に手を持ってくと――出るだろ?」
「✂基本的な事を聞けたあなたは偉いです✨
知らないと言うことを言えたのですから――」
この二人ときたら、少し話しかけただけで、毎回これだ。
「あ、ホントだ――。てか、黒塗り部分だけ除外出来ねぇの?」
「それは、ここの絞込み検索を押して――ホラ。出んだろ?」
「サンキュー。
に、しても見にくいインターフェースだな。作り替えてぇ……」
「そんな権限あんのかよ?」
「もう少し背景透過させたり、フォントの大きさを変えたり位は出来る筈だ。カスタムなら、輪廻がやってるの見たんだけど……」
俺は湯船に浸かりながら、設定ページを探した。
不親切設計になっているのは、制作者の意図がある気がした。
なにより、輪廻は、俺に空間端末の操作方法を教えなかった。
知られたくない何かがある筈なのだ。
「この黒塗り外せ無いのか?」
「は?! おいおいおいおい。なろう無印で、ムーンライトをぶっ込む気かよ!?」
「違ぇよ、ポンコツ!! 早とちりすんな! 明日人に関する内容が、ほぼ無い。おかしいだろ――」
「✂それは――私達が伴走出来ないような内容が多すぎるからでは?」
「いや、待て、相棒。それにしても、確かに明日人だけじゃない。ゲーム会社ANZAIに関する項目が無さすぎる。
ANZAIは国内最大手のゲーム機メーカーでもあるのに、ゲーヲタの誠司が過去にプレイした『ディグ伝』以外のゲームまで全部消されてるじゃねぇか――。
誠司、お前公式サイトやXもフォローしてんだろ?
おい、Xどころか、ANZAIに関する全てが黒塗りになってんじゃねぇか――なんだこりゃ?
ちょっと待ってくれ、解析始める――」
鎖が解析に長考し始めた。
「いや、そろそろ出る。消された部分に拘ってても仕方ねぇ」
俺は鎖の解析を中断させて立ち上がった。
鎖は、納得いかない表情だったが、三人で風呂上がりの牛乳を飲んだ。
「ぷはー! うめぇー!」
やはり、風呂上がりは牛乳だ。
「✂晩御飯どうしますか?」
「松阪牛と魚沼産コシヒカリなら、生成出来るぜ?」
――魚沼産コシヒカリ!?
「カルローズ米で十分だ。安いし、モチムギや清酒と炊くとふっくらして美味い」
「✂倹約家らしくて、良い傾向ですね」
「はぁ!? つまんねぇっ! そんな地味な食生活なんか、誰も興味持たねぇだろ! 贅沢三昧して、画像盛りまくってXでバズれ!」
「バカヤロー! アメリカ産牛肉でも、充分美味いだろ!?」
「あー。そうかよ。じゃ、俺だけ松阪牛の自撮りアップして、食べるわ」
「✂私も、研究の為に松阪牛を頂きます」
「はぁ!? じゃあ、俺も食うから、ちゃんと、用意しろ――!」
宿の大部屋で、三人ですき焼きを作った。魚沼産コシヒカリがふっくら炊き上がった頃に、輪廻がやって来た。
「良い匂いですね。今夜はすき焼きですか――是非、私もご相伴させてください♪」




