閑話二
「…………」
「あの、ジェダ?
無言で何かを訴え、私を見つめ続けるのはやめて頂けませんか?」
アシュレイ・フォルト子爵との面会が終わり、セレスティナは一息ついたと思ったのも束の間に。
王妃の主導により捩じ込ま……強い希望により、午後からの予定として急遽入った第二騎士団長ジェダイトとの面会。
セレスティナ自身の護衛に関する意見交換会と銘打たれてはいるものの、どう考えてもジェダイトとセレスティナの仲を深めさせる魂胆は見え見えだった。
「ふん……そのような無駄なことはせぬ。
貴様相手に言葉を惜しむ必要など無い。
告げるべき言葉を惜しみ、狐に獲物を横取りされる気は毛頭ないからな。」
「狐……?
それは……フォルト子爵のことですか?
先日の商人の謁見の折にも、そのようなことを仰っていましたね。」
セレスティナの脳裏に狐の耳と尻尾を生やしたアシュレイの姿が浮かぶ。
「(……フォルト子爵の胡散くさいというか……あの雰囲気にとっても似合っていますわ。
次回お会いした時に思わず狐の耳と尻尾を探してしまいそうです。)」
脳裏に浮かんだ狐の耳と尻尾を生やしたアシュレイの姿に、セレスティナはクスリと笑みがこぼれてしまった。
「……あまり情を移すな。
古狸が首輪を付けているとはいえ、あの狐にはそれを噛み千切る程度の能力はある。
飼い殺しに出来ぬならば、病原菌を持ち込む前に毛皮にでもする方が賢明だ。」
そんなセレスティナの呑気な様子に、少しだけ眉を動かしたジェダイトはアシュレイに気を許すなと忠告する。
「(どっちもどっちな気がしますけどねぇ……。
ぶっちゃけ第二騎士団長も、フォルト子爵も、独占欲と執着心は強そうですしぃ?
まあ、セレスティナ様を一番に優先する第二騎士団長の方がミオンちゃん的にはマシですかねぇ。
少なくとも、女の私はお目溢しを頂いているみたいですし。
……ただ、この人の場合は敵が多そうなのが難点といいますか……。)」
一見すれば普段と変わらず冷たい表情のジェダイトに、ミオンは内心で独りごちる。
「(ん〜……アーガスト侯爵が背後にいることを考えると、フォルト子爵は護衛的には無しですねえ。
だって、隙を見ては暗殺を企てられたり、どんな薬を使用されるか分かったものじゃないですもの。
命を脅かす以外にも、貴族の女にとって致命的な薬もありますから……警戒するに越したことはない。)」
澄ました顔で給仕をしながら、セレスティナの背後に控えてミオンは心の中だけで呟いた。
「アーガスト侯爵がフォルト子爵に首輪を付けている……?
フォルト子爵はアーガスト侯爵の子飼いの貴族ではあるでしょうが……わざわざ首輪をつけなければ制御で出来ない、と?」
そんなミオンの内心を知ることなく、セレスティナはジェダイトの言葉に首を傾げる。
「先代のフォルト子爵の頃、いえそれ以上前より、代々フォルト子爵家はアーガスト侯爵家の派閥に属していたはずです。
それゆえに、アーガスト侯爵はフォルト子爵家に託された赤子の存在を知り得た。
アーガスト侯爵は兎も角、アシュレイ・フォルト子爵自身は王座を求めるような野心家とは思えませんが……」
「狐の心など知らん。
アレに興味もない……が、敵を知れば百戦危うからず。
敵対する可能性のある存在の情報は把握しておくに限る。」
ミオンが用意した紅茶を躊躇うことなく飲み、ジェダイトはセレスティナへ答える。
「……どのような手を繰り出されても、貴様を渡す気は無い。
貴様の隣の椅子を増やすなど論外だ。
愛する女の隣は一つでいい。」
「え……あの、ジェダ?
恋愛について教えて下さいとは言いましたけれど……あ、あまり人前では、そのような言葉は……」
気心知れたミオンの前とはいえ、流石に恋愛事情を赤裸々に見せる趣味はないとセレスティナは慌ててしまう。
最も、その頬は微かに赤く染まっていた。
「言ったはずだ、セレスティナ……セレスよ。
私はセレスへの言葉を惜しみはしない、と。」
座っていた椅子より立ち上がったジェダイトは、ゆっくりとセレスティナへと近寄る。
セレスティナの背後に控えているミオンが多少は警戒を強める。
しかし、セレスティナを怖がらせないようにと配慮しているジェダイトの動きに、その警戒を緩めた。
「……羽虫避けに着けておけ。」
「これは……?」
応接室の長椅子に腰掛けたセレスティナの前に片膝を付いたジェダイトより差し出された小さな箱。
「耳飾り、ですか?」
ジェダイトの手により開かれた箱の中には、雫型の青い宝石を用いた上品な耳飾りがあった。
何処までも透き通った美しい海の如き神秘的な青が煌めき、花のような紋様が刻まれている。
「元より、私自身が有象無象の輩に何と噂されようと構わぬ。
だが、私と親交が有るという理由で貴様が狙われることは許容できん。
……故に、これまでは王位継承を巡る情勢が定まるまでは距離を置いていたが、今は風向きが変わった。」
「……ジェダにその気が無くとも、王位継承権を持つがゆえに私に近寄ると私の身が危ないと考えて距離を置いて下さっていたのですね。
ですが、こんなにも素敵な耳飾りを私などが受け取っても良いのでしょうか……?」
王族の一人として目が肥えているセレスティナから見ても、差し出された耳飾りは相当な代物だと分かってしまう。
「(……前世を含めて初めて異性から貰うにしては豪華すぎるというか……えっと、素直に受け取る方がいいのでしょうか?
いや、でも……躊躇うことなく受け取ることは違うような気も致しますし……第一、なぜ急に耳飾り?
耳飾りに羽虫避けの効果のある魔法陣を刻んでいるということでしょうか?
でも、虫はたくさんいるのになぜ羽虫を限定するのですか?)」
「貴様が付けぬならば窓から放り投げるが?」
「謹んで受け取らせていただきますわ……!
(今の言葉は本気でしたわ!)」
ジェダイトの本気を感じ取ったセレスティナは、即座に耳飾りを受け取った。
「まるで海を閉じ込めたみたいに美しい耳飾りですね。」
箱の中に鎮座する光を受けて綺羅綺羅と輝く青は、まるで海の中から太陽を見上げる輝きを思い起こさせた。
「ジェダ、ありがとうございます。
大切に致しますね。」
「……そうか。
気に入ったならば良い。」
微笑みながら感謝の言葉を伝えたセレスティナを一瞥し、さっさと立ち上がり扉へと向かうジェダイトだった、が……
「……セレスティナ、全く持って気は進まぬが……陛下よりの命だ。」
一度はセレスティナへ背を向けたジェダイトだったが、急に振り返ったと思えば何かを応接机に置いた。
「これは……日記帳……?」
「……私の意思では無いことは重ねて告げておく。」
普段に増して苦虫を百匹以上噛み潰したような表情を浮かべたジェダイトは、今度こそ立ち去るのだった。
「……陛下の命、ですか……」
黒皮張りの立派な日記帳を見つめ、セレスティナは返事を書くべきなのかと首を傾げる。
「もしかしたら、フォルト子爵関連で何かあったのかもですね〜。
(あー……セレスティナ様ってば、これは気が付いていませんねぇ……。
あの第二騎士団長がただの耳飾りなんて贈らないし、堂々と虫除けって言ってましたのに。
たぶん値段的な物に目が行っちゃったのかなぁ。
第二騎士団長の瞳を連想させるアクアマリン。
しかも、第二騎士団長の個人紋の笹竜胆が刻まれていますしぃ……めっちゃセレスティナ様は自分の物だって主張しまくりですぅ〜。
あー、あとアクアマリンって宝石言葉に幸せな結婚って有りましたっけ?
一つの贈り物に二重三重の意味を込めるなんて、よくやりますねぇ。)」
首を傾げるセレスティナに返答しつつ、ミオンはジェダイトの独占欲の強さに内心で呆れてしまうのだった。




