第十八話
「……なぜ私はマードック副騎士団長殿にお茶を準備してもらっているのでしょうか?」
己の存在など無視して執務室へと向かったジェダイトの後を追おうとしたアレクシェル。
しかし、何故か第二騎士団の詰所内にある客間に通されていた。
「ダージリンはお嫌いでしたか?」
アレクシェルの二人分?
いや、三人分はありそうな肩幅に、遥かに高い背丈。
「若いおなごの好みなど分からぬ無作法者で申し訳ない。
やはり、アールグレイのミルクティーにするべきでしたか……」
大柄でゴツゴツとした男らしい顔付きに似合わぬ繊細かつ慣れた手付きで準備される紅茶やお茶請けの類。
しかも、なぜか妙に似合っているというか、手慣れているのである。
更に付け加えるならば、騎士とはいえ女性の身であるアレクシェルの外聞を配慮して扉の一部が開かれていた。
「いや、そのようなことはありませんが……多忙な副騎士団長殿の手を煩わせるなど申し訳ないです。
しかも、約束もなく突撃した身としましては、その……」
「ふむ……自覚はありましたか。
己などよりも、ジェダイト様の方が第二騎士団長としても、王女殿下の婚約者としても、数多の責任を背負うご多忙の身ですが。」
「……返す言葉もありません……」
テレンスに対して深く頭を下げたアレクシェルの肩口までの髪がサラリと揺れる。
「申し訳ない。
新人に対し、虐め過ぎましたな。」
テレンスよりも遥かに小さくとも、騎士としての未来を期待されている少女、アレクシェル。
……だが、だからこそ数多の海千山千の貴族達の思惑に絡め取られ、足元を掬われかねない危うさを感じ取った。
「貴殿はジェダイト様にご教授を願うと言っておりましたな。
それはどのようなことなのでしょうか?」
「……先ほどの一件は既にご存知でしょう。
私がベルフォート騎士団長に頂いた言葉も把握されていると愚考いたします。」
「確かに、把握しております。
しかし、貴殿が知りたいことは己の推測通りかまでは分かりかねまする。」
「ベルフォート騎士団長が仰ったことに関してです。
私は"直属の護衛"として不足があったとは思えません。
現に此度の一件で殿下には傷一つ付けておりません。
周囲が動くよりも速く殿下を守り切りましたから。」
真っ直ぐにテレンスを見るアレクシェルの瞳には、己の実力に対する揺るぎない自信があった。
「(……どうしたものか……)」
逡巡したのは一瞬。
テレンスはジェダイトの"無言の"命に従い、年若く血気盛んなアレクシェルの鼻っ柱を叩き折る覚悟を決めた。
「三流の騎士なればアレで上々で御座いましょう。
二流なればアレで構いませぬ。
しかし、王位を継ぐ可能性が高い王族を守る一流の直属の護衛騎士ならば、あの程度では足りませぬな。」
「っ……失礼ながら、その真意がわかりません……!
私の何が不足なのでしょうか……?!」
普段より騎士として、感情を抑えるように叩き込まれていたアレクシェル。
だが、幼い頃より鍛錬を重ねに重ね、それこそ血反吐を吐きながら培った実力を侮辱されたと感じて強い憤りを感じてしまう。
「"護衛対象の状態にも気が付けぬ者が直属の護衛とは聞いて呆れる"」
「それは……」
「ジェダイト様のお言葉ですな。
己にはこの言葉に答えが出ていると思いますが?」
「……」
侮るでもなく、嘲る訳でもない静かで落ち着いたテレンスの言葉に、一瞬だけ昂りかけたアレクシェルの心が冷静さを取り戻していく。
「さて……此度の一件。
貴殿は何処まで把握されていましたかな?」
「……どこまで、とは?
殿下のご希望であり、陛下の許可を得て暗殺未遂が起きる可能性を暗に見逃したことですか?」
「それだけですかな?
では、貴殿は何処まで殿下の守りについて把握されていましたか?
例えば、同じ直属の護衛であるミオン殿は一般業務と並行して隙を見ては、此方に何度もお見えになっていましたが?」
「っ……いつの間に……」
「ミオン殿は侍女である前に殿下専属の影の者。
万が一、億が一の可能性すらも潰すために徹底的な下見、騎士団に紛れ込んだ間者の監視、騎士団と影の護衛の配置について情報交換など……。
ミオン殿が把握されていた情報は多岐に渡りまする。」
テレンスは一度言葉をきり、改めてアレクシェルを静かに見つめる。
「忠義の心など比べるものではないことは百も承知。
だが、心の底より王女殿下へ忠誠を誓っているミオン殿ならば、此度の一件に関してまずは殿下へお諌めの言葉を発したのでは?
賊へ転じた輩からの殺意の攻撃。
果たして私達と違って鍛錬も、武術も嗜んでいない王女殿下の御心は耐えられるでしょうか?」
「え……?
いや、だが……殿下は平気そうな表情でしたし……」
「そうでしょうか?
少なくとも、貴殿のご友人であるローゼンバーグ嬢だったならば如何でしょう?
護衛が居たとしても、刃を向けられ、心無い言葉を周目の面前で吐き捨てられる。」
有効な一手だからと、罵倒されることすら計算の上だった謁見。
「それは、覚悟を持っていたしても、その心は傷つかないものでしょうか?
覚悟を決めていたからと、平気そうな表情を浮かべていても、その心の内は如何なものか?」
「…………」
アレクシェルはテレンスの問い掛けに言葉を返すことが出来ず無言を返してしまうのだった。




