閑話一
「いやぁ、まさか殿下の側室に推薦されるとは……世の中、何が起こるかわかりませんね。
学院に通っていた頃には、想像もしておりませんでした。」
あはは、と力が抜けるような笑いを後ろ頭を掻きながら披露するのは、一見すれば好青年にも見えないこともないアシュレイだった。
最も、なぜかアシュレイが纏う空気は胡散くさい印象を拭えない。
「……それは私も同じですわ……。
(……どうして私はフォルト子爵と向かい合せでお茶をしているのかしら……)」
セレスティナに与えられた執務室の近くにある応接室。
「フォルト子爵も色々と戸惑っているのではありませんか?
顔見知りだったとはいえ、私との婚約の話が持ち上がったと聞いた時には。」
アーガスト侯爵のゴリ押……ではなく、商人達の一件も踏まえ、設置されたセレスティナとアシュレイの面会。
「……今の私がそうですもの。
私が熱で倒れていた数日の間に色々なことが変化していて……とても戸惑っている、それが私の本音ですわ。」
音を立てることもなくミオンの手により準備された紅茶を飲みながら、セレスティナは苦笑する。
「……正直に言えば、僕も同じですよ。
僕自身も……この血筋を王家の皆様にお伝えする日が来るとは思っておりませんでしたから。」
頬をかきながら困ったように、何処か切なそうにアシュレイは語る。
「この殿下との謁見も、先日の商人達の一件に関すると銘打っていますが……王家としては、僕のことを把握したいというのが本音でしょう?」
セレスティナの背後に控えるミオンへチラリと視線を向け、アシュレイは肩をすくめる。
「(ま、そりゃあ分かっちゃいますよねぇ?
どう見ても、顔見知りであり、一番の狙いであるセレスティナ様を通して本音を言わせたいって王家の思惑が透けてますもん。
……ぶっちゃけ、隣の部屋で第二騎士団長も控えてますしぃ、アーガスト侯爵側が襤褸を出すと幸運的な?)」
しつけの行き届いた侍女の顔を脱ぐことなく、ミオンは心の中だけで苦笑する。
本当に己の最愛の主を中心に、王侯貴族たちの思惑が火花を散らしていることを感じ取る。
「そうですわね。
陛下としましては、フォルト子爵の血筋に関しては王位継承権にも絡む事柄ですから把握しておかねばならぬことでしょう。
それに加えて、アーガスト侯爵への配慮も有るかと思います。」
王家の本音を突きつけるアシュレイに対し、セレスティナは微笑みを返した。
「……フォルト子爵、私は貴方を友人の一人と思っております。
それゆえに、このように正式ではあるものの、公式な文面を残さぬ場でまで腹の探りあいをするつもりはありません。」
セレスティナは真っ直ぐにアシュレイを見つめ、一度言葉を切る。
「かのアーガスト侯爵が嘘か真か不確かな存在を是とし、己の一手に組み込むとは思いません。
アーガスト侯爵が貴方の血筋を肯定するということは、フォルト子爵の血筋に偽りは無いでしょう。
……要するに、第一王位継承権を持つ私の立場が、元第一王子の立ち位置に入れ替わっただけのこと。
改革派と穏健派の在り方が振り出しに戻った、それだけのことですわ。」
私が王位を継ぐことになればの話ですけれど、とセレスティナはため息をつく。
「ふふふ……お見事です。
相変わらず殿下の思考は素晴らしいですね。
相手が誰であろうと、その立場を冷静に分析し、最善と最悪の予測を立て、推測する。」
ニコニコと邪気もなく微笑むアシュレイ。
「……ですが」
しかし、微笑んでいるはずの瞳に影が差し、一瞬で邪気のない微笑みは妖しい香りを纏う。
「一つだけ訂正を。
アーガスト侯爵と僕の一手が同じとは限りませんよ?」
妖しくも美しい色香を纏ったアシュレイの微笑み。
「僕は殿下と知り合い、学院の在学中にチェスを交わすたびに貴女様に惹かれていきました。
儚い貴女様からは想像できない真っ直ぐで考え抜かれた理知的な一手。」
「……フォルト子爵……?」
「殿下、僕はとても嬉しいのです。
僕のような者には届くはずのなかった貴女様のお側に侍ることが許されるかもしれない。」
それがとても嬉しいのです、と微笑むアシュレイにセレスティナは内心は動揺する。
「お慕いしております、セレスティナ王女殿下。
……許されることならば、どうか僕を貴女様の側室にお加え下さい。
その未来が現実となることを心より願っております。」
うっそりと微笑むアシュレイにセレスティナは微かに目を見開く。
「……まさかフォルト子爵から、そのような言葉を受ける日が来るとは……初対面の学院の食堂で転んで頭からおかずを被ったあの時には想像も出来ませんでしたわ。」
「……殿下……それは言わないお約束ですよぉ……。
今、僕は物凄く勇気を振り絞って一世一代の告白をしたんですよ……」
「ふふ……ごめんなさい、フォルト子爵。
でも、どうしてもその印象が強いのですもの。」
頑張ったのだと脱力するように呟くアシュレイに対し、セレスティナはクスクスと笑う。
「陛下が仰ったそうですが、まずは第一王子であるレグルスの帰国を待ってからのこと。
すべてはそれからですわね。」
「失礼を致します、殿下。
そろそろお時間かと。」
「あら……もうそんな刻限ですのね。
ありがとう、ミオン。」
微笑むセレスティナに対し、おずおすと背後に控えていたミオンが声をかけた。
「本日はありがとうございました、フォルト子爵。
またお会い出来ることを楽しみにしておりますわ。」
「此方こそありがとうございました、殿下。」
お互いに微笑みを返し、儀礼的な言葉を返し合う。
「……殿下」
退室する直前、扉の前で振り返ったアシュレイ。
「先ほどの貴女様への想いは……僕の紛うことなき本音ですよ」
最後の最後。
退室する直前に残された真っ直ぐにセレスティナを見つめ、真剣な表情で告げられたアシュレイの言葉。
「…………」
パタリと扉が閉まった後に、セレスティナは大きく息を吐きだしながら椅子へと力が抜けたように座りこむ。
「セ、セレスティナさまぁ、大丈夫ですか??」
「……私に惚れた晴れたは……難解すぎますわ……」
また知恵熱が出てしまいますわ、とセレスティナは今度こそ頭を抱えるのだった。




