第六話
アーガスト侯爵の冷たい瞳がアレクシェルを捕らえる。
元婚約者の意見を聞きたいと言いつつ、周囲の印象を操ろうとしていることは明らかだった。
「(……殺害されたアーガスト侯爵家の影、消えたサミュエル。
数日前に面会をしたアレクシェルとフォード副騎士団長。)」
セレスティナは、思考を巡らせる。
「(……面会の内容は文章に起こされて、各関係者は把握している。
私も読んだけれど……アレクシェルに元婚約者のサミュエルに対する情が残っているとは思えない。)」
あの面会の時に、アレクシェルがサミュエルに告げたように二人の婚約は虫除けだった。
……それを、まさかサミュエルが把握していないとは誰も知らなかったけれども。
「(……一刀のもとに手練れの影を殺害できる。
その影の実力は、アーガスト侯爵側しか把握していない上に、殺害されている。
だから、殺害された影が手練ではないと証明することは難しい。
ただ……手練であったとしても、襲って来た相手が味方だった場合は……?)」
同じ陣営の味方だからと背中を向けてしまった場合は?
武術に詳しくないセレスティナには、はっきりと分からない。
でも……もしかしたら、手練れの影でも、油断した所を襲われては一溜まりもなかった……かもしれない。
「率直に申し上げます」
つらつらと考えていたセレスティナの思考を遮るように、アレクシェルが口を開いた。
「もし、己が怨恨で刀を抜くというのであれば、会ったその日に叩き斬ります。」
率直すぎるアレクシェルの言葉に、セレスティナは内心で頭を抱える。
「己の恨みに他者を巻き込むような、しかも誘拐などという面倒極まりないことはしません。
それよりも、目の前で叩き斬った方がスッキリするし、手っ取り早いでしょう。」
「(アレクシェル……!
それは、アーガスト侯爵相手に率直すぎるわ……!)」
セレスティナは武人としては一流でも、政治的な配慮が苦手なバッファム家の血を感じた。
「ほう……?
つまり、バッファム伯爵令嬢は、バッファム伯爵家の一人としてサミュエル殿への殺意を否定しない、と?」
「……私個人の感情です。
バッファム伯爵家は関係ありません。」
無表情に否定するアレクシェルだったが、内心では余計なことを言ってしまったと後悔していた。
「アーガスト侯爵、我が娘は言葉足りずでしたな。
我が娘とサミュエル殿の婚約はあくまでも仮初のもの。
それ以上でも、それ以下でも有りませぬ。
……ゆえに、互いに恋焦がれるなどということは……」
「そのようなことは聞いておりませぬ。」
アレクシェルを守ろうとした父であり、第一騎士団長であるランドルフの言葉を、アーガスト侯爵が一刀両断する。
「仮初とは言え、婚約者同士だった若い二人の間に芽生えたかもしれぬ感情を話しておりませぬ。」
アーガスト侯爵の片眼鏡が妖しく光る。
「陛下より直々に。
若い命を改心させ、導くようにとお預かりしたサミュエル殿。
その方を我が家の影を物理的に排除し、拐かす可能性が有るか、を議論しておりまする……!」
静かだが、力強い言葉。
一瞬だけ、室内に沈黙が落ちる。
「……つまり、此度の一件の責任の一端を感じている、と?」
「当然で御座いまする。
陛下の厚い信頼を裏切る真似をしてしまったのです。
公には出来ぬことでは有りませぬが、責任は感じております。」
「(……狸め……!)」
レオナルド王は、内心で歯噛みする。
王家としても、王弟であり、神官長の子息を預けた神殿内から誘拐されたことも。
増してや、神殿へ預けられた理由が春先に元第一王子が起こした婚約破棄騒動の延長であるなど公には出来ない。
それを見越した上で、責任を感じていると言いながらも、表面上はアーガスト侯爵が罰せられることはないと計算しているのだ。
「陛下、恐れながら申し上げまする。
此度の一件、まずは殺意を否定しないバッファム伯爵家に関して徹底的に追及するべきではないでしょうか?」
アーガスト侯爵は一歩踏み出し、深々と頭を下げる。
「…………あくまでも、殺意に関しては令嬢個人の感情であり、バッファム伯爵家全体と捉えるのは些か無理がある。」
「そうですかな?
日々の一族内での感情、関わり、言葉が重なり、蓄積された結果とも言えるのでは?」
「だが……」
「陛下。
陛下の信の厚い第一騎士団の団長を勤め上げる御仁だからこそ、はっきりとさせるべきでは無いでしょうか?」
腹心の部下であるランドルフを庇うレオナルド王に対し、下げていた顔を上げ、冷徹な光を宿した双眸を向ける。
「王の信頼厚き人物だからこそ、徹底的に調べる。
……そうでなくては、臣下に示しがつきませぬな。」
「っ……!」
いくら王で有ろうとも……いや、王であるからこそ庇え無いように。
腹心の部下というレオナルド王の駒を一つ奪うために、アーガスト侯爵が仕掛ける。
「(……急ごしらえの児戯にも満たぬ策だが、奪える駒は奪っておくに限る。
情勢の読めぬ武力一辺倒の第一騎士団団長は、盤面より落ちてもらおうか……)」
誰がサミュエルを誘拐したかも、生きているかも……アーガスト侯爵にはどうでも良い。
それよりも、この一件を公に出来ない以上は、表立ってアーガスト侯爵を責めることも、罰することも出来はしないのだ。
「陛下……ご返答は如何に?」
だからこそ、対戦相手と定めた相手の駒を奪える時に奪っておく。
「…………っ」
アーガスト侯爵の言葉に、微かに眉を寄せたレオナルド王が口を開気かけた……その時。
「……陛下、アーガスト侯爵……私からも宜しいでしょうか?」
鈴の音が鳴るような声音が、室内の緊迫した空気を切り裂いたのだった。
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