第十六話
「何故……貴様はそのような結論に達する?
呆れ果ててものも言えぬ。」
ため息交じりのジェダイトの顔には、冷たい美貌に似合わない何処か呆れたような、不服そうな表情が浮かんでいた。
「ジェっ、ジェダ?!
え……あの、私……何時の間に部屋に……?」
よほど思考の海に沈んでいたのか、セレスティナは自室に辿り着いていたことにすら気が付いていなかった。
「……飲んでおけ」
「えっ、あ……ありがとうございます」
呆れた様子を隠すこともしないジェダイトは、持っていたカップをセレスティナへ渡した。
「あ、あの……」
「つべこべ言わずにまずは飲め。」
ぶっきらぼうに言い放たれたジェダイトの言葉とは裏腹に、セレスティナの持つカップの中には火傷しない温度に調節された白湯が入っていた。
「…………」
セレスティナの冷たくなっていた指先をじんわりと温めるカップの温もり。
熱すぎない丁度良い温度の白湯を一口飲めば、緊張で固くなっていたセレスティナの身体も心もゆっくりと緩む。
「……だから止めておけと忠告したというのに。」
「……あの場で刃を向けさせる方が、次の一手を打つに当たり有効でしたから。
王族に刃を向けるなど、ただでは済まない。
そうすれば、この王国の経済の重しの一因となっている者達を排除しやすいと言うものでしょう。」
シャボンと己自身を囮とし、王国の経済の重しを排除する。
それこそが、今回の謁見の目的だったのだ。
「事実、此度は予想以上に上手くことが運びました。」
己が考えた通りの結末にセレスティナは微笑む。
「ほう……?」
そんなセレスティナへとジェダイトは剣呑な眼差しを向ける。
「では、何故こんなにも顔色が悪くなっている?」
「……それは……ジェダの気のせいです。」
長い銀糸のようなセレスティナの髪をジェダイトの無骨な指先が掬う。
「いつもより頬が青褪め、指先が冷たくなっている。」
長い髪の影になっていたセレスティナの頬は普段に増して青白い。
「…………否定は、致しません。
しかし、私は一番被害が少なく、安全な策を選んだに過ぎません。」
ジェダイトの偽りを許さない声にセレスティナは観念し、己の顔色が悪いことを認める。
カップを握るセレスティナの指先は微かに震え、指先は血の気が引いているように見えた。
「セレスティナよ」
目を細めてセレスティナの返答を静かに聞いていたジェダイトは、セレスティナが持っていたカップを取り上げる。
「貴様は何を勘違いしている?」
取り上げたカップを机に置き、流れるような仕草で長椅子に座るセレスティナへ覆いかぶさるように両腕の間に囲ってしまう。
「ジェダ……」
「貴様は武人か?」
声を荒げることも、怒声でも無いジェダイトの問い掛け。
しかし、問い掛けで有りながら、否定を許さぬ圧があった。
「違うだろう。
貴様は、鍛えてもいない贅肉の塊に刃を向けられるだけでも命が脅かされる弱い存在だ。」
「っ……!」
有無を言わせぬ圧を持って突き付けられる現実。
確かに、アレクシェルやジェダイトにとっては有象無象の贅肉の塊でも、セレスティナにとっては男性というだけで十分に脅威なのだ。
「どれだけ気丈に振る舞おうとも、その事実までは変えられぬ。
いくら貴様のために壁があろうとも、戦う術のない身では怯えて当然だ。」
厳しいジェダイトの言葉に唇を噛み締める。
しかし、セレスティナは決してジェダイトの氷のような瞳から目を逸らしたりなどしなかった。
「だから、私がいるのだろう?
貴様の剣となり、守る者として、私がいるのだ。」
「え……?」
現実を突きつけた上でジェダイトはセレスティナへと告げる。
「セレスティナ、貴様ははっきりと言わねば分からぬだろう。」
「ジェダイト……?」
セレスティナはあまりにも真剣なジェダイトの瞳に戸惑う。
何時も何時だってセレスティナ以外の者には分かりにくいはずのジェダイトの言葉。
だが……この瞬間、セレスティナを真剣に見つめ、想うジェダイトの言葉に裏の意味を見出すことが出来ない。
「この私が、私の苛烈な言葉に怯えぬという理由だけで、婚姻相手を許容することはない。」
「で、ですが……」
セレスティナが口を開こうとしても、逃げることを許さないジェダイトの瞳が言葉を封じてしまう。
「他者を信じられなかった幼い私が、どれほど冷たくあしらおうとも……セレスティナ、貴様は笑顔で私へ手を伸ばした。
ただ真っすぐに伸ばされた手と悪意のない笑顔に私は救われた。
恋や愛だとか、そんな陳腐な言葉を告げるつもりはない。
……これは、そんな生易しい感情ではない。」
「ジェ、ダイト……」
戸惑うセレスティナにとどめを刺すヴィランのような微笑を浮かべたジェダイト。
「私が貴様の、セレスティナの全てを貰い受ける。
当然、貴様の隣も私のものだ。」
セレスティナの銀糸のような髪を一筋掬い上げ、ジェダイトは口付ける。
「貴様が女王になろうが、私が王配になろうと構わない。」
上目遣いに頬を赤く染めたセレスティナを見つめ、ジェダイトは言葉を続けた。
「……セレスティナ、愛している。
貴様は、私のものだ。
そして、私は貴様のものだと覚えておけ。」
くつり、と低く喉で笑いながらジェダイトはセレスティナへと積年の想いを告げるのだった。




