3-2入り込む悪意
突き抜けるような青空。これでもかと降り注ぐ太陽光が、観光客の肌を焼くこんがり日和。
「あっっっっつい!!」
タゴさんが盛大に文句を言っていた。
「スーパー神様パワーで何とかならないんですか?」
「うちの家系は晴れ専門だから」
癖がある力だなあ。
タギツ様は変わらず涼しい笑顔をしていた。あの人の周りだけ温度が低いのだろうか……?
「早めに来てくれてありがとう。もう準備は済んでいるから、特にすることはないよ。回る順番は覚えたかい?」
「はい……多分」
昨夜、何度も見たリストを取り出す。
宮島の主要な観光名所をぐるっと一巡りするコースで、初めて訪れる人にも確実に楽しんでもらえるようになっている。
「次のフェリーくらいから参加者が乗ってくるはずだ。彼らには右手にリストバンドをしてもらっているからすぐに分かると思うよ。困っていそうだったら私の所まで誘導してあげて」
「はい!」
「気負わなくても大丈夫。いざとなったら姉上もいるしね」
……安心と同時に不安が湧き上がるのはなぜなのか。
タゴさんを見ると「何よその目は」と言って私の頬をギュムギュムと動かした。やめてください。
タギツ様からイベントの提案があった日は1日中難癖をつけていたタゴさんだが、今朝来てみたら私より早くスタッフに紛れ込んでいらっしゃった。
「アンタ、ちゃんと寝てないわね?」
「う、はい……なんか緊張しちゃって」
人に注目されることにはどうも慣れない。ベッドの中で目を閉じても、心配事がぐるぐると頭を駆け巡っていて全然眠気が来なかった。
「アンタが参加するんじゃないんだから……だーいじょうぶよ。どうせ参加者は自分の恋人候補を探すのに夢中なんだから」
タゴさんの表情が緩むとタギツ様ともイッチさんとも似ている。やはり姉妹なのだな、と思った。
「二人とも、船が着いたようだよ」
フェリー乗り場のほうを見ると、ちょうどフェリーが正面を向いて接岸するところだった。
車が最初に下船し、後ろからどっと人の列が続く。
タギツ様は目印の旗を持って降り口から少し離れたところに立った。他のお客様の邪魔にならないように、との配慮だ。今回はスタッフも含め20人くらいの大所帯になる。
早速降りてきた人の中からタギツ様の旗を目指して集まってくる人がちらほら現れる。その中に、見覚えのある顔を発見した。
「あれ? もしかして……」
「響ね」
やっぱり! 先日タゴさんが追いかけまわし……もとい、新しい風を吹かせた男女の片割れだ。
向こうもこちらに気づいたようだった。すぐに私たちの方に向かってくる。
「こんちは。先日は……どうもっす」
にこやかながらも、タゴさんへの恐縮が勝るのか頭が少し下がっている。私にまで敬語だ。
「今日はどうされたんすか?」
「私たちはイベントのお手伝いなんです。響さんは?」
「あー……」
何か迷っている様子で辺りをうかがっている。タゴさんが眉をひそめた。
「……さてはアンタ、参加者ね?」
「え! そうなんですか」
「まあ……はい」
響さんは少し言いづらそうにしながらも、リストバンドを見せてくれた。
「あれからしばらく考えて……あ、元カノとはもうすっぱり縁を切ったんすよ! あと、桜には彼氏ができました」
「えっ!」と思わず声が出た。
「あ、それは全然ショックとかじゃなくて。桜のことはちゃんと応援してるんすよ。ただ、その姿を見てたら俺もそういう人が欲しいなあって気持ちが……で、今日ここに」
タゴさんが観察するような目を向けると、響さんの声は徐々に小さくなっていった。まるで飛行機の保安検査にでもかかっているように身を固くしている。
「ふーん……マァいいんじゃない?」
明らかにホッとしたような息が響さんから漏れた。
タゴさんが許したということは、今回は変な方向には向かっていないということなのだろう。でなければ今頃、響さんの上空でトンビが旋回している。
「あちらで旗を持っている方が先導されるので、よかったら向こうで待っててください」
「うん、ありがとう」
響さんと別れた後、次のフェリーがやってくる。残りの人達も無事合流できたようだ。
タギツ様が点呼を取りながら番号の書かれたシールを配っている。好きな場所に貼っておいて、お互いの目印にするそうだ。
私とタゴさんはスタッフの人達と一緒に後ろに立っていたのだが、急にタゴさんに服を引っ張られた。
「……すみれ、気を付けなさい。案の定、危ないのが入り込んできたわ」
小声のタゴさんが、顎で軽く示す。
「8番の女、半年前も見た」
半年前というと、前回のイベントのことだろうか。
後ろからだと顔は見えないが、すらっと背筋が伸びていて服装もおしゃれだ。しかし、タゴさんの眉間にはしわが寄っている。
「どうやったらあんなに道が絡まるのかしら。一人二人の業じゃないわね、アレ。なるべく関わらないようにしなさい」
「……前のイベントではどうだったんですか?」
「カップリングが成立してたはずよ。何でまたここにいるのかしら……」
「後ろにいるのが今回皆さんをサポートするメンバーです。いま皆さんの右後ろにいるスタッフが、今回の案内を務める浜桐さんです」
タギツ様の紹介で、参加者が一斉に後ろを振り返る。
注目されているのを感じ、勝手に頬が熱くなって視線がブレる。
「は、はい。今日はどうぞよろしくお願いします」
まばらな拍手が飛んでくる中、一人だけしっかりした拍手が……あ、響さんか。
にっこりとほほ笑んでいて少し安心する。落ち着いて参加者の方々に目を向けた。
見たところ、20代の人がほとんどだろうか。島内を散策するということで、皆ラフな格好をしていた。
「まずはお互いを知るところから始めましょう。近くのカフェに会場をご用意していますので、私についてきてください」
脳内で予行演習していた通りにセリフが出てきてホッとする。
私が先頭に立つと、参加者の方々が後ろに並んで付いてきてくれた。あちこちで「こんにちは」「はじめまして」とお互いを知るための会話が始まっている。
横にいるタゴさんは、タギツ様に何やら小声で話しかけていた。
ちらりと後ろをうかがう。8番さんは、なんというか「きれいな人」だった。イッチさんみたいな絶世の美女というわけではないが、街中で見かけて美人だな、と思うような人だ。卸したてと見られる白いブラウスはデニムでカジュアルダウンされていて嫌味がない。
それに親しみやすそうな雰囲気を感じた。隣に並んだ男性の話を楽しそうに聞きながら、優しい笑顔を見せている。
うーん……悪い人には見えないんだけどな。
タゴさんは何を警戒しているのだろう。
一抹の不安を覚えつつ、カフェに向かった。
会場には予め椅子とプロフィールカードが用意されており、参加者が書き終えるとすぐに自己紹介の時間が始まった。
こういうイベントは初めて見るので、ちょっとワクワクする。
「高元響、20歳です。経済学部の2年で、えーっと、フットサルやってます。今日はよろしくお願いします!」
座った順番にテンポよく自己紹介が行われていく。響さんの隣は例の8番さんだ。タゴさんは鋭い目つきを隠さない。
「神崎しのです。接客業をしています。趣味は旅行で、今回も宮島の観光ができるのを楽しみにしていました。よろしくお願いします」
8番さん……神崎さんの声はよく通った。心なしか他の人からの拍手も大きいようだ。
全員の紹介が終わったところで近くの人達と軽いおしゃべりの時間が設けられる。
私たちスタッフは少し離れて様子を見守る。響さんと8番さんは番号が近かったため同じテーブルになっていた。
……なんだか嫌な予感がする。
次のイベントでも二人は行動を共にした。もみじ饅頭の手焼き体験で、男女のペアになって饅頭を焼いていく。
金型をひっくり返すタイミングや生地の量を調整するのが難しい。出来上がった饅頭に余分な羽根がついたりして、参加者が「難しいねえ」と笑い合っていた。
「スタッフさん、これどうやってやるんかいね」
「えっ?」
突然腕を引っ張られた。
参加者の男性だ。手を、放してくれない。
「あ、の。私はちょっと分からなくて、お店の……」
「んー?」
指先で手の甲をなぞられ、鳥肌が立った。
タゴさんは……だめだ、場所が遠い。
でも、ここで声を上げたら他の参加者さんが……イベントが……。
「あのー! よかったら俺が教えますよっ」
視界がゆがみそうになったとき、男性の手を外してくれたのは響さんだった。
「ちょうどよかったっす! 俺ら今終わったとこなんで、次やってみましょう」
「え、きみ、ちょっ」
そのまま、男性を空いていた金型に向かわせてくれる。
響さんは一瞬振り返り、会釈してくれた……気づいてくれたんだ。
申し訳なさとともに、じんと胸が熱くなる。それは稲田さんや美香さんといった先輩たちが遠回しにしてくれる気づかいに似ていた。




