第四話
アレクシェル達がサーデス神殿へ訪れてから……数日。
「…………」
今までの様子が嘘のように。
嫌そうに行っていた畑仕事などを、粛々とこなすようになったサミュエル。
……最も、本人は嫌だという感情を上手く隠しているつもりだったが。
「…………」
静かに、黙々と。
しかし、その瞳は……何かを考えている様子だった。
夕食が終わり、小さな蝋燭の光だけが揺れる自室。
サミュエルにとっては、固く粗末な寝台の上で膝を抱えていた。
「……僕は……このままでは……」
ブツブツ……と。
「……どうすれば……」
小さな蝋燭の炎が揺れる。
先日のアレクシェル達の言葉が頭の中を巡る。
「(……アーガスト侯爵は、最初から僕たちを信じてなどいなかった。
……更生させる気もないのでしょう。)」
……だから、こんな嫌がらせのような神殿とは名ばかりの牢獄へサミュエルを閉じ込めた。
「(……恐らく……僕以外のみんなも……)」
サミュエルの瞳が揺れる。
「……ステラ……君も、きっと苦しい思いを……!」
か弱く、儚いステラ。
きっと厳しすぎる……いや、あの純粋な心を踏みにじるように。
悪意を持って責め立てられているに決まっている……!
「……僕が……なんとか、助けなければ……!」
父である前に、神官長である父親。
…………もう一人……黒い後ろ姿。
「(……あの人に……兄上に、助けを求めても……無駄、ですよね……)」
サミュエルの脳裏に血の繋がったもう一人の家族……家族と呼べるのだろうか?
「(……僕の存在など……あの人にとっては……)」
冷たい美貌。
何者も映さないアイスブルーの瞳。
「(弟と……認識されているかも、怪しい……)」
ぐっと拳に力を込める。
騎士団長として、王国一の騎士と誉れ高い兄、ジェダイト。
「……恐らく……夜中までは……監視をしていない、はず……」
アレクシェルは言っていた。
アーガスト侯爵の手下が、影からサミュエルを見張っている、と……。
「……この数日、大人しく振る舞っていたから……警戒も、緩んでいる筈です……!」
この数日間。
ちまちまと集めていた傷みにくそうな食べ物。
洗濯物を取り込むフリをして。
サミュエルは他の神官たちの服を着替えがわりに隠し持っていた。
……追い込まれたサミュエルの瞳が、小さな蝋燭の光を反射して揺らめく。
――――その日の真夜中。
サミュエルは、周囲が寝静まったことを確認して静かに自室をあとにする。
「っ……はっ……!」
緊張する。
慣れない暗闇の中を走るために、サミュエルの神経が高ぶる。
「っ……」
周囲を見回す。
人気が無いことを。
見られていないことを確認する。
「(正門は……駄目だから……!)」
走る。
畑仕事をしながら。
洗濯をしながら。
塀の綻びを探していた。
「(……あそこならっ!
あそこなら、僕でも……!)」
塀の一番上が崩れていた場所。
その近くに……ちょうど良く天に向かって伸びていた木。
「(あと……もう少し……!)」
あともう少し。
もう少しで……木に辿り着く。
木を登って!
塀に飛び移って!
「……サミュエル殿?」
「ひっ……?!」
静かな声。
サミュエルの背後から聞こえた。
「……あ……あなた、は……うぐっ……?!」
遠くから聞こえたと思った声。
しかし……それは、至近距離からの小さな声だった。
「……うっ……ぁ……」
口元を布で塞がれる。
抵抗しても……ビクともしない。
ガッシリとした太い腕。
サミュエルを抑え込む。
「…………っ……」
身体から……力が、抜けていく。
……意識も遠のいていく。
「(…………す……て、ら……)」
遠い空に見える微かな星の光を最後に。
サミュエルの意識は…………暗い夜の闇に溶けて消えていくのだった。
――――あくる日の朝。
朝日に照らされて輝く白亜の王城に早馬が飛び込んだ。
サーデス神殿にて修行中の神官が一人、見習いが一人。
神殿内で神官が殺害され…………見習いが一人、失踪した、と。
火急の知らせが飛び込んだのだった。




