第二十一話
「……以上が、自分達が見付け出した内容となります。」
第二騎士団の詰所内。
執務机に座るジェダイトを前に、ランスロットが口を閉じた。
「……無いな。」
「え……?」
「セレスティナが、あの狸の娘である側室に会いに行ったのだろう。
だが、あの女は理由や原因にはなっても、指示は出さぬ」
ジェダイトの側に控えるテレンスの入れた紅茶に口を付けながら、ジェダイトは無感動に告げた。
「…….騎士団長は、側室殿は今回の件に無関係だと?」
「無関係とは、言わぬ。
あの女の微かな香りを、現にお前は感じ取った。」
ランスロットが気が付いた殺された影の死体に微かに混じった香り。
「……あの香りを好んで纏うのは一人だけ。
しかも、特注の配合ですから……」
「あの女の私室にわざわざ入りこまなくとも、残り香を手に入れる方法は幾らでもある。
例えば、押し花を包んでいたレースのハンカチとやらも、もとを辿ればあの女の持ち物だった可能性もある。」
「…………っ」
ジェダイトの言葉に、ランスロットの眉が微かに動く。
「……セレスティナも、恐らくは……あの女を犯人とは思っていない。
何処までを関与しているのか、何処まで理解しているのかを測りに行ったに過ぎぬ。」
「……確かに、あの側室は実行犯じゃない。
だけど、指示を出していない証拠も…………出した証拠も有りませんけど……」
自分で自分の言葉を否定しながら、ランスロットは顔を歪める。
「一応なりとも、あの女は王の側室。
明確な証拠がなければ手は出せぬ。
……過去に、どれほど怪しい事柄が積み上がっていたとしてもな。」
十数年前の王の暗殺未遂。
第二側室だった女性を苛め抜いた一部の貴族令嬢達。
他にも、キャロライン・アーガストが裏で糸を引いた可能性が高い事件は数あれど。
怪しいと言うだけでは、身柄を押さえることは出来はしない。
「……今回も、尻尾を切っておしまいですか」
「尻尾ですら、無いかもしれぬ。」
テレンス、とジェダイトが声を掛ければ、すぐにランスロットへと差し出された紙の束。
「……コレって……」
「第一騎士団に属する者、全てを洗い出した物です。」
「………………」
「勿論、調査内容には貴殿の分も含まれて御座います。」
「ハハッ……さっすが、容赦ないですね」
自分も疑われていた、いや、疑われる以前の問題か。
目の前に無表情で座るジェダイトにとって、僅かでも怪しい可能性が有るならば調べ尽くすことが当然なのだ。
「数ある容疑者候補の中より、特に怪しい存在が数名。
更に影を動員して調べ上げた結果、第一騎士団所属の一人に的が絞り込まれました。」
説明と共にテレンスが紙の束の一番上の人物の調査内容を示す。
「……同じ奴に行き当たりましたね」
「加えて、昨夜の夕方頃より行方をくらましています。
目下、捜索中では有りますが……一応なりとも、王族の近衛騎士に選ばれた人間です。
それなりの実力の持ち主では有りますので、油断はなりません。」
「……ミオンが追っていた、あの独特な香りの昏倒薬の方からは足が付かなかったんですよ」
「相手も馬鹿じゃないということですな。
そちらから、自分に捜査の手が伸びることは考慮していたのでしょう」
テレンスの冷静な言葉に、ランスロットはもう一度事件について考え込む。
「…………アイツは、何故……今回の件を起こしたのか?
自分は同じ第一騎士団所属ですから、同じ任務に就いたことは何度か有りました。
だからこそ、アイツが考え無しの馬鹿じゃないことは分かってます。」
こんな事件を起こせば、タダでは済まないことを理解できない奴じゃない。
絶対に捕まらないなんて、甘い考えを抱くような奴でもない。
「……面倒だ。
己の身の破滅すら厭わぬ輩ほど、面倒極まりない物はない」
「……理由が今一つ曖昧なことも、分かりにくいですな。
恐らく、理由の根本は側室殿。
ですが、側室殿のためにサミュエル様を狙う。」
「……そこが、繋がらない……」
そう、理由がはっきりとしない。
見えて来ない、それが……気持ち悪さを残している。
「……どちらにせよ、何が起こっても対処するまでだ。」
盤面を見渡し、目的も、姿も見せない駒に怯えていても致し方ない。
「……レパード、もう一つだけ聞いておく。」
「……はい?」
「あの男の得手は何だ?」
「得手……?
それが、剣とか、槍の話だったら……意外なんですけど、弓矢じゃないでしょうか?」
「ほう……?」
ジェダイトの問い掛けに、ランスロットは記憶を漁るように答える。
「だいぶ前の話なんですが、騎乗時に弓矢を使用する訓練があって……群を抜いて上手かった記憶があります。」
「……そうか。
参考にしておこう」
「……え?」
「その話は、侍女にも伝えておけ。」
ランスロットの返事を待つことなく、立ち上がり、ジェダイトは移動を開始する。
「……テレンス」
「はい」
「緊急の招集の時刻が近付いている。」
怒りも、悲しみも、何の感情も宿らないジェダイトの声音。
「万が一、我が弟と同じ容姿を持つ者が現れたとしても……」
感情を宿すことのない凪いだ瞳。
「それは、我が弟では無い。
……既に、遺体は荼毘に付されているのだから、決して有り得ぬ。」
「……御意」
ジェダイトの言葉に、テレンスもまた感情を出すことなく答えるのだった。




