1-3離れて縮まる
「……マァいいわ。ちょっとトイレに行ってくるから、二人の動きを見張っといて」
「神様もトイレに行くんですか?」
「人間の構成物質に近づけているからね。食べたもんは当然胃を通って消化されてウン「言わなくていいですから!」……はいはい」
トイレは夕方になって比較的空いていた。
日陰にぼんやりと立っていると、突如足元に強い衝撃が走る。
「いたっ!?」
右足に、氷を直に当てられたような痛み。
思わず足を後ろに避けると、真下に小さなつむじが見えた。
3、4歳くらいだろうか。手に持っているジェラートを私の右足にぶつけたらしい。2色の味がぐちゃぐちゃに混ざり、私の靴下をキャンパスにしていた。
すかさず後ろからお母さんらしき人がやってきた。
「あー、何やってるのゆうちゃん。ほら、ごめんなさいは」
「……ごめんなさい」
「えと……」
「まあ、子どものすることだから、ね?」
……私が靴下のことを言ったら、きっと、もめる。
お母さんの笑顔と子どもの責めるようなまなざしに、私の口はすっかり縫い付けられた。へらりと笑って「大丈夫です。お気をつけて」というと、すぐにお母さんは子どもの手を引いて商店街へと消えていった。
小さく「もう1回ジェラート買おうね」という声が聞こえた。
「はあ……こりゃ根深いわね」
「うわっ」
いつの間にか、私の背後にタゴさんが戻ってきていた。
「さっきの親子に何か……?」
「あー……あれはもう私の手には負えないわ。互いで互いの道をがんじがらめにしてる。将来親に反発するにしろ依存するにしろ、健全な自立は無理そうね」
タゴさんは私の足元に向かってくるくると指を振る。すると、アイスの汚れなんてまるでなかったみたいに綺麗な靴下がそこにあった。
「あ、ありがとうございます……じゃあ、あの親子はどうなるんですか」
「どうにも? 断ち切れなくなって人生の道がねじれちゃうってだけ。マァ自分の選んだ道だから仕方ないのよ」
「そんな……」
「もつれたばっかりの糸なら解けるけど、ああもガッチリ絡んでたら私にもお手上げ」
神様が言うのだから、きっと私なんかじゃどうしようもないことなのだろう。
それでも、彼らが少しでも苦しまない道をいけたらいいな……と思った。
「ところで、あの二人はどこ行ったの」
「あれ、さっきまでここに……あっ!」
ジェラートを食べ終えた二人の足は今まさに厳島神社の入り口へと向かっていた。日中は人で混雑していたので、コースの最後に残しておいたのだろう。
私たちもこそこそと後を追う。だんだんと尾行に慣れてきている自分がちょっと嫌だ……。
「おみくじを引こうとしてますよ」
「ちょうどいいわね。私のテリトリーに来たこと、後悔するがいいわ」
タゴさんは神様にあるまじき邪な笑いを見せた。
何かを呟いて空中に円を描くと、男性の方から声が上がった。
「えー大凶じゃん! まじかよぉ」
「本当にあるんだ! なになに、『今の相手には縁がない。諦めよ、さもなくば今後の生活は乱れ……』うわ、すごい。コレほとんど縁談の話しか書いてないよ」
「……」
男性は苦虫を嚙み潰したような顔をしている。一方のタゴさんは得意げだ。表情の明暗が見事に分かれている。
「どう? ちょいと加筆修正してやったわ」
……何となくだけど、「ちょいと」ではないような気がする。
女性は男性の背中をポンとたたいた。
「まあ、そんなこともあるよ。どれどれ、私のは……」
「桜」
すると、男性は思いつめたような顔になって急に女性の肩に手を掛けた。
「桜、あの……」
眉を下げ、顔をしかめ、迷いを振り払うように首を一度振る。
何を言う気なのか。喉がごくりと動く。
「俺と……付き合ってください!」
「ハァァアア!?」
「えええええ!?」
思わずタゴさんとシンクロしてしまった。周りの人たちがビクッとしてこちらを見る。
あ、どうしよう。二人にも気づかれた。
きょろきょろしている私のことなどお構いなしに、タゴさんは二人に詰め寄った。
「は!? アンタら付き合ってんじゃないの」
「えっ! 誰……」
「何なの? 付き合ってないのにその距離感なの? てか今のおみくじを見てなんでそうなるの? 一から百まで説明して?」
「ちょ、タゴさんストップ!」
慌ててタゴさんを取り押さえる。周りの人が避難して半径2メートルくらいのスペースができていた。そりゃそうだ。
タゴさんは何が何でも聞き出そうとしているし、二人はすっかり怯えているし、ああもう。
「とりあえず……!」
***
「2番でお待ちのお客さまぁ」
「あ、はい! 取ってきますからね。静かに待っててくださいね」
注文した4人分の飲み物をトレイに乗せて運ぶ。
ここは見晴らしの良いテラス席のカフェ。夕方ということもあり人の姿はまばらだ。
混乱している二人とタゴさんを神社から引っ張り出し、どうにか人目につかないところまで誘導することができた。さすがにここまで来れば誰も追ってこない。ミッション達成である。
「えと。すみません、なんか店まで入らせちゃって……」
「いえ……」
ああ、会話が弾まない……!
お通夜のような空気を裂くように、ズゾーーーッとレモンスカッシュをすする音が隣から響く。タゴさんは一気飲みしたカップを机に置いて腕を組んだ。
「で? アンタらの関係は」
「幼馴染です……」
男性――響さんと名乗った――が、自白を強要された容疑者のようにうつむきながら声を絞り出した。
かわいそうに……タゴさんには何やら逆らえない威圧感がある。これが神様パワーだとしたら、何ハラになるのだろう。
説明をまとめるとこうだ。
二人は近所に住んでいて保育園のころからの仲。女性……桜さんは、マイペースな響さんの世話をよく焼いていたのだそう。
そんな響さんに、先日彼女ができた。
「最初は良かったんです。でも、その子……サークルの他のやつとも付き合ってて」
「えっ」
「問い詰めたら、開き直っちゃって。むしろ俺の方がキープらしくて」
うつむいた響さんの肩を桜さんがそっとなでた。まるで母親が傷ついた子どもを守るように。
「私が宮島に誘ったんです。出かけたら気晴らしにならないかなって思って」
「そうだったんですね……」
「……俺!」
響さんが勢いよく顔を上げた。眉はピンと張り、強い決意をみなぎらせている。
「今日1日一緒にいて、それで最後にあんなおみくじが出て、わかったんです。あんな奴に未練なんてない。俺のことを大事にしてくれる人はもっと近くにいたんだって」
「響……」
「だから……!」
「ちょおーーっと待った」
静かに聞いていたタゴさんが、2人の間に手刀を打った。
「アンタら、本気でそう思ってんの?」
「それは、どういう……」
「すみれ」
「ひゃい!?」
まさかこちらに話を振られるとは思っておらず、肩が跳ねた。
「言ったわよね。道が絡まってる、と」
「あ、はい」
「それが何か分かる?」
話の流れで考えるなら、先ほどの元カノ?さんになるのだろうか。
自信なさげに答えると、タゴさんは首を横に振った。
「それはただのきっかけ。こじれ始めてるのは、むしろその先」
「先……?」
「じゃあ逆に考えてみて。この二人が一緒にいたらずっと幸せだと思う?」
そりゃあ、いつまでも一緒にいられたら……。
……ふと、さきほどのジェラートの親子が脳裏によぎった。
お互いのことしか見えていないようだった。子どもは親の蓑に守られ、親は子どもに尽くして。
あれも幸せの形なのかもしれない。けれど。
「……あまりそうは思わない、かも?」
「な!?」
驚いて立ち上がる響さんを、桜さんがなだめる。
「そういうこと。アンタのは『失いたくない』って未練の感情よ。もう嫌な思いをしたくないからお互いを縛りつけようとしてんの。相手を選んだんじゃなくて、相手に逃げてるのよ」
「初対面のくせに何ワケの分からない……!」
「……そうかもしれません」
「桜!」
桜さんが私たちを見つめた。真っ直ぐな目は夕日のオレンジを反射してきらきらと輝いている。
「響が誰かと付き合うって聞いたとき、本当はすごく不安になった。響が取られちゃうって……私が必要じゃなくなっちゃうって。でも言えなかった」
「桜……」
「何でだろうって思ってたけど、今分かったよ。だって、私が響と付き合いたいかって聞かれると違うの。それなのにね、さっき彼女さんの浮気で別れたいって響が考えてるのを知ったらホッとしちゃったんだよ。サイテーだよね……」
「そ……そんなことない!」
響さんは椅子に座りなおして、桜さんの手を取った。
「ごめん。俺、何も考えずに全部桜に話してたから、そんなふうに考えてたことも知らなかった」
「そんな、別に」
「桜なら何でも聞いてくれる気がしてた。見捨てられも裏切られもしないって」
「それはそうだよ。だって……だって、大事な、幼馴染だから」
「そっか」
二人を見ていると、なんだか不思議な気持ちになった。
ぱっと見では響さんが振られた形なのに、二人の距離はたしかに縮まっていた。
タゴさんが私の服を引っ張り、小さな声で話しかけてくる。
「帰るわよ」
「あの、二人は……」
「後は勝手にうまく整理するでしょ。もう私たちのことなんて見えてないわ」
まあ、この後を言及されても気まずいしちょうどいいか……。
タゴさんの提案に乗り、そっと席を外す。スーパー神様パワーを使っていたのか、私たちの行動は誰の目にも留まらず神社へと戻ってくることができた。
……きっと二人に会うことはもうないけれど、宮島の思い出が彼らにとっていいものであればいいな、と思った。




