第十話
ミオンが机の上に広げたサーデス神殿の一件に関する資料の数々。
「…………」
「…………」
無言でセレスティナとアレクシェルが資料に目を通し始める。
「……資料をありがとう、ミオン。
お陰でより状況を把握できたわ。」
「っ……もう、読み終わったのですか?」
アレクシェルが数枚を読む間に、全てに目を通し終わったセレスティナ。
その読む速さに驚き、アレクシェルは目を丸くする。
「書類を読むのは実務で慣れていますから」
驚くアレクシェルへとセレスティナが微笑むが、その視線はすぐに資料へと戻る。
「……ミオン、この資料だけでは……サミュエル殿の生死はわかりませんし…………。
殺害された影と一緒に居たのかも分かりませんね……」
「はいですぅ…………な・の・で!
ミオンちゃんの独自情報とランちゃん情報をバッチリ収集スミですぅ!」
「いつもありがとう、ミオン。
……最近は、面倒ごとばかりですし、執務も増えているから……ミオンの仕事も大変でしょう?
負担を増やしている私が言うのもおかしいけれど、辛いときはすぐに教えてくださいね」
きゃはーん♡と出されたミオンからの追加資料。
感謝して受け取りつつも、ミオンに無理をさせていないか心配になったセレスティナ。
「ぜーんぜんです!
何でしたら、もっとセレスティナ様に侍って、セレスティナ様のためなら執務の補助も、お茶の準備にお世話に、暗殺闇討ち殲滅戦!
な~んでもミオンちゃんにお任せくださいっ!」
「そうですわね…………物騒なことは今は必要ありませんわ。
それよりも、可愛いミオンが淹れてくれた美味しい紅茶を頂けて幸せです」
「ふにゃんっ?!
セレスティナ様の微笑みにミオンちゃんの真っ黒な心が浄化されちゃいますぅぅぅっっ!!
……はわぁ……ミオンの方こそ、国宝……いや、世界で一番の宝であるセレスティナ様に微笑みを向けてもらえて幸せ者ですぅ……!」
セレスティナの微笑みに、心底幸せそうに蕩けるミオン。
「………………あの、話が脱線していませんか?」
「はうあっ?!」
静かにセレスティナとミオンを見守っていたアレクシェルが、困ったように口を挟む。
「ふふ……ごめんなさいね、アレクシェル」
「いえ……」
「アレクシェルが資料に目を通し終わったみたいですし…………話を進めていきましょう」
スッと目を細めたセレスティナが、今までの柔らかな雰囲気を切り替える。
「今回の一件。
改革派と穏健派の派閥争いの末というよりは、第三者の介入を私は疑っています」
「第三者?
アーガスト侯爵の仕業ではなく?」
思考を巡らせるセレスティナの言葉に、アレクシェルが訝しげな表情を浮かべる。
「確かに、アーガスト侯爵を疑いたくなる気持ちはわかります。
ですが、かの侯爵の仕業にしては浅い……というのでしょうか……?」
そう……アーガスト侯爵が打った一手ならば、その一手で二つ三つと未来への布石を持たせている。
更に言うならば……サミュエルを殺害したり、誘拐するだろうか?
……その利点は?
「改革派からすれば、あの甘ったれのアホ……ではなく、王弟殿下の末っ子サミュエル様を害する理由は無くて。
逆に、穏健派も今の情勢でサミュエル様を殺害するにしても、誘拐するにしても、悪手ですよねぇ……」
「何故?
王位継承権は失っていますが、王籍は残っています。
だとすれば、腐っても王族の一人。
何かの旗頭にでもするつもりでは?」
面倒そうなミオンに対し、アレクシェルが首を傾げる。
「旗頭にするならば、アーガスト侯爵の手元にはライナスが残っています。
あの者の王位継承権が剥奪されたことは発表されていますが、王籍の除籍に関しては発表されていません。
ゆえに、同じように旗頭にするならばライナスの方が都合が良いでしょう。」
「てゆーか、ふつーに考えて、手元にサミュエル様を残しておきたいならサーデス神殿に入れませんよ。
入殿させた後に問題を起こして取り出す意味が分かりませんもん。」
ちょっと考えれば分かるじゃん!と、手厳しい視線をアレクシェルに向けるミオン。
「ですが、その……ミオン殿…………アーガスト侯爵が私を槍玉に上げて来たのは、自分の犯行を隠したいからと考えられませんか?」
「……逆に言えば、アーガスト侯爵は己が犯人では無いから、事件を利用して敵対勢力の力を奪おうとした……」
そう、それだけのこと。
アーガスト侯爵にとっては、犯人など誰でも良いのだ。
「……アーガスト侯爵に関しては、政治的な部分が多くなります。
まずは、サミュエル殿を含むサーデス神殿の事件を紐解きましょう。」
「はいはーい!
此処はミオンちゃんにお任せあれ!
セレスティナ様が気になりそうなことは押さえておきました!
先ほどのミオンちゃん特製の追加資料を見て欲しいですぅ!」
アレクシェルに向けていた視線とは正反対の可愛らしいお目々を、ミオンはセレスティナに向ける。
「サミュエル殿の自室に抵抗らしい抵抗のあとはなかった。
……つまり、殺害もしくは、攫われたのは自室ではないということかしら?
もしくは、眠っていた状況で襲われた……?」
「その可能性は無きにしもあらずですが……ミオンちゃんが個人的に気になったのは、サミュエル様の態度ですね」
「態度……何をするにも特別扱いされない不満だらけで、嫌々だった生活態度が改善したことですね。」
「その通りです!」
ピコン!と指を立てたミオンが良い笑顔でニヤリと笑う。
「調べた結果、数日前より小さな事件が積み重なっています。」
保管庫より消えた食料。
複数人の神官達の消えた服。
「そして……外仕事の合間に塀を見詰めるサミュエル様の姿を複数の神官や見習い達が目撃しています。」
「私が彼に会った日に、色々と言いましたから。
もしかしたら……短気を起こしたのかも……」
矢張り自分が切っ掛けだったと眉を寄せて苦い顔をするアレクシェル。
「まぁ……切っ掛け云々はアレですけど、あの甘ちゃん坊やは何も考えずに特攻したと思いますよ?
酷い環境で虐げられているらしい可哀想だとか言う可愛いお姫様とやらの元へ。」
アレクシェルの言葉をミオンは鼻で嗤う。
あの程度の環境を劣悪だと思う性根が、ミオンには全く持って理解できない。
「可哀想かは分からないけれど…………サミュエル殿は、サーデス神殿の外へと脱走するつもりだった。
食料を集め、着替えの服を集め……そして、脱出経路を探していたということね……」
「あっ……脱線して申し訳ありません!
目撃情報の中には、崩れた塀の側にある木を見詰めていたというものも有りました!
その上、神官のフリをしていた影が殺害されていた場所。
それは、その崩れた塀の木の側だったのです……!」
ミオンの一言に、アレクシェルは息を呑み、セレスティナは目を細めるのだった。




