第三話
「……僕は……僕は、ただ……か弱いステラを助けてあげたかっただけなのに……なのに、こんな酷い仕打ちを……」
アレクシェルとアスランの言葉を受けてなお、崩れ落ちたサミュエルは現実が見えていないのかハラハラと涙を流し始める。
「悲劇の乙女ぶっている所を邪魔して申し訳ありませんが、鼻から他人の力を借りることを前提とした助けなど馬鹿馬鹿しい。
自分で自分の尻も拭けない輩に力を貸す者などいませんよ。
……増して、自分の発した言葉が相手をどれだけ不快にさせるかも理解していない御様子ですしね。」
辛い境遇の中でも他者を思いやっている己に対して酷い酷いと涙の合間に呟くサミュエルを、アレクシェルは鼻で笑って一刀両断する。
「……これ以上は無駄ですね。」
サミュエルとアレクシェルのやり取りを頭を抱えたい気持ちで聞いていたアスランが、小さな声でボソリと呟く。
「サミュエル殿、アレクシェル・バッファム嬢、此度の一件は陛下にご報告します。
バッファム嬢、帰りましょう。
神々であってしても、同じ言葉を話すのに意味を理解できない存在と分かり合うことは至難の業でしょう。
一応確認しますが、伯爵令嬢としての貴女に馬車を手配した方がよろしいですか?」
泣き崩れているサミュエルの存在だけでも面倒なのに、騒動を起こした休暇中の部下へアスランは黒い微笑みを向ける。
「…………申し訳ありません、フォード卿。
騎士として休暇中では有りますが、騎乗は出来ますから馬車の手配は必要ありません……。
(……やってしまった……。
部下としてではなく、伯爵令嬢として扱おうとしている副騎士団長の完璧な笑顔が恐ろし過ぎるのだが……)」
アスランの言葉の裏に言葉の通じない相手は放っておけという意味をアレクシェルは感じ取り、昂ぶっていた感情が落ち着きを取り戻していく。
そして、同時にアスランの完璧な笑顔の裏を感じ取り、頬を引きつらせてしまう。
「では、今度こそ帰城しましょう。
お手をどうぞ、バッファム伯爵令嬢。」
「…………ありがとうございます……」
嫌がらせのような完璧な笑顔で手を差し出すアスランに、エスコートの手を取りながらアレクシェルの笑顔が引きつってしまう。
「ま、待ってください……僕も、連れて行って……」
「大変申し訳ありませんがお断りいたします、サミュエル殿。
陛下の許可なく副騎士団長如きが許される裁量を超えておりますので。
何か御用がありましたら、御父上であるクリストフ神官長へ手紙を送ることをお勧めいたします。」
縋るようなサミュエルの言葉に、輝かんばかりの笑顔でアスランは答える。
「…………。
(どうして副騎士団長の笑顔は胡散臭いのだろうか……?)」
「バッファム伯爵令嬢、胡散臭いとは悲しいですね。」
「っ?!
私は口に出していませんが?!」
「おや、そうでしたか?
とてもはっきりと聞こえましたが?」
童顔で甘い顔立ちに似合うお手本のように美しい笑顔をアスランは浮かべるが、その笑顔は何処か黒いものが漏れ出していた。
「……でも……だったら、アーガスト侯爵に……」
「それこそ無駄の極みでは?」
アレクシェルへ向けていた黒い笑顔を消し去り、真顔に戻ったアスランが小首を傾げて言う。
「な、なんで……」
「私が連れて来た部下のうち、レパードは改革派側、エルスマンは穏健派にそれぞれの生家が属する部下です。
他者の介入を警戒する意味で扉の前に待機させてはいますが、室内の会話に聞き耳を立てています。
それぞれの派閥に報告するためにも必要な処置でしょう。
……アーガスト侯爵は仰ったのではありませんか?
王の怒りを買うような真似はするな、と。」
「…………っ!
僕は……僕は何も悪いことはしていません!
僕のことを愛するべき婚約者に手紙を送っただけです!
何一つとして罪を犯していないのに……!
いつだって誰かのために、恵まれない方々のためにと教わった通りに心を砕いているというのに……!
ぼくは……ぼくだって……!」
泣き崩れるように叫ぶサミュエルを前にアスランは幼子に向けるような柔らかな笑みを浮かべる。
「お力になれずに大変心苦しく思っております。
ですが、一介の騎士でしかないこの身には過ぎたる問題でありますれば……釈明はアーガスト侯爵もしくは御父上を通して陛下にお願い致します。」
「…………アーガスト侯爵に声をかけても無駄だと言った口で……というか、あの侯爵は彼のことを信じてなどいないでしょうに。
事実、監視役の影が手配されているようですし……。
(どうして、副騎士団長は笑顔だけでなく、言葉までこんなにも胡散臭いのだろうか?)」
女性が黄色い声を上げそうな、柔らかで甘い笑顔を浮かべたアスランに対し、アレクシェルは視線を明後日へ向けながら呟く。
「アレクシェル・バッファム伯爵令嬢?」
アレクシェルが胡散くさいと思った笑顔のままくるりと顔を向けるアスラン。
「何でもありません!」
思わずアレクシェルは直立不動で答える。
「……まったく……。
では、今度こそ本当に退室しますよ。」
ため息をついたアスランに先導され、今度こそアレクシェルは泣き叫ぶサミュエルへ背中を向けた。
「(……感情を交えることなく誰かを諭す……それは、こんなにも難しいことなのだな……。)」
アレクシェルの脳裏に己よりも遥かに大きく、そして岩のような顔を持った人物が浮かぶ。
「……私は、まだまだだな……」
誰ともなしに微かに呟いたアレクシェルの言葉は、サミュエルの声に掻き消され誰の耳にも届くことはなかった。




