第十二話
「…………正気、ですか?」
登城した途端に神官長である父親クリストフに呼び出されたジェダイト。
厳重に人払いがされた王城の一室で聞かされた弟、サミュエルの元婚約者への言動と失踪。
「……正気だ。
正気なのだ、ジェダイトよ。
私も……何度、夢であって欲しいと願ったことか……!」
「……王族としての教育は与えていたにも関わらず……この有様だと?
サミュエルの教師陣は、己と同じ顔触れだったと記憶していますが?」
王族としての教育も与えられていたはずのサミュエル。
ジェダイトと同じ教師陣に教えを受けていながら、サミュエルは何も理解していなかったということだろう。
「…………どうして、このようなことに……」
「…………」
嘆くクリストフに対して口を開きかけたが、ジェダイトの言葉は音にはならず、無言のみを返した。
「………………」
一瞬だけ瞳を伏せたジェダイトだったが、すぐに何かを決めたように顔を上げた。
「父上。
サミュエルは病死もしくは事故死したと、公式に発表して頂くように陛下へと進言します」
「ジェダイト……!」
ジェダイトが感情の宿らない声で告げた言葉に、クリストフは悲痛な表情を浮かべる。
「ジェダイト、わかっているのか?
そのようなことをすればサミュエルを探す部隊を編成する理由がなくなってしまう……!」
「では、父上は王族としての義務も理解できない愚か者を探すためだけに、この国の秩序を乱せと?
……万が一、王家の転覆を狙うような輩の甘言を信じ、その手を取っていたとすればどうなりますか?」
「それは……」
無い、と断言できない。
そして、本当はクリストフも分かっているのだ。
王族の一人として、ジェダイトの判断が正しいということを。
「…………王籍を失っても、息子は息子。
あの婚約破棄の一件の後に、生命だけでも助かったことを喜ぶように伝えていたが……」
「……理解出来なかったから、今回の一件に巻き込まれた可能性があります。
そして、王籍を失っていても、その血は王族のもの。
後の世の争いの種とならぬように摘み取る必要がある。
サミュエルも王族の一人として生まれ、十分な教育も受けていた。」
怯えたように身を竦ませ、視線を合わせようともしなかった弟の姿がジェダイトの脳裏に浮かぶ。
気弱な弟にとって、冷徹怜悧、氷のようだと言われる兄は恐ろしい生き物だったのだろう。
「王族としての自覚が僅かにでもあるとすれば、サミュエルもそうするようにと言うでしょう。」
「…………そう、だな……」
悔恨か、自責の念か?
ジェダイトには、父親の心の内の全ては見通せない。
……だが、第二騎士団長として、王位継承権を持つ王族の一人として、最適な判断を下す必要があるのだ。
「父上、責務に戻ります。」
「…………ああ」
幼い頃は大きく見えていた父親の背中。
「…………」
その背中が小さく見えると痛感する日が来るなど……笑い話にもならないとジェダイトは鼻で嗤う。
「…………くだらぬ」
ジェダイトは心に固く蓋をする。
感情などに思考を邪魔される訳にはいかないのだ。
どうして王族としての責務が理解出来なかったのか、など今更なのだ。
「テレンス」
周囲には普段通りに見えるように意識して歩くジェダイトは、腹心の部下の名前を呼んだ。
「此処に」
ジェダイトの進行方向で控えていたテレンスが合流し、言葉短く応えた。
「陛下と出来るだけ早く謁見出来るように手配せよ」
「畏まりました。
早急に対応します。」
何か予想外のことが起こったのだ、とジェダイトの纏う空気でテレンスは理解する。
「…………」
第二騎士団の詰所へと移動するジェダイトとテレンスだったが、そんな二人の視界に金色の髪が見えた。
「…………失礼します、ベルフォート第二騎士団長」
「バッファム?何用ですか?」
詰所の扉の横でジェダイト達の帰りを待っていたのはアレクシェルだった。
「セレスティナさまより、ベルフォート騎士団長への手紙を預かっております。
…………宜しければ、親交を深めるためのお茶会でもとのことです」
アレクシェルの懐から差し出された白い便箋。
「お預かりします」
冷たく見下ろすだけのジェダイトではなく、テレンスがアレクシェルより受け取り、素早く開封する。
「ジェダイト様」
「…………」
手紙を差し出したテレンスを見ることなく、無言で受け取り、便箋に目を走らせる。
「…………ほう?」
セレスティナよりの手紙を読み進める内にジェダイトは口角を上げ、その唇が冷たい微笑みを形作った。
「流石は我が婚約者殿だ。
我が好みを十二分に把握している。」
喉の奥で低く笑ったジェダイトは、ジロリとアレクシェルへと視線を移す。
「っ……」
温度のない瞳で見据えられたアレクシェルは微かに肩を震わせ、無意識に唾を飲み込んだ。
「貴様の主に伝えておけ。
その招待、喜んで受けると。」
「……っ……はい、しかとお伝えいたします……」
「くくっ……そうだな。
小粋な招待の礼に、セレスの好きな花でも用意して行こう。」
「…………」
まるで悪役のような冷たいジェダイトの微笑みに、アレクシェルの足が下がりそうになるのだった。
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