第十三話
ジェダイトへと手紙が渡った日の午後。
「……予定外のことが起こっても、変わることの無い書類の量に悲しくなりますわ……」
セレスティナの執務室。
積まれた書類を前に、ため息を付くセレスティナの姿があった。
「セレスティナさま……あの、大丈夫……ですか……?」
セレスティナの顔色が、いつもより悪い気がしたイザベラが声を掛ける。
セレスティナの命により、ランスロットの元を訪れているミオン。
執務室内には、イザベラとアレクシェル、そしてセレスティナの三人だけという珍しい状況だった。
「……セレスティナさま、休まれた方が良いのではないでしょうか……?」
ミオンさんならば、そう言うと思います……と、小首を傾げたイザベラの薄紫色の髪が動きに合わせてサラリと動く。
「イザベラ……心配をしてくれて、ありがとう」
「いえ……セレスティナさま、お役に立てるか分かりませんが、簡単な回復魔法でよろしければお掛けしましょうか?」
「え……イザベラ……あなた?」
「……回復魔法が使えるのかい?」
イザベラの提案に、セレスティナとアレクシェルは目を丸くした。
「初歩的な、ものですので……あまり、その……胸を張れるものではなくて……」
自信なさげに顔を真っ赤にして、イザベラは俯いてしまう。
「イザベラ、回復魔法を使える術師は希少だと聞きますわ。
しかも、素質も必要だとか……」
セレスティナは、珍しく驚いた表情でイザベラを見つめる。
「僕は身体強化だけならば使えるが……何でも、回復魔法は魔力の調整が難しいと聞く。」
「そ、うですね……。
回復魔法に関しては魔導師よりも、神官の領域になりますし……。
魔導師が扱う魔法は、攻撃魔法や防御魔法など種類がありますので、向き不向きも当然あります。」
「それは、そうだろうね。
騎士にも、剣が得意、槍が得意などあるから」
「はい!
元々回復魔法に素養があれば、魔導師ではなくて神官の道を進む人が多いかなって……。
魔導師として進んだとしても、途中で素養が有れば神官の道を勧められます……」
大好きな魔導師としての会話だからだろう。
「……宮廷魔導師達の中で、攻撃魔法や防御魔法以外に回復魔法まで使える者は聞いたことがない。
つまり、回復魔法の素養が分かった場合は神官になる者が多いということか……」
言葉少なく、俯いていることが多いイザベラが嬉しそうに語り続け、アレクシェルが相槌を打つ。
「……個人的には、魔法陣に魔術を付加した術を研究中です。
回復魔法を使える術師が少ないから、魔法陣に回復魔法を付加して持ち歩けるようにして、もっと普及できれば、とか……。
あと、回復魔法よりも高度な魔法である"治癒魔法"の遣い手にも出会ってみたいと思ってます」
「治癒魔法……たしか、光魔法とも呼ばれる魔法だとか……?
前王妃様が最後の遣い手だったという……」
「はい。
王家に伝わる宝珠に選ばれた"光巫子"だった前王妃様。
前王妃様が儚くなられてから……未だに、宝珠は次の光巫子を選んでおりません。」
憧憬の宿った瞳でイザベラは、一度でいいので前王妃に会ってみたかったと話す。
「(……光巫子……。
乙女ゲームっぽいと思ってしまうのは、私の穿った考えでしょうか?
婚約破棄の場には、恐らくヒロインと思われる男爵令嬢もいましたから…………まさかとは思いますが、彼女は光魔法の素質の持ち主なのでしょうか?)」
もしそうならば、面倒なことになりそうだとセレスティナは目を細める。
「あ……すみません、余計なお喋りを失礼しました……!
すぐに回復魔法をお掛けしますので……」
「イザベラ、余計なことではありませんよ。」
ワタワタと慌てるイザベラへとセレスティナは微笑みかける。
「少なくとも、魔術に関して私の知識は浅いです。
やはり専門分野となりますと、魔術も、武術も、分からないことが多いと痛感しています。」
王族だからといって、抜きん出た魔力を持って産まれる者が多い訳では無い。
それは、セレスティナだけでなく、現王族の誰もが同じような物だった。
「だからこそ……イザベラやアレクシェルに出会えて嬉しいのです」
「え……?」
「セレスティナさま?」
驚いた表情を浮かべたイザベラとアレクシェルへとセレスティナは優しく微笑む。
「ミオンやランスロットが私の目と耳になってくれる。
そして、オリヴィアが縁を繋ぎ、アレクシェルが剣となり、イザベラが魔術の杖となってくれる。」
最も、後者の三人は次の婚約相手が決まるまでかもしれないが……。
「私を支えてくれる皆に……心より感謝しております」
ありがとう、と微笑むセレスティナに、アレクシェルとイザベラの頬が薔薇色に染まる。
「僕は……セレスティナさまにお仕え出来て幸運だったと思っています。」
「わたし、も……!
私も、セレスティナさまに出会えて良かったです……!」
「アレクシェル、イザベラ……ふふ……ありがとう」
少女たちは、微笑み合う。
魑魅魍魎が蠢く政治の舞台である王城内に、一時の平穏が生まれた。
「……あ、えっと……セレスティナさま、回復魔法を掛けますので……」
暫し微笑みあった少女たちだったが、イザベラが気を取り直したようにセレスティナへと声を掛けた。
「宜しくお願いします、イザベラ」
セレスティナの許可を得て回復魔法を掛けようと意識を集中すれば……
「……ぇ……あ、れ……?」
「イザベラ?」
「あっ……いえ、なんでも……」
回復魔法を掛けようとした瞬間に、イザベラが何かに気が付いて戸惑った声を上げた。
「イザベラ、何か気になることでも?」
アレクシェルにとっても、魔法は専門外ではある。
専門外だが、己の剣を捧げたいと決めているセレスティナのことに関することならば、黙っておくことは出来ない。
「そ、の……確信が、無いというか……でも……」
己の思考に沈み込み、はっきりとしないイザベラの言動。
アレクシェルの瞳が鋭くなって行く。
「イザベラ」
「っ……はい!」
「何か、私のことで気になることがありましたか?」
「…………」
はっきりとしないイザベラの言動に苛立つことなく、静かにセレスティナは問い掛ける。
「…………あ、の……」
「ゆっくりで構いませんわ。
……もし、私に直接告げるべきか迷うならば、イザベラの信頼できる相手に相談してから教えて下さいますか?」
「…………っ」
優しいセレスティナの声音に、筆頭宮廷魔導師であり、師匠であり、祖父でもあるオリントス老師の姿がイザベラの脳裏に浮かんだ。
「…………セレスティナさま……確信の無いことを伝えて、困らせたくなくて……。
師であるオリントス筆頭魔導師に相談した上で、お伝えしたいと考えております」
「分かりました。
イザベラからの報告を待ってますね」
何処かホッとしたような表情をイザベラが浮かべたとほぼ同時に、執務室の扉が叩かれた。
「失礼します」
アレクシェルが開いた扉の先にはテレンスとジェダイトの姿があったのだった。
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