第十五話
セレスティナの執務室に沈黙が広がる。
「ジェダ……それ、は……」
セレスティナが言葉を濁し、アレクシェルは瞠目する。
イザベラは目を見開いて口元を抑え、テレンスは静かに目を閉じた。
「……王位継承権を持つものの一人として、的確な判断だと……思いますわ…………っ……」
でも、と。
「(……本当に……本当にっ……!
それで……良かったのですか……?)」
セレスティナは自分とライナスとは違って、ジェダイトとサミュエルが嫌い合っている訳ではないことを知っていた。
「(……私とて、ライナスの取り巻きの一人であったが故に、サミュエル殿と言葉を交わす機会は多くありませんでした。
ですが……時折見かけたサミュエル殿は、ジェダのことを寂しげに見詰め、諦めたように俯いていた姿を知っています……)」
そして……ジェダ、貴方も……
「……俺は、王族としての責を果たしたに過ぎぬ。」
感情の宿らない平坦な声音。
セレスティナは……知っているのだ。
ジェダイトが、自分の感情よりも王族としての責務を優先する性格であることを。
「(……どうして……どうして、兄弟とは難しいのでしょう……)」
ジェダイトとサミュエル。
セレスティナとライナス。
一つでも、何かが違っていれば……笑い合える兄弟になれたのだろうか?
「明日には、サミュエルが死亡したことは公式に発表される。
……そうすれば、大きな波紋を広げることが出来る。」
「……では、犯人から飛び出す尻尾を見逃さないようにしないと……」
ジェダイトの心中を察して、セレスティナは目を伏せる。
「(……お父様やお母様も目を配っているでしょうが……私も、気を付けないと……)」
次期王が公式に定まっていない現状。
玉座に一番近い存在になってしまったセレスティナは、望まずとも政変の渦の中心になる可能性が高いのだ。
「(……食事を整えても、体力を付けようとしたも、ほとんど変化の無い私の体。
どうして、こんなにも体が弱いのかしら……?)」
普段の執務に加え、サミュエルの一件で気を張っているセレスティナは、心身の負担は少なく無かった。
「……セレス」
「…………ジェダ?」
小さなため息を付いたセレスティナに影が差す。
瞬く間にセレスティナとの距離を詰めたジェダイトが、微かに眉を顰めていた。
「……あ、の……?」
セレスティナの額に、ジェダイトの冷たい手が添えられる。
「……寝ろ」
「え……?」
セレスティナの額の熱さに、ジェダイトは不機嫌そうに顔を歪め、短く言い放った。
「ちょっ……?!
ジェダっ……何を……!」
「仮眠室は、彼処か?」
「そ、そうですが…………いえ!
それよりも、降ろしてくださいっっ……!」
セレスティナに有無を言わさず、横抱きにしたジェダイト。
そのまま、降ろしてというセレスティナの声をジェダイトは無視して仮眠室へと運んで行った。
「「「………………」」」
そんなセレスティナとジェダイトを止めるべきか、視線で話し合った結果……見送ることにしたテレンス達。
三人の目の前で、仮眠室への扉が音を立てて閉まるのだった。
仮眠室と執務室を隔てる扉の閉まる音が、ジェダイトの腕の中にいるセレスティナにも聞こえた。
「ジェダ……!
お願いですから、降ろしてくださいませ!」
「言われなくとも、降ろしてやる」
降ろしてと言いつつも、言葉だけの抵抗を見せるセレスティナに、ジェダイトは低く笑う。
恐らくは、下手にセレスティナが暴れたせいで、ジェダイトに怪我をさせないか心配しているが故なのだろう。
病弱なセレスティナが暴れた程度で、怪我をするような……。
いや、セレスティナにも、怪我をさせるような生半可な鍛え方などジェダイトはしていない。
「……セレスよ、お前は最近いらぬことまで首を突っ込みすぎだ」
寝台の端に優しく降ろし、セレスティナの前へと流れるようにジェダイトは跪く。
「あ、あの……靴くらい自分で脱げ……」
「俺が好きでやっている。
お前は黙って享受しておけ。」
「っ……」
セレスティナの白い足から、繊細な手つきで靴を脱がせるジェダイト。
「(……心臓に、悪いですわ……)」
普段は見ることのない角度、見下ろすような視点と、己の足に触れるジェダイトの指先に心臓の鼓動が速まる。
「その……私を心配していると示して下さるのは、嬉しいのですが……恋愛初心者の私には、刺激が強過ぎます……!」
もっと手加減をしてください……!と恥ずかしそうに目を逸らすセレスティナの頬は、薔薇色に染まっていた。
「……だいぶ手加減をしているが?
お前が相手でなければ、児戯のような真似に留めたりはしない。」
「え……いえ、でも……」
「年齢的な部分を考慮しても、既に俺達の年代の婚約者同士ならば…………婚前交渉も有り得るが?」
「こっ……?!」
ぼふんっ!と音を立てて真っ赤に染まるセレスティナの頬。
「……それで?
幼子のような恋愛で我慢をしている俺に……まだ、手加減しろ、と?」
喉の奥で笑いながら、ゆっくりと体を起こしたジェダイトが、真っ赤になって固まっているセレスティナへと覆い被さる。
「我慢を強いるのは構わんが…………俺の我慢にも限界があることを忘れるな」
「っ……ぇ……あ、の……」
気が付けば……寝台の上に横たわり、ジェダイトを見上げている自分の体勢に、セレスティナは固まってしまうのだった。
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