第七話
緊迫した室内を切り裂いた声。
「……セレスティナ……」
「陛下、アーガスト侯爵、お話の途中に申し訳ありません。」
アーガスト侯爵がしたように。
セレスティナもまた、一歩前に出て淑女の礼をしてみせる。
「陛下がお答えを出す前に、どうしても気になることが有り、お聞きしたいのですが……?」
「……申してみよ。」
宜しいでしょうか?と首を傾げるセレスティナに、レオナルド王が流れが変わるかもしれないと水を向けた。
「私も、アーガスト侯爵の意見に賛成ですわ」
「っ……?!」
穏やかな微笑を浮かべたセレスティナの言葉に、レオナルド王は息を呑む。
「なっ…にを……?!」
「…………」
アーガスト侯爵に矛先を向けられているランドルフは思わず声を漏らし、アレクシェル瞳を伏せた。
「(…………何を企んでいる?)」
周囲が驚く中で、賛同すると言われたアーガスト侯爵の目が細まる。
「ベルフォード王国の気高き忠誠の騎士の鏡であるランドルフ・バッファム第一騎士団団長。
そして、その息女であり、同じく騎士の道を歩んでいるアレクシェル・バッファム伯爵令嬢。」
セレスティナは、一度言葉を切る。
「だからこそ、調べる価値があると私は思います。」
「……セレスティナよ、その心は如何に?」
レオナルド王を含む皆の視線が集まる。
疑問、疑心、不信感、不安……様々な色を宿した視線。
「此度の一件の切っ掛けとなったのは、間違いなく私の護衛であるバッファム伯爵令嬢が彼と面会したことでしょう。」
周囲の様々な感情を他所に、セレスティナは言葉を続けた。
「その時の会話の内容は、文章に起こされて皆様も把握されていますわ。
文章の内容で、一番印象に残ったことはサミュエル殿が元男爵令嬢に対して強く執着していたこと。
更に、元婚約者であるバッファム伯爵令嬢が己に好意を抱いているという認識を持っていたことも不思議でしたが……」
小首を傾げ、不思議そうな表情を浮かべる。
……此処からが正念場だ。
「私は、王家への忠誠心が厚いバッファム伯爵家だからこそ、幾ら調べても潔白を証明できると考えております。
例え、元婚約者に対して殺意の感情があろうとも、その忠誠の剣を己の心のままに振るう方々ではないと知っておりますから。」
だからこそ、バッファム伯爵家を調べることに問題はないとセレスティナは微笑む。
「そして、流石は陛下がサミュエル殿達をお預けになるほどの信頼を受けるアーガスト侯爵ですわ。
ただ、バッファム伯爵家を調べるならば、公平性を期すという意味合いでアーガスト侯爵家も調べては如何でしょうか?」
「おや……我が家を、ですかな?」
そう来たか、とアーガスト侯爵の眉がピクリと動く。
「はい。
バッファム伯爵家を調べるように仰ったアーガスト侯爵ですから……そのお言葉の後には、己も調べて欲しいと続いたのではないですか?」
「……買い被りでございますな。
ですが、流石はセレスティナ王女殿下。
我が忠誠心をお言葉にして下さるとは、感激に御座いまする」
調べられたとしても、容易く尻尾を見せる生ぬるい闇ではない。
「陛下、セレスティナ王女殿下のご提案のように、我が家もお調べ頂いて構いませぬ。」
「そうか。
それでこそ、我が臣下の鑑たるアーガスト侯爵だな!」
セレスティナが作った好機。
その好機を逃がしてなるものか、と大仰な仕草で褒めるレオナルド王へ、アーガスト侯爵も狸の笑顔を返す。
「後もう一点。
私は気になることがあるのですが……」
「申してみよ」
ありがとうございます、と一拍置き、アスランへと視線を向ける。
「フォード副騎士団長へ、お尋ねしたいことが有ります」
「私に分かることならば、お答え致します」
幾多の女性を虜にしそうな甘い微笑みを浮かべるアスラン。
「フォード副騎士団長、貴方からの状況報告の中で、殺害された人物について"一刀のもとに"とは仰っていなかったと記憶しています。
しかし、先ほどアーガスト侯爵は殺害された人物は"一刀のもとに殺害された"と。
ゆえに、武術に通じ、実力のある者が疑わしいと考えたと認識しております。」
「……確かに、私は"一刀のもとに"とは発言しておりません。
ただ……殺害された遺体の検分には立ち会いましたので、一刀のもとに殺害されていたことは真実です。」
セレスティナも、アーガスト侯爵がしたように印象操作を狙っていたのだろうか?
だが、真実を捻じ曲げて伝えることで、逆にアーガスト侯爵にセレスティナを攻撃させる訳にはいかないとアスランは考える。
「では、フォード副騎士団長。」
真っ直ぐにセレスティナはアスランを見る。
「その致命傷となった"一刀"とは……体の前と後ろ。
どちらに有ったのでしょうか……?」
「それは、後ろ……っ?!」
アスランは答えた自分の言葉に、一つの可能性を思い付き、微かに目を見開く。
「……お気付きになりましたか?」
「……ええ。」
微笑むセレスティナへ、アスランも黒さを含んだ笑みを返す。
「アスランよ、何に気が付いたというのだ?」
「陛下、皆様も、先ほどの状況説明を今一度思い浮かべてください。」
セレスティナの言葉を受けて、アスランが語り始める。
「殺害された神官に紛れていた護衛の影。
しかも、手練れの影です。
その影が、背中より一刀のもとに絶命した。」
「だからこそ、手練れの影を一刀のもとに殺害出来る実力者が関わっている考えるのは自然では?」
目を細めたアーガスト侯爵へ、アスランは冷たい眼差しを返す。
「いいえ。
手練れの影だからこそ、背後を取らせない。」
「……成る程。
味方ではない自分を殺害できる実力の持ち主に、手練れの影が背中を見せるなど有り得ぬ。
しかも、アーガスト侯爵家の影ならば、相当に鍛錬を重ねておるだろうから……油断はせぬだろうな。」
アスランの言葉に、その意図を察したランドルフが答える。
武を嗜む者。
しかも、影として生きる者が……敵にやすやすと背後を取らせるはずがない。
「……気配を消して背後へ近付いたのでは?」
「その仮定も考えたのですが……」
アーガスト侯爵の言葉に、セレスティナが答える。
「仮に背後から忍び寄る場合、神殿内に殺害した犯人は居たことになります。
サーデス神殿は高い塀に囲まれ、簡単には忍び込めません。」
「はい……事件が発覚し、直ぐ様に徹底的に調べましたが、侵入経路と思われる形跡は見付かりませんでした。」
「そうすると、神殿の中から扉を開けて招き入れたことになるが……正門には警備の兵がいる。
だが、アスランよ。
儂の記憶が確かならば、裏門には配置されたなかったな?」
視線で問い掛けるランドルフに、アスランが頷く。
「確かに、裏門には警備の兵は居ません。
ですが、裏門には二重で鍵が有ります。
更に、事件が発覚した後すぐに神殿長が裏門の鍵が施錠されていたことも確認しています。」
「つまり……神殿内部の者が招き入れた後に、施錠しなければ外部の人間の犯行とは言えない。」
室内に沈黙が落ちるのだった。




