1-4目まぐるしい夏
「はぁーあ、つっかれた! 人間の格好も楽じゃないわね」
タゴさんは元の巫女装束姿に戻り、ぐっと背筋を伸ばしていた。腰をトントンとたたく動作が土産屋での稲田さんの姿と重なる。
「アンタもお疲れさん」
「ああ、はい……」
……いや、でも私あんまり役に立っていなかったような。
「ハァァ!?」
「うわ、わ、何でしょうか」
「ちゃんと役に立ってたでしょーが! 騒ぎになったときにカフェに誘導したし、二人を説得する後押しもしたでしょ」
怒ったタゴさんを見て、そういや神社の中では心の声が筒抜けだったことを思い出した。
そうは言うけれど。
「説得って、ほとんどタゴさんがしたじゃないですか。私はただ横に座ってただけで」
「んぐぐぐぐ……根深い……」
タゴさんが小さな声で何かつぶやいて頭を抱えている。
「とにかく、私が役に立ったと言ったら立ったの! 分かった!?」
「はい……?」
「願い事でも何でもしていけば!? 今日は多めにサービスしてあげるかもよ」
「あ、ああ……じゃあ稲田さんの脚を」
「それは信子の回復力次第だから無理」
「ええ……」
これが目的で参拝に来たんだけどな……なんともやるせない気持ちになった。
「ほら、楽しい夏休みにしたいとか、言ってたじゃない。それはさ、叶うんじゃない?」
何やら指をもじもじと動かしている。
そういえば、稲田さんも関節が動かしにくいとかで似たような動作をしていた。さては……?
「さては?……じゃないわよ!」
「お医者でもらう湿布が一番効くって稲田さん言ってました。神様にもそういうのあるんですかね……?」
「んふふふふ待って無理、草生える」
突然、私たちの後ろから別の声が聞こえてきた。
振り返ると、タゴさんと同じ装束を着た女性が肩を震わせている。
線が細く、「儚げ」という言葉がぴったりの見た目をしているのだが……。
「お姉さまとすみれの相性よすぎるな? 壁に張り付いてずっと見てたいな……」
「市杵島!」
タゴさんが市杵島と呼んだ女性――恐らくは妹さん、つまりまたもや神様のお出ましだ――がほほ笑む。
……なんだろう。異様に造形が整っているせいで、こう、吹替映画を見ているときのような違和感が……。
「アンタね! Tさんって何なのよ。キョトンとされたわよ」
「え~寺生まれのTさんって、まさかもう死語なん? 世知辛いんだが?」
「てらうまれのTさん……?」
「すみれ、変な言葉覚えなくていいから。市杵島は流行りものに毒されやすいのよ」
「毒されやすいとは失礼な姉ですね」
うわ、突然普通にしゃべる。
「初めまして。市杵島姫命、気軽に『イッチ』とでもお呼びください。スレ立てはしていませんが」
「すれたて……?」
「私は三姉妹の中でも一番影響力のある神。敬ってくださって構いませんよ」
「正直、一番力を与えちゃいけないやつに与えてるわよね。神界痛恨のミスよ」
「あら。お姉さまたちだって、助かっているんじゃありません? 島の芸事を盛り上げてるのは誰です? 有名人を呼び込んだり、イベントを開いたり、グルメ特集動画を発信したりして集客を頑張ってるのは、どこの誰です?」
「ぐう……!」
……動画なんて発信してるんだ。
と思ったら、私のスマホが震える。
「気に入ったら高評価チャンネル登録よろしくお願いしますね」
謎の力でURLが送られてきた。なになに、Vtuber「市杵シマ」による宮島大解剖スペシャル? ほぼ本名だな……。
「今回だって、お姉さまがどうしてもすみれと遊ばせて〜っていうから仕方なく神社の番をしておりましたのに」
「バッ……な、なっ!?」
「バナナ?」
「そうですよ、すみれ」
イッチさんは私の背後に回り込んだ。表情が見えないが、声は面白がっているようすだ。
「口では『別れさせてやる〜』とか何とか言ってますけど、私たち道の神にはそんなの土台無理な話なのです。この人、ほっとけない人を見るとすぐに飛び出していくんですから」
「は!?」
「しかも、お姉さまったらアナタのこと気に入っちゃって。初めての推し活的な? ええ、ええ。分かりますよ。私たちと話せますし、誠実なお人柄ですし?」
「べ、別にそういうんじゃ」
「ツンデレ? このご時世にまさかのテンプレ? いいや、ベタこそ原点にして頂点。いいぞもっとやれ」
「何訳のわかんないこと言ってんの! ……っこの、ちょこまかと逃げるんじゃないわよっ」
本殿で大運動会が始まった。私にしか見えないので問題ないのだろうか……。
誠実な人が好きというのは、タゴさんの竹を割ったような性格からしても分かる。でも。
「私、誠実なんかじゃない」
中学校の廊下、並んだ足の隙間から見える水浸しの制服。
鮮明なイメージが一瞬だけ蘇り、また消えていく。
「誠実なんかじゃ……」
「でも今日の二人にはまっすぐ向き合ったでしょ」
タゴさんが私の真正面に立っていた。
「別にあの人間たちを適当におだててもよかったのよ? 二人で仲良くお幸せに〜って。でもアンタはそうしなかった。そして、それは誰でもできることじゃない」
「……」
「マァ今すぐ分かんなくてもいいわ」
タゴさんが私の頭に手を置いた。
触れてる実感のないソレは、確かに温かく感じた。
「ところで、すみれがいつも船に乗ってる時間はとっくに過ぎてますけど大丈夫なんですか?」
「えっ!」
イッチさんの言葉で時計を確認すると、いつも乗るフェリーを3本ほど過ぎていた。
「帰ります!」
「走ったら転びますよ」
「次は木曜の午後だからね!」
慌ただしく神社から出て、お土産街道を早歩きで抜ける。
いつもならうんざりするような絡みつく暑さが、今日は気にならなかった。
「楽しい夏休み、か」
楽しいかどうかはさておき……今年の夏はきっと目まぐるしい。
まだ沈みきっていない日を視界に入れつつ、私はフェリー乗り場を目指したのだった。




