第十七話
「……で?
ランちゃんは、なぁにを辛気臭い顔をしているんですかぁ?」
王城の敷地内の一角に石造りの建物がある。
真昼までも何処か薄暗く、ひんやりとした建物こそ……遺体安置所だった。
「……ミオン、か」
遺体安置所内にある一体の遺体。
その前に無言で佇むランスロットの背後に、音もなく現れた侍女。
「ミオンちゃん以外に誰がいると?」
声音だけならば明るく楽しげなのに、その色違いの瞳は全く笑っていない。
「あはー!
無いとは思いますけど、セレスティナさまからの命令を遂行中に…………くだらない家族愛にでも目覚めたと言うならば……」
明るく楽しげだった声音が途切れ、殺意にギラついた瞳が剣呑な光を宿す。
「殺す」
感情のない純粋な殺意が室内に充満する。
「……おー、怖い。
お前は……本当に、容赦のない女だね。
……今更、切り捨てた弟を思って泣くほど、良い兄貴じゃねえよ。」
数日前の雷雨の日に届いたフレドリックの死の一報。
「婚約者に会うたびに噂を信じて売女だと暴言を吐いていたくせに、学び舎で阿婆擦れ相手に筆下ろしを済ませて。
無人の教室とか、お外がお好みだったみたいですし?
挙句の果てに、捏造された証拠と阿婆擦れの安っぽい涙を信じて罪もない公爵令嬢を衆人の前で押さえ付けて侮辱した。」
影としてしごき抜かれたミオンにとって、家族の死など感傷的になる理由すら理解できない。
「お前の弟が、どんな死に方をしようが関係ない。
馬鹿だったから、利用され、殺され、死に様すらも使われただけだ。」
「…………っ」
「ソレの影響を受けて、無駄な感情を抱き、セレスティナさまの下僕であるお前が支障をきたす。
セレスティナさまの御身を危険に晒すと言うならば……さっさと死ね」
感情を削ぎ落としたミオンの声音が、ランスロットの背中に突き刺さる。
ミオンにとって、ランスロットの感傷も、憤りも、セレスティナを守るためには邪魔なものでしか無かった。
「……無駄な感情、ねえ……。
悪いが俺は……お前ほど完璧に心を殺せなくてな。
だが、無様に殺された弟の敵を取りたいなんて殊勝な性格じゃない。
……ただ、俺の得意分野で、俺の領域を土足で踏みにじられたことが……心底、気に食わないだけだ。」
「…………」
下がっていたランスロットの視線が上がる。
「ご立派な騎士様とやらには不要な趣味を誰一人にも理解されず、跡取り失格だと非難され……」
幼い頃から薬草に興味を抱き、薬について学びたいと専門書を片っ端から読み漁った子供時代。
代々騎士の家系であるレパード家の長男に有るまじき趣味嗜好。
「騎士たる者、薬という卑怯な手管を学ぶなど有り得ない」
母親はともかく、父からはあまり良い顔はされなかったランスロットの薬好き。
だが、良い顔をしない父親もランスロットから専門書を取り上げず、学ぶのをやめろと注意をしないだけ恵まれていた。
そんな兄の傍らで、素直に剣のみを学ぶフレドリックは、それでこそレパード家の立派な騎士だと周囲に褒め称えられた。
「騎士失格だと言われ続けた俺を……たった一人。
唯一人、認めて下さったひーさまを、セレスティナさまを危険に晒すほど……堕ちてはねーよ。」
いつもと変わらない軽口のような口調でランスロットは笑ってみせる。
虚弱で、倒れることもあるセレスティナにとって、薬は切っても切れないものだ。
そんな薬について詳しい人間が護衛の中にいるなんて頼もしい、とランスロットへと微笑んだセレスティナ。
「それに、な……」
騎士であっても薬に詳しいことは有益なのだと微笑んだセレスティナに。
ランスロットの好きなことを否定せず、認めてくれた唯一の主君に……ランスロットは、忠誠という剣を捧げたのだ。
「俺がセレスティナさまにとって、危険分子に成り下がった時…………ミオン、お前が殺してくれるだろ?」
自分と同じか……認めたくは無いが、それ以上に。
セレスティナへと忠誠を、いや魂と命まで、その全てを捧げている影にランスロットは口角を上げ、視線を向ける。
「……あは!
なーにをモチのロンなことを言ってるんですかぁ?
ランちゃんが相手でも、セレスティナさまを危険に晒すなら……殺す」
「よろしくな。
……まっ!そんな日は来ないけどなー」
ニイッと笑ったランスロットへと、表面上だけは何時も通りの可愛い侍女としての笑顔をミオンは向ける。
「(……表面上は、何とでも言える。
暫くは、監視を付ける必要が有りそうね)」
監視を付けるとミオンが考えることくらい、ランスロットは分かっているだろう。
絶対に有り得ないが、ミオンが感情を乱したならば…………ランスロットも同じことをするからだ。
「……んもうっ!
ランちゃんのせいで余計な時間を使っちゃいましたぁ……!
セレスティナさまの元に早く帰るだけじゃなくて、バッチリと素敵なお土産もお持ち帰りしたいのにぃぃぃっっ!!」
きぃぃぃっっ!と地団駄を踏んでみせるミオンに、ランスロットはニヤリと笑う。
「ははっ!
喜べ、ミオン……素敵なお土産はバッチリ掴んだからな。」
「え、嘘?!」
「嘘じゃない。
犯人に繋がるヒントを、ちゃーんと……見付けたぜ」
自信に満ちたランスロットの言葉に、ミオンは目を丸くするのだった。
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