第十五話
「此度は予想外の騒ぎもありましたけれど、皆さまと言葉を交わせて良き経験となりました。
まだまだ議論を深めたい点はありますが、多忙な皆様を私が独り占めする訳にも参りませんわ。
どうぞお気を付けてお帰りくださいませ。」
ドリュー・ナレッド並びにガンツ・ダリオが騎士団に連行され、セレスティナも退室しようと言葉を紡ぐ。
「殿下……この度は、私が招いた者達が御身を危険に晒してしまい、申し訳ありませんでした。」
申し訳ないと眉を下げ、アシュレイは切なげな瞳でセレスティナを見詰める。
「もし、私のような矮小な存在でも、殿下の御役に立てることがあれば、いつでもお声掛けください。」
「フォルト子爵……」
学院では見せたことがない何処か儚げな微笑みを浮かべるアシュレイに、セレスティナは一瞬だけ動揺してしまう。
「殿下、私は……」
「貴殿のように狐の皮を被った輩に何を頼む必要がある?」
アシュレイの言葉を切り裂くように、重く冷たい声が響く。
「ジェダイド……?」
その場にいないはずの人物の声に驚き、セレスティナが振り返る。
いつの間に現れたのか、相変わらず不遜な表情を浮かべた男、ジェダイドが立っていた。
「(……なぜでしょう?
ジェダが……不機嫌?)」
「何を呆けている、我が婚約者殿?
貴殿に頼まれた役は果たした。
それ以降は、己が務めに戻るものだと思うがな。」
キョトンとした表情で己を見つめるセレスティナへと近付き、ジェダイドはセレスティナの白い頬へと片手を伸ばす。
「……やめておけと忠告したというのに。」
囁くように低く呟かれた声は、セレスティナにだけ聞こえる程度の声音だった。
「えっ……ジェっ、ベルフォード騎士団長……!」
「…………」
なんの前触れもなく唐突に抱き上げられたセレスティナは戸惑う声を上げてしまう。
しかし、その声に応えることなくジェダイドは歩き始めた。
「お待ちくださいっ!
ベルフォード騎士団長、殿下を何処へ……」
セレスティナ直属の護衛であるアレクシェルが会議室にいる者達全員の疑問を代弁するようにジェダイドへと問いかける。
「……貴様の頭は飾りか?
次の公務へ支障が出ぬように移動する以外に何がある。
……護衛対象の状態にも気が付けぬ者が直属の護衛とは聞いて呆れる。」
「なにを……」
しかし、アレクシェルの問い掛けは一刀両断されてしまった。
更に氷点下の鋭い視線を向けられ、発せられたジェダイドの言葉にアレクシェルの動きが止まる。
「ベルフォード卿、私は己の足で歩けます!
降ろしてくださいませ!
それに、アレクシェルは何の不備もありませんわ……!
(アレクシェルのことも追求したいですが……!
こ、このままだと沢山の貴族達に目撃されてしまう……!)」
「却下だ。
三度は同じことは言わぬ。
俺は公務に支障をきたさぬように行動している。」
セレスティナと会話を交わしながらも歩みをとめることはないジェダイドに、セレスティナは焦ってしまう。
「……で、ですが!
このまま進めば数多の者たちに目撃されてしまいます……!
わ、私との婚約は正式に発表されていません。
今ならば、まだ私との婚約など白紙に……」
「…………昔から貴様は色ごとに関してだけは察しが悪すぎる」
「……え……?」
低く呟かれたジェダイドの言葉にセレスティナは再びキョトンとした表情を浮かべてしまう。
「見られたくないならば顔でも伏せておけ。
俺は貴様との関係が公になって困ることなど一つもないのだからな。」
「(えっと……それは、どういう……?
困らないって……え?
察しが悪いって何がでしょう?
あのときは……王配は迷惑で婚約は迷惑じゃないと告げられて……?)」
ジェダイドの言葉の意味が分からずグルグルと思考を巡らせている間に、セレスティナの自室へと辿り着いた。
「っ……?!
え……セレスティナさま、何が……」
自室には待機していた侍女の内の一人が、突然入って来た大柄な男にビクリと肩を震わせた。
しかし、その腕にセレスティナが抱えられていること、そして男がジェダイドだと言うことを認識すると緊張を解いた。
「下がれ。
軽く熱が出ているだけだ。
医師の手配をしておけ。」
「は、はいっ……!」
冷たい簡潔なジェダイドの命令に、顔を青褪めさせた侍女達がセレスティナを残して退室する。
「……大人しく待っていろ」
「…………」
己の言葉に戸惑い、思考を巡らせているセレスティナをジェダイドはガラス細工を扱うように優しく長椅子へと降ろした。
「(……いつもならば読み取れるジェダイドの言葉の裏が見えてきませんわ……。
第一、王配は迷惑だと告げたジェダイドが私との婚約を迷惑ではないと言う利点が思いつきません。
私という存在が、王位に一番近付いている自覚は……有るのです。
どんな盤面を想像しても、王座から逃れる一手が思い付かない。
悲しいことに……すでに私個人ではどうしようもない思惑に絡め取られている自覚はあるのです。)」
セレスティナは思考を巡らせ続ける。
セレスティナが"セレスティナ"として、目覚めたあの夜。
あの夜から今日までの短い期間の中で、すでに王や王妃、数多の貴族達の思惑の中心に己がいると分かっているのだ。
「(その思惑すらも利用して、私自身の欲を満たそうとしていることは否定致しません。
……でも……その先の未来に王座は欲しくないのですけど……カウントダウンが始まっている気が致します……)」
ジェダイドの事を考えていたはずなのに、巡り巡って己の立場について考えていることにセレスティナは内心苦笑してしまう。
「やはり……結局はあの時の結論が一番確率が高い気が致しますわ。
そう、ジェダの性格を鑑みますに、私との婚約は邪魔ではないとは”他の異性よりはマシだ“、ということでしょう。」
「何故貴様はそのような結論に達する?」
思考を巡らせた上で出した答えをセレスティナがポツリと呟けば、何時の間にか戻って来たジェダイドが答えるのだった。




