3-3カモからネギを奪いたい
手焼き体験は無事終わり、参加者は出来立ての饅頭に舌鼓を打つ。
その後は大聖院へ。入り口にある長い石段を登りきったころには、息が切れている人もいた。
「……大聖院は空海が開基したといわれる寺院です。見どころがたくさんありますので、気になる所をご覧になってみてください。30分後にまたこちらに集合をお願いします」
よし、言えた。
参加者は思い思いの場所に向かっていく。既によい感じに距離の縮まっている人もいれば、大きなグループの塊となってぞろぞろ参拝に向かう人もいた。
「あの……タゴさん。そろそろ離れて……」
「いや」
タゴさんは、オナモミのごとく私の真横から離れない。さっきの出来事を話して以来この調子である。
梃子でも離れないタゴさんを引きずりながら案内役をしたが、なぜか皆さん受け入れていた。これもスーパー神様パワーだろうか……使い方が間違っている気がする。
「スタッフかつ高校生のアンタを狙う輩がいるとはね……はあ。アイツばっかり気にしてたから油断してたわ」
「アイツって、神崎さんですか」
私が小声で言うと、タゴさんは大きく頷いた。
「アンタも分かってると思うけど、あの女の今回のターゲットは響よ」
「でしょうね……」
今も二人で正面の列に並んでお参りをしている。
最初は神崎さんとペアになろうとする男性が他にも数人いたのだけど、なぜか他の男性たちは途中で諦めてしまったようだった。
「だとしても、特に悪いことは起きていなさそうです」
「今んところはね……湍津」
「何だい?」
「あの女のこと、市杵島に調べさせて」
なぜイッチさん? 私が頭に疑問符を浮かべているのが分かったのか、タゴさんが説明をしてくれた。
「あの子は芸能の神。インターネットを介してありとあらゆるゴシップ情報にたどり着けるの。あの女に後ろ暗い所があればすぐに見つけだせるわ」
……イッチさんって恐ろしい能力を持っているんだなあ。
「姉上が『そう』感じるのならそうなんだろうけど。でも、いいのかい?」
「何が」
「すみれが言っているように、今のところは何も問題はない。彼女の暗部を暴くことは、要らぬトラブルを引き起こしかねないよ。藪をつついて何とやらってね」
タゴさんは押し黙った。
「そうでなくとも最近の姉上は特定の人間に肩入れしすぎだ。まだルールの範疇とはいえ、このまま続けていたらいつか何らかのペナルティーを喰らうよ」
「……言われなくても分かってるわよ」
ドキリとした。きっと私に無関係の話ではない。
私はどんな表情をしていたのだろう。タギツ様が私に大人の顔で笑いかけた。
「すまないな、すみれを脅かすつもりはなかったんだよ。よし……妹に声を掛けてこよう。すまないが、時間になったら厳島神社まで彼らの案内をお願いできるかい?」
「は、はい」
タギツ様は、目印の旗を私に預けて階段を下りていった。
「その、タゴさん……」
「……何よ?」
「その……」
何と声をかけるのが正解か分からない。まごまごと口を開いたり、閉じたり。
そうこうしているうちに、30分でセットしていたアラームが鳴ってしまった。
「ほら、鳴ったわよ」
「……はい」
結局、タゴさんには何も聞けないまま旗を上げる。
時間前に集まってくれていた人がほとんどで、残りの参加者も旗を上げてしばらくしたら集まってきた。
男女それぞれの人数を数えていく……あれ?
「男性が一人足りない……?」
リストバンドを見ながらもう一度数を確認したけれど、 やはり男性の数が合わない。
すると、参加者の一人が遠慮がちに声を掛けてきた。
「あのぅ、多分一人帰ったんじゃないかと思います」
「えっ!?」
一人の男性が、階段を下りていくのを見たという。しかも、他のスタッフさんが名簿と照らし合わせてみると、どうやら饅頭手焼き体験のときに私に声を掛けてきた男性のようだ。
「どうしましょうか……」
「別に放っておいていいんじゃない? 先に出て行ったんならなす術がないし、そこまで面倒見てらんないわよ」
確かにタゴさんの言う通り、私たちにできることはない。それに、正直なところホッとした気持ちもある。
スタッフさんたちと話し合い、私たちは残りの参加者と最後のスポット「厳島神社」を目指すことにした。
大聖院から降りて厳島神社の入り口側へぐるりと回り込む。一番混雑する時間を避けたとはいえ、やはり観光客でいっぱいだった。
「最後のスポットは厳島神社です。日本三景の『安芸の宮島』としても親しまれています。ちょうど干潮の時間帯ですので、解散後に鳥居まで歩いてみるのもオススメです」
説明した後は、合流したタギツ様にバトンタッチした。ふう、と息をついた私の肩をタゴさんがポンポンとたたく。
「見終わった方は出口の左手に集合してください。一度神社を出たら戻れないので注意してくださいね。それでは行ってらっしゃい!」
タギツ様の言葉で、緑のリストバンドが観光客の波に紛れ込んでいく。全員が離れたのを確認し、私たちは人気のない場所に移動した。
タゴさんが待ちきれない様子でタギツ様に詰め寄る。
「調査はどうだった?」
「姉上の勘は流石だね」
「私が説明してさしあげましょう」
「イッチさん!」
巫女装束のイッチさんがふわふわと浮かんで現れた。
「はーい、どうもイッチさんですよ。お留守番にこーんな仕事まで押し付けて、きょうだい使いが荒いんですから」
「はいはい、悪かったわよ。で、成果は?」
「んふふ、あの人間は典型的なマルチ会員ですねえ。セミナーとか仮想通貨、旅行サービスなどなど……商品ごとにアカウントを分けたりしてて苦労しちゃいましたよ」
「マルチ……ですか?」
「マルチ商法。法律スレスレのビジネスですよ。商品を紹介すれば手数料がもらえて〜というお話、聞いたことありません?」
金融教育の授業で聞いたことはある。けれど、私からすれば教科書の中の世界の話だ。いまいちピンと来ない。
「こういうイベントやアプリに入ってはターゲットを探しているみたいですよ。前回カップリングが成立した方も恐らく養分になったのでしょう」
「だから他の参加者が近寄らなくなったのだな。雰囲気で察したんだろう。問題は、響くんか」
「アレはどう見ても気づいてないわよ……」
先ほど、入り口付近で二人を見かけた。響さんは、神崎さんの言葉に嬉しそうに頷いていた。そわそわと落ち着かない様子で、口元はふにゃふにゃだった。
「こちらとしては、勧誘目的はNGといって締め出したいところだが……残念ながら方法がないね」
「え? でもこのアカウントのことを神崎さんに言えば……!」
てっきりこれで解決すると思っていた私に、タギツ様は渋い顔を向けた。
「『身に覚えがない』と白を切るだろう。妹の力で見つけ出しただけで、彼女と紐づける方法がない。それに、実際に勧誘している場面を押さえたわけじゃないだろう? 単純に恋人探しに来ただけだと言われたら反論できないんだ」
「あの女が勧誘した場面やカモのリストでも出てこない限りダメってことね」
「でも、このままじゃ……」
破滅すると分かっているのに。
見過ごしていいのか。響さんは、さっき私を助けてくれた人なのに。
……また誰かを見殺しにするのか。拳に力が入る。
「わたし、響さんと話してきます!」
「えっ、ちょっと!」
バクバクする心臓を連れて、私は物陰から飛び出した。早歩きで人混みを縫い、頭だけ見えていた二人の元へ向かう。
「響さん!」
「ん!? な、何すか」
「え、えーと、あの」
しかし、いざ目の前に出てみると何と言っていいのか分からない。穴の開いた風船のように言葉が漏れてしまう。
神崎さんは先ほどまでの笑顔を潜ませ、響さんは困惑したように眉を寄せている。
「うんと、何かあった……んすかね? 俺に用事?」
「はい! 話があって」
「うーん」
響さんが神崎さんに「ちょっと席外します」と断りを入れると、神崎さんは響さんの方だけを見て「いってらっしゃい」と明るく送り出した。その目は妙にキラキラして見える。
背中に視線を感じながらも、どうにか響さんを連れ出すことに成功した。
「どうしたんすか?」
「落ち着いて聞いてほしいんですが……」
呼吸が浅いのが自分でもわかった。はあ、と一つ深呼吸する。
「あの人、危ないです」
「あの人って……神崎さん?」
頷く。響さんは首を傾げた。
「ま、マルチの! マルチの勧誘なんです。前回の……えっと前回っていうのは少し前に同じイベントがあったんですけど、そのときも来られてて、そういう勧誘をされてたみたいで」
話す端から言葉が表面を滑っていくだけなのが分かる。だって響さんの顔がますます困惑していくのだ。
「……君が悪い子じゃないってことは分かってるんだけど……」
「本当なんです!」
どうしたら伝わるのだろう。
稲田さんや美香さんに江川さんの話を提案したときとは訳が違う。
響さんは目をキョロキョロと動かした。
「あのさ……実は俺、もう最後のカップリング希望シートに神崎さんの名前を書いて出しちゃったんだ」
「えっ!?」
神崎さんは言わずもがな、響さん狙いだろう。カップリングが成立してしまう。
「だから、もし向こうも俺を選んでくれたら一応連絡先交換はするけどさ、その後は君の言う通り気をつけるようにするよ」
「でも……」
「大丈夫大丈夫! 教えてくれてありがとう」
響さんは足早に去ってしまった。
本当に大丈夫だろうか。できることをしたはずなのに、まるで充足感がない。砂の上にいるようなぐらぐら感を感じるのは……。
「ちょっと、突然飛び出していくんだから!」
「タゴさぁん……」
後ろからやってきたタゴさんの顔を見たら、一気に力が抜ける。
手のひらが震えていて、今までずっと握りしめていたことに気がついた。
「まさかアンタがこういう行動をするとは思わなかったわ」
「……だって、言わないと響さんが」
タゴさんは険しい表情のまま「そうね」と言った。
「もう響さんカップリング希望シートを出しちゃったみたいです。でも、その後は連絡しないって言ってくれました」
「アンタ、それ信じるの?」
「信じ、ます」
それ以外、私にできることはもうない。
熱風にも近い風が厳島神社を吹き抜けていくのが、どうにも心地悪い。
「……マァ湍津にも話してみるけど、それ以上のことはできなさそうね。今の所は」
追いついてきたタギツ様の姿を見ながら、私はどうか波乱がないようにと祈っていた。
……結果はもちろん予想通りであった。
「7番さんと8番さん、おめでとうございます!」
タギツ様の合図で、カップリングになった人たちが前に並ぶ。
嬉しそうにはにかむ参加者たち。その中には響さんと神崎さんの姿もある。
他の参加者やスタッフと一緒に拍手を送りながらも、心が晴れなかった。
神社の出口付近で解散し、まだ宮島を楽しみたい人たちは商店街や水族館などへ向かっていった。
響さんは今日はそのまま帰るそうだ。フェリー乗り場に向かおうとしたところをタゴさんが呼び止め、何かを手渡している。
「お疲れさまっした!」
手を小さく振り返す。彼の姿はあっという間に見えなくなった。
「タゴさん、何を渡されていたんですか?」
「んー……お土産ってとこかしら」
「やあ! 今日はお疲れさまだったね、すみれ」
タギツ様は疲労の色ひとつ見せずに微笑んだ。両手をキュッと握られ、その滑らかさに驚く。
「あ、あああ、あの」
「ありがとう、君のおかげで本当に助かったよ」
「トンデモナイデス……」
お声まで張りがあって艶やかで困る。心臓に良くない。
タゴさんのジト目が視界の端に映った。
「あの、タギツ様。響さんはどうなるんでしょうか」
「後は彼の選択次第だね。君は真実を伝えた」
「そうですよね……」
「不服そうね?」
「いえ、そういう訳じゃないんです。けど……うまくできた気がしなくて……」
「アンタ、響のことが好きなの?」
予想外の角度からきた衝撃で、一瞬タゴさんの言葉の意味が分からなかった。
「ええっ!? 違います。全然そんなつもりはないです」
「マァそうでしょうね。はっきり言って、そんな道はアンタから見えないわ……じゃあ、何でそんな必死なわけ?」
何でって……人として当たり前のことじゃないのか。
口を開こうとして、閉じる。違う。そんな高尚な理由じゃない。
タゴさんの表情をうかがう。からかいの意図はなく、ただ「知ろう」としてくれているまっすぐな眼。ごくりと息をのんだ。
「……話、長くなるかもです。聞いてくれますか」
タゴさんとタギツ様は顔を見合わせた。
「湍津」
「ん。こないだの店でいいかな?」
突如、タギツ様は電話を掛けてお店の予約を取る。
「3名様、ばっちり。続きはコーヒーと一緒にどうかな?」
人間慣れしている神様たちに、少しだけ笑いが出た。




