閑話二
庭園に咲く真紅の薔薇の花びらが風に舞う。
「……近々……私と貴方の婚約は、正式に破棄されます。」
美しい薔薇の園に立つ一人の淑女が微笑む。
「" "」
淑女の前に立つのは、婚約相手の騎士。
「貴方のことを異性として愛したことなど……一度だってありませんわ」
淑女の家と同じ爵位だが、力関係では格下の家柄の騎士。
「元々、私と貴方の婚約は間違いだったわ。
だって……貴方では、私が望む栄光も、宝石も、ドレスだって用意できないもの。」
艶やかな唇を歪め、見下すように淑女は微笑む。
「" !'」
「改革派の王に尻尾を振った犬がよく言いますわね。
貴方、いえ……お前やお前の一族は、私達から袂を分かつ判断を下した…………こうなることは、貴方も分かっていたはずだわ」
淑女の冷え切った眼差し。
怒りを孕んだ諦めた心。
先に心を無にして、感情を殺したのは……何方だったのか?
「さようなら" "」
「…………」
「私は、お前が忠誠を誓った王の側室となる。
お前と二人っきりで会うのは…………これが、最後でしてよ」
強い風が吹く。
薔薇の花びらが散っていく。
「…………キャロライン……!」
感情を押し殺し、絞り出したような騎士の声音。
「っ……」
ドレスの裾を掴む手が震えるほどに、力がこもる。
己の名を呼んだ騎士の声に、意地でも振り向かなかった淑女……キャロライン。
…………全ては、もう……過去のこと。
「キャロラインさま……お加減は、如何ですか?」
白いレースが風に揺れる窓辺。
一人掛けの大きめの椅子に深く腰掛けた淑女が一人。
「……まだ……少しだけ、目眩がするけれど……平気よ」
今更……そう、今更だ。
なぜ、あの頃の夢を見てしまったのか?
「…………忌々しい」
窓辺の近くに生けられた真紅の薔薇の香りが、風に乗って運ばれてくる。
「(……あの男が持って来た……真紅の薔薇のせいね)」
ワインレッドの上等なドレスに、大粒の宝石が輝く装飾品。
派手な出で立ちに負けない美しさを持つ……王の第一側室、キャロライン・ルル・アーガスト。
「お労しや、キャロラインさま……!」
キャロライン付きの侍女たちが、大袈裟なほどに共感を示し、流れてもいない涙を拭うフリをする。
「……何もかもが、気に入らないわね。
この私が陛下へとライナスの減刑を嘆願したというのに……」
衣装室に収まった数多の豪奢なドレス。
光輝く装飾品の数々。
「……陛下はどうして、あの女を寵愛なさるのかしら?」
悩ましげにため息をつく姿は、文句の付けようもなく華やかで美しい。
「……私は……」
最後まで言い切る必要などない。
恐らく……あの男はすでに動いている。
「(……私は、あの男が何をしようとも……何も知らない。
王の寵愛を得れないことを……息子を守れなかったことを、嘆き悲しんでいただけだわ……)」
赤い唇が弧を描く。
「…………」
キャロラインは、何も命じていない。
他者に何も……望まない。
「キャロラインさま……飲み物でも、お持ちしましょうか?」
「……そうね、貰おうかしら」
一礼をして下がる数多の侍女の一人。
「そうだわ……そこの貴女」
「はい」
「その薔薇を捨てて頂戴。」
流し目一つで侍女の一人を呼んだキャロラインは、静かに命じた。
「私、真紅の薔薇は嫌いなの」
「……畏まりました」
キャロラインに命じられた侍女が、素早く薔薇の花瓶を持ち去って行く。
「……薔薇なんて、皮肉が効いていると思わなくて?」
賢い侍女たちが答えないことを理解した上で、キャロラインは呟く。
「(……愛の花言葉を持つ棘だらけの薔薇の花。)」
感情を殺した冷たい瞳が、窓の外を睥睨する。
「(後宮という花園に閉じ込められて、たった一人の男の寵愛という名の権力を奪い合う花々。)」
キャロラインの部屋からは、王や側近たちの執務室は見えはしない。
「(美しく咲き誇り、その身に纏った棘を武器に王の寵愛を奪い合う花であり、剣である私達……)」
後宮など……所詮は政略の盤面の縮図に過ぎないということを、キャロラインは知っていた。
「……最後に枯れずに残るのは……どの花かしらね」
それは、きっと……キャロラインの父であるアーガスト侯爵次第なのだろう。
「…………」
父親の進める駒を想像しながら、キャロラインはまた静かに目を閉じるのだった。
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