閑話三 上
華やかで美しい王都より離れた辺境の地にある兵士の訓練所。
深い森の近くに位置する訓練所は、平民上がりの兵士達を訓練する場所だった。
王都にある貴族出身の騎士を育成する訓練所に比較することも烏滸がましい、平民上がりの者達の訓練所の中でも特に質が悪い場所だった。
「ぐっ……くそぉ……!
(何でこんなことにっっ……!)」
深い森の奥にある沼の影響か、何処かジメジメとした木造作りの建物の影。
訓練場とは名ばかりの凸凹とした地面の上に投げ飛ばされた青年が唇を噛みしめる。
「おいおい、お貴族様のお坊ちゃんがまた地面に転がってるぜぇ。」
「ははっ!
やわらか〜いお布団が恋しいでちゅかぁ?」
「いやいや、フレドリックお坊ちゃまはママのおっぱいが恋しいんだよなあ?」
投げ飛ばされて泥にまみれた青年、フレドリック・レパードは怒りに燃えた瞳を嘲笑う男達へ向けた。
「五月蝿いっ!
平民如きが侮辱するなっっ!」
「はっ!
なぁにが平民如きだよ。」
「お前さぁ、お坊ちゃま。
オレたちは平民だけどよぉ、アンタは罪人だろ?」
「聞けば、マヌケな王子様の腰巾着で尻尾を振ってただけだろーよ。
しかも、お綺麗な貴族のお姫様を寄って集って甚振ったんだろう?」
怒りに燃えるフレドリックの言葉に対し、男たちはゲラゲラと嘲笑う。
「そうそう、お前ら知ってるか?
教官共が喋ってたのを聞いたんだけどよぉ、コイツさぁ今をときめくローゼンバーグ家のおじょー様の婚約者だったんだと。」
ゲラゲラと嘲笑っていた男の一人が何かを思い出したように意地悪く口角を上げて、フレドリックを顎で指す。
「っ……!」
フレドリックは己の婚約者だった女の家名が出たことに更に眉を寄せた。
「コイツがバカやったせいでいい歳をしたお嬢さんの婚約がご破産になっちまって、いい迷惑だよなぁ」
「ああ゛っ?
お前さぁ、こぉんなバブちゃんに女が抱けるかよ!
しかもよぉ、ローゼンバーグ家のお嬢さんと言えば、男が抱かせてくれって拝むほどのイイ女らしいじゃねえか。
腰を振るしか能のなさそうなコイツにはもったいねえよ!」
「そうそう!
あの家自体が金が唸るほど有るし、平民相手でもまともに雇って働かせてくれるらしいぜ。
そんな平民からしてもありがてぇ家のお嬢さんの相手がコレじゃあなぁ……。
お嬢さんの方から願い下げで捨てられたんじゃねえか?」
余ほど貴族が気に入らないのか。
はたまた貴族というよりは、いつまでもお貴族様な気分で周囲を見下すフレドリックが気に入らないのか。
同じ訓練所で汗を流す平民上がりの訓練生達がフレドリックを扱き下ろす。
「……まれっ……」
「ん〜?
なんか言ったか、お坊ちゃま?」
「だまれ、黙れっ黙れっ!
あんな娼婦のような金勘定しか出来ない阿婆擦れなど私の方から願い下げだっっ!
阿婆擦れ女よりも父上の後を継ぎ立派な騎士となるはずだった私の方が我慢してやっていたんだっっ!!」
とうとう耐えきれなくなったのか、怒りと勢いに任せて叫びながらフレドリックは訓練生達の一人に殴りかかった。
「ぐっ……痛えじゃねえかっ!
罪人がいい気になるんじゃねえっ!!」
殴られた訓練生がやり返し、更に他の訓練生も喧嘩に加わり……しばらく訓練場に鈍い音が響き続けた。
明るかった太陽が森の向こうに沈みかけ、夕日が訓練場を赤く染める頃。
「はっ!
コレに懲りたらもっとマシな態度を取るんだな!」
「いつまでもお坊ちゃま気分に浸ってんじゃねえよ!」
「コレだからお貴族様はキライなんだよ。」
口々にフレドリックを罵り、踵を返した訓練生達。
「……くっ……」
あちこち痛み、泥まみれになった体をフレドリックは呻きながらゆっくりと起こす。
「……っ……。
(クソクソクソ……!
何なんだここはっ!
アーガスト侯爵の言っていたことと全然違うじゃないかっ!
辺境の地で騎士としての訓練を積み、任務を熟して武勲を飾れば王国の騎士団にもっ!
レパード家の一人としても立場を回復できると!
そう言っていたからっ、こんな辺鄙な場所に行くことを了承したというのにっ!)」
元第一王子であるライナスが起こした公爵令嬢ルクレツィアへの婚約破棄騒動。
その一件の後に、ライナス達の身柄を預かることとなったアーガスト侯爵の勧めで入ることになった訓練所。
辺境の地で騎士として訓練を受けた後、順調に武勲を積み、大手を振って王都へと戻る予定だと考えていたフレドリック。
しかし、箱を空けてみれば騎士の訓練所ではなく平民上がりの兵士のための訓練所であり、元貴族のフレドリックへのあたりは強かった。
最も、フレドリックの態度が拍車をかけたともいえるが。
「あっ、お〜い!
探したぞぉ、お坊ちゃん!」
「……また、お前か……」
「すまねぇなぁ、オラで我慢してくんろ。」
ボサッとした髪に人の良さそうな垢抜けしていない笑顔。
「……今度は何の用だ、ジョン。
私に話し掛けても得などないぞ。」
「あ〜オラには難しいことは、わがんねぇだよ。
でもよぉ、騎士様ってのは格好いいよなぁ……」
ヘラリと笑う男、ジョンは持っていた箱の中から傷薬を出す。
「お前みたいな田舎者が騎士になれるわけないだろう。」
「そぉだなぁ……けどよぉ、お坊ちゃんが立派な騎士さまになった時に、お坊ちゃんの馬の世話役くらいにはなれねぇかなぁって。」
「……調子の良い奴め」
田舎者丸出しな言葉遣いな上に、何処までもお節介を焼くジョンに対して最初は邪険にしていたフレドリック。
しかし、どんなに邪険にしてもヘラヘラと笑って近付き、世話を焼いてくるジョンにフレドリックはいつの間にか絆されていた。
「ちょぉっと染みるけど、我慢してくんろ。」
「う゛っ……」
「立派な騎士さまはぁ、こんなもんへっちゃらだよなぁ。
オラは幾つになっても、怪我の消毒は苦手なんだよなぁ。」
「……当然だっ……!
騎士たるもの、この程度の痛みなど問題ない……!」
強がるフレドリックに対し、やっぱり格好いいなぁとジョンはヘラリと笑う。
「(……ライナス様はご無事だろうか……?
流石のアーガスト侯爵も実の孫であるライナス様を害しはしないだろうが……。
恐らくサミュエルも元は王族だから無事だろう。
だが、ルイスやダレンは私と同じように劣悪な訓練所に入れられているかもしれない。
それに、彼女はステラは無事だろうか?
きっとステラのことだ。
どんなに酷い目にあっても健気に耐えながら、私たちの助けを信じて待っているに決まっている……!)」
ジョンの手当てを受けながら、フレドリックは考える。
「……必ずやライナス様を探し出し、ステラを助けなければ……」
ライナスさえ見つけ出せば、きっと上手くいくと根拠のない希望をフレドリックは瞳に燃やす。
そして……その言葉を聞いたのはジョンだけだったのである。




