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1-2カップルを尾行せよ

「あ」

「来たわね?」


 フェリーを降りた駅の構内で、見覚えのある女性が仁王立ちしていた。

 先日の巫女装束ではなくTシャツにデニムのラフな格好だ。腰まであるロングストレートを一つ結びにしている。


「いい心がけじゃない。来なかったらアルバイト中ずっと付きまとってやろうと思ってたわ」


 来てよかった。家を出るのに5分迷ったけど、来てよかった。


「今日はカジュアルな服ですね」

「ああ、これ。顕現してるからね」

「けんげん?」

「実体化って言ったら分かる? ほら」


 神様に突然手を握られ、全身が跳ねた。人間の温度がする。


「あれ、触れてる……?」

「そ。神社から出るには人間の姿にならないといけないの。多少の制限はあるけど、他の人間にも見えるし、ご飯も食べられるわよ。心の声は聞こえないから、アンタちゃんと自分で喋りなさいよ」

「へえ……神社は空けても大丈夫なんですか?」

「妹たちに任せてきたわ。じゃ、さっそく本題なんだけど」


 ごくりと息をのんだ。どんな無理難題を突き付けられるのだろう。

 彼女……神様は構内のベンチにどっかりと腰を下ろした。


「アンタ、ここに来る人間たちを見て何か思わない?」


 改札口を見やる。広場に流れていく人たちは鹿と戯れたりマップを確認したりしていた。カップルや夫婦、それに親子連れ。この時季には珍しく修学旅行らしき団体もいる。観光地ならではの非日常感にわくわくしている気配がする。


「楽しそうだな……と……?」


 神様の眉の間に、それはそれは深い溝ができた。求めていた答えと違ったらしい。


「カップルが多い」

「え」

「カップルが多い! 見てほら。ここ。あと、そこも。あっちも! あ、向こうもよ!」


 私の顔をキュッキュッとハンドルのように回すのをやめてほしい。


「ええと……それは悪いことなのですか?」

「別に、付き合ってるのが悪いなんて言わないわよ。ただね……人前でいちゃこらいちゃこらすんのを誰もが受け入れると思ったら大・ま・ち・が・い!」

「あ、声、こえが」

「ぬぁーーにが『ずっと一緒にいられますようにぃ』よ! どうせくっつけてやっても、2年後ぐらいに別の人間ともみじ饅頭食いに来てんのよ? こちとらずっと出会いなんてないのに何が悲しくてさあ」

「声が、ちょっと大きいかもです、かみ……お姉さん」


 突然のヒートアップに驚いた観光客の視線が突き刺さった。修学旅行生はこちらを見てひそひそしている。

 美香さんに教えたい。ここの神様、すごく私情を出してきます。


「お姉さん? ……ああ、名前が分からないのね? 私は田心姫命よ」

「たごりひめのみこと、さま」

「人前でそう呼ばれるとちょっと面倒ね。Tさんでいいわ」


 Tさん……。

 私の表情を見た「Tさん」は、またもや眉をひそめた。


「アンタ、なんか失礼なこと考えてるでしょ」

「えっ、心の声は読めないんじゃ」

「読めなくても分かるわよ! 何? 変な名前なの?」

「……あまり呼ばないかなって」

「おかしいわね。妹が『次に人間として名乗るときはそう言え』って言ってたけど……じゃ、適当に呼んで」


 そう言われて困ってしまった。

 いつもそうだ。意見を求められると答えに自信が持てなくて、結局人の意見に乗ってしまう。


「えと、やっぱりTさんもいいかもしれません」

「それは妹の意見でしょ。なし。アンタの意見を聞いてんの」

 

 けれど、彼女は許してくれなさそうだった。仕方なく、混乱する頭の中で選択肢をひねり出す。

 たごりひめ……たごっち、タゴリン、たごるん……いくつか候補が思い浮かぶが、やけに親しげでためらわれる。

 もう少し距離感のちゃんとしたやつ。タゴ……さん。


「タゴさん……?」


 これなら少しは苗字っぽい? それとも気に入らないかな。あんまりセンスないかも。

 恐る恐る顔色をうかがうと、その眉間にはもう皺が寄っていなかった。


「それでいいわ」

「あ、はい……」


 小さな緊張から解放されて、ふっと息がもれる。

 タゴさんは「本題に戻るわよ」と言って、フェリーから降りてきた1組の男女を指さした。

 大学生だろうか。きらきらと目を輝かせる観光客の中で、なぜかこの1組だけ空気がどんよりしている。


「決めた。今日はあいつらよ」

「えっ」

「ふふふ、目にもの見せてくれるわ。着いていくわよ」

「え、え?」


 タゴさんは、どこからか取り出したキャップを被り二人の後を付けていく。

 見失わないように、私も急いでタゴさんの後を追いかけた。

 二人は広場を抜けた後、商店街で宮島の名物「あなごめし」の弁当を購入した。そのまま海岸沿いに座って食べるらしい。

 二人から少しだけ離れたベンチに私たちも腰掛ける。


「えーと……つまり、タゴさんの目的は別れさせ屋?」

「何よ、その目。私はただ、人の流れをあるべき形に戻すだけよ。何回かやってるし、親にも妹たちにも文句を言われたことはないわ……ところでコレ、久々に食べたけどおいしいわね」

「私たちまで『あなごめし』を買う必要はあったのでしょうか……?」


 タゴさんは、やたらとお上品な所作で弁当を食べながら二人の背中を見つめている。意外と食べるのが早くて、私も頑張って口に穴子を運ぶ。冷めてもタレが染み込んでいておいしい。

 タゴさんのプランはシンプルだった。

 気に食わないカップルにスーパー神様パワーでちょっかいを出す。私はタゴさんがやらかさないよう、そのサポート兼ストッパーに選ばれたようだ。

 ……私が必要だろうか? 止められる気がみじんもしない。


「あの二人、どう思う?」

「え、うーん……あんまり楽しくなさそう、ですかね」

「そうよ。特に男のほうね」


 それは私も感じていた。表情はずいぶんと曇っていて、姿勢もうつむいている。最初は体調が悪いのかと思ったけれど、あなごめしを掻き込み始めた様子を見るとそういうことでもないらしい。

 女性のほうがときどき話しかけているが会話は弾んでいないようだった。お互いあまり目も合わさず、恋人同士というには座る位置の距離も空いていた。


「きっと何かやましいことがあるに違いないわ。正体を暴いてみましょ」

「でも、どうやって?」

「人間の姿でも、少しは権能が使えんのよ。例えば」


 タゴさんが人差し指で円を描くと、空に鳥が集まってきた。タゴさんの動きに合わせて、空中をくるくると旋回している。嫌な予感。


「タゴさん、まさか……」

「知ってる? 宮島で気を付けるべきは鹿だけじゃない。空中にも気を付けないとねっ」

「ちょ、まっ……」


 言うが早いか、タゴさんが指さすと1羽のトンビが彼ら目がけて急降下した。


「うわっ!?」


 一直線に男性のお弁当を狙う。

 なす術もなく彼のご飯はトンビに奪われ、空の彼方へと運ばれていった。


「響!? だ、大丈夫?」

「……俺は何ともないよ」


 二人とも予想外の事態に面食らったようすで、放心したように話している。

 さすがにやりすぎなんじゃない!?


「ちょっとタゴさん、危ないですって」

「ええ……? 現代の人間は軟弱ね。昔は命懸けの航海だってして来てたじゃない」

「いつの時代の話を!?」

「これで奴らの楽しいデートも台無し。さて、どう出るかしらね」


 ……なんだか悪いことに加担している気がする。

 タゴさんに倣って、彼らの声に耳をそばだてる。


「うわあ……弁当やられちゃったね」

「少しは食べられたから大丈夫だよ」

「全然大丈夫じゃないよ……私まだお弁当のほう食べてないから半分こしよ」

「悪いって……」

「いいからいいから」


 女性は開いたあなごめし弁当を箸で半分に割って、先に食べていた焼き牡蠣の空き皿に乗せた。


「ありがとう」

「おなかの空きができたから、他にも食べられるね! 何にしようか」

「さっき買い損ねたアレは? 桜が食べたがってた……」

「カレーパン!? 食べる! 食べよう!」

「まだ言ってないだろ。ハハ」


 明るい声。わだかまりが解けたのか、食べ物の受け渡しをした二人の隙間は拳2個分まで縮まっていた。 

 隣のタゴさんから震えが伝わってくる。


「なんでそうなるの!?」

「うーん」

「……次よ、次!」


 わななくタゴさんの背中に、予感めいたものがあった。

 

 ……果たして1時間後、商店街の先で笑い合う男女とその後ろで壁に向かい頭を垂れるタゴさんの姿を見つめることとなった。

  

「なんで、やればやるほど仲良くなっていくわけ!?」


 タゴさんの行動は見事に裏目に出た。

 二人の行きたがったお店に入れないよう画策したら雰囲気のいい穴場のお店を見つけ、水族館でアシカに激しい水しぶきを立てさせたら思わぬサプライズだと喜ばれた。


「俺、今日お前とここに来られて本当によかったよ」

「少しは元気出た?」

「うん。ありがと」


 男性のほうも笑顔を見せるようになり、二人の仲はご覧の通り。ベンチに横並びに座って仲良くジェラートを食べている。

 タゴさんがKO負けしたボクサーみたいな表情になっちゃった……哀愁の背にそっと手を添える。


「まだ負けてないわ……ここまではそう、お遊びよ」

「なんでそんなに別れさせたいんですか……?」


 半日付き合ってみて分かったのだが、タゴさんは決してお遊びでちょっかいを出しているわけじゃない。でも。


「どういう意味?」

「あの二人を見ていると、そっとしておいてもいいんじゃないかって思っちゃって……」


 二人ともそんなに悪い人には見えない。宮島を楽しみにきた他の観光客と何も変わらないのだ。

 もごもごしていると、タゴさんはため息をついた。


「……アンタに伝わるか分からないけど、あいつら変な道の絡まり方してんのよ」

「みち?」

「人間でいうところの『縁』ってやつに近いかな。川をずーっとせき止めてたらいずれ決壊して大変なことになるでしょ。そんな感じよ」


 分かるような、分からないような……?

 だがタゴさんにはちゃんとした考えがあるようだ。


「そういうクセのある絡まり方してんのって、大概ろくでもない人間が原因なんだけどね。しかも、そういうやつに限って突発的にはモテんのよ! 2年後には別の人間ともみじ饅頭を食べに来るくせに、なーーにが」

「た、タゴさん! 声、声! バレちゃいますよ」


 感情が噴火したタゴさんの口を押さえ……るのは流石に恐れ多いので、目の前でわたわたと手を振る。

 幸い、二人には気づかれなかったようだ。よかった!

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