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4-2響くん更生計画

『田心お姉さま&イッチさんプレゼンツ!~響くん更生計画~

 やることは簡単! 響くんの使ってる媒体に、手渡したUSBメモリを差すだけ!

 彼がタブレットを使っているのはお姉さまが確認済みです。大学の授業で使ってるみたいなので、恐らく通学用のバッグにでも入っていることでしょう。

 ただし、注意点が2つ。

 まずUSBメモリは必ずすみれが持ち歩き、直接タブレットに差すこと。

 すみれの媒介力がないと機能しませんからね! お忘れなく。

 そしてもう一つ。USBメモリの読み込みが終わったら、すみれが引っこ抜いて持ち帰ること。

 持って帰って初めて私が分析できます。帰るまでが遠足ですよ!

 詳しい話は桜さんから聞いてください。住所・連絡先は××××……』


「はあ……」


 布団に潜り込んで何度もメッセージを読む。

 響さん、大丈夫かな。

 桜さんが私の話を聞いてくれるといいな。

 私は……ちゃんとデータを持って帰ることができるのかな。

 今から考えても仕方ないと分かっているのに、思考はずっと不安を積み重ねている。

 そのとき、着信のバイブレーションで両手が震えた。


「美香さんだ」


 急きょ休むことになったため、美香さんにアルバイトの日程を入れ替えてもらえるか確認のメッセージを送っていたのだ。


「もしもし」

『あ、すみれちゃん? 明日の件大丈夫だよ』

「すみません、急なお願いになってしまって……」

『いやいや。元はこっちが無理言って入ってもらってるんだから。バイトさんが増えたら解決するんだけどね』


 アルバイト候補探しは難航しているらしい。

 宮島自体のアクセスは悪くないのだけど、島内に駐車場がないので遠くからの応募があまり来ないのだとか。


『でも、すみれちゃんから休みの連絡なんて珍しいじゃん。何かあった? 大丈夫?』

「ああ、ちょっと……大したことじゃないんですが」


 自動に設定しているエアコンが、ごうっと風量を強める。


「……あの、ちょっと相談していいですか」

『うん?』

「誰かを助けたいなーと思ってたとして、でもその人と別に仲が良いわけじゃない……言ってしまえば他人なんですけど、そのせいで自分の言葉が届かなかったとしたら、美香さんならどうしますか」


 我ながら要領を得ない説明だなと思った。つい明日への不安が少しだけ口を開かせてしまった。

 美香さんは「うーん」と言いながらも、真剣に考えてくれた。


『それ、すみれちゃんのせいじゃないかもよ。役割が違うってことはない?』

「役割ですか……?」

『あのね、他人の言葉の方が響くときもあるし、身内とか当事者の声の方が大事なときもあると思うよ。そうだなあ、例えば……私のお母さんが亡くなってるのは前に言ったよね?』

「は、はい」

『うちのお母さん、結婚を許してもらえなくて駆け落ちみたいな形で家を出て私を産んだんだよね』


 一瞬、言葉の重さにぎくりとしたが、あっけらかんとした言い方には余計な湿度がなかった。


『んでまあ、私はよく覚えてないんだけどさ。お父さんだった人がすぐ亡くなっちゃって、お母さん一人で育てていくのが難しくなって実家に戻ってきたんだって。私はもう6歳ぐらいだったかな……そのときに初めておばあちゃんに会ったんだよ。もー、とんでもなく怖い人だと思った!』

「稲田さんがですか?」

『うん。想像つかないでしょ。ほうき振り回してたよ』


 店の奥に置いてあるほうきを思い出す。

 担ぎ上げる稲田さんの姿はピンとこない。私が見ている稲田さんは、いつだってニコニコとしているから。


『あの頃はおばあちゃんのこと正直嫌いだったな……だってすごくお母さんに怒ってくるし、住まいは貸してくれるけどあれこれ口を出してくるからさ? でも、お母さんが亡くなったらそれが一変した。おばあちゃん、毎日泣いちゃってね。店と私の世話があるからどうにかやってこれたって随分後から聞いたけど。だから私聞いたの。『じゃあ、どうしてあのときもっとお母さんに優しくしてくれなかったの?』って』

「……」

『そしたらね、できなかったって言ってた。優しくしたかったけど、できなかったって。そんとき初めておばあちゃんもお母さんの『お母さん』なんだーって思ったんだよね。多分、もしも全然知らない人がその辺で倒れてたらおばあちゃんはすんなり助けるんだよ。でも、身内ってそういう……何だろね、うまく言えないけど、近すぎてできないことってあるんだと思う』


 私にも少しだけ分かるような気がした。稲田さんみたいに大変なことじゃないけど……。


『おばあちゃんも言ってたけど、あの頃の心を支えてくれたのは、店だったんじゃないかな。お客さんとのふんわりした会話が必要だったんだよ。ね、他人にしかできない優しさでしょ。役割が違うってのはそういうこと! だからね、すみれちゃんにはすみれちゃんの『できること』があると思う』

「美香さん……」

『ごめん、長くなっちゃった! 明日早いって言ってたのに』


 美香さんは、事務的な話を少しした後「またねー!」と元気に電話を切った。

 充電の減ったスマホをスタンドに置き、薄い布団を掛け直す。

 みんな、いろいろ抱えているんだ。ただ見えないだけで……。

 誰かを助けるって何なんだろう。


「……私にできることって、何だろう」


 私の独り言を拾うものはなく、狭い部屋の中で空気に溶けた。


***


 ピンポーン!

 部屋の中にチャイムの音が響いて、心臓がドキドキした。

 10秒もしないうちに奥から足音が聞こえ、インターホンの声がつながった。


「はーい?」

「あ、あの桜さんのお宅でしょうか? 私、宮島の……」


 宮島の……何だろう? 改めて自分の立場を考えると名乗り方がよく分からない。霊能力者でもないし、タゴさんの正体を明かすわけにもいかないし……。


「宮島の、土産屋のアルバイトです……?」

「ああ、あの時の!」


 桜さんが笑顔でドアを開けてくれてホッとした。しっかりしなくちゃ。

 桜さんは私のことを覚えてくれていたようで、すぐに部屋に招き入れてくれた。


「宮島のNPOからサポートの人が来るって聞いてたんだけど、まさかあの時の子でびっくりしちゃった」


 NPOのサポート? なるほど。そういう名目にしたのか。私だって一応イベントのスタッフだったのだから、あながち間違いではない。


「浜桐すみれといいます。呼びやすいように呼んでください」

「ん、じゃあすみれちゃん。麦茶でいい?」

「あ、はい。ありがとうございます」


 100均の製氷皿で作られた小粒の氷がカラン、と涼しげな音を立てる。

 トレイで運ばれた麦茶が二つ、ローテーブルに置かれた。テーブルの隅には、親指くらいの小さなサボテンがある。


「クッションに座っててくれてよかったのに」

「いえ!」


 ベッドとテーブルの隙間に二人で並ぶ形になる。「狭くてごめんね」と桜さんが苦笑いした。


「ええと。それで、響さんのことなんですけど……」

「あ、うん……」


 一瞬落ちた沈黙。破ったのは桜さんだ。


「すみれちゃんに隠しごとしてもしょうがないよね……」


 それから、桜さんは何があったのか話してくれた。

 大体は予想通り。あの後神崎さんと連絡を取ったらしく、最近は一緒に出かけたりもしているらしい。


「響にも彼女ができたんだって思って、こないだそこの廊下で出会ったときに気軽に声をかけたんだ」

「この近くに響さんが来られてたんですか?」

「ああ、響んちはすぐ隣だから」

「えっ!」

「びっくりするよね? うち、親同士がすごく仲がよくてさあ……私が先にここのアパートを契約したら、響のお母さんが『桜ちゃんと同じ所なら安心!』ってすぐに契約を進めちゃったみたいで。まさか一人暮らしになってもお隣さんになるとは思わなかった」


 そんなラノベみたいな展開ってあるんだ……そりゃあ響さんが「運命だ!」と思ってしまうのも仕方ないのかもしれない。私はおみくじを片手に鼻息を荒くしていた響さんの顔を思い出した。


「でもね、聞いたら響すごく怒って『お前に関係ないだろ!』って……」

「そうなんですか……」

「前もさ、あまりよくない人と付き合ってたって言ったでしょう?」

「同じサークルの人でしたっけ。響さんに二股をかけた……」

「そう。あの時は、まだ私に相談してくれてたの。でも今回は違う。そりゃあ、幼馴染に何でも話すのがいいとは思わないよ? ただ、何かそんなレベルじゃなくて、まるで……」


 敵を見るような目、だよ。

 桜さんの言葉に、カランと氷の崩れる音が重なる。


「……桜さんは、タゴさんからどこまで聞いていますか?」

「タゴさん? ああ、メッセージをくれた人ね。特には……響の様子がおかしくなったら、イベントのせいかもしれないから連絡くれって」


 それだけなんだ。

 ……私が話していいものだろうか。一瞬迷いが生じた。

 でも、こちらも桜さんに隠し事をしていては協力を得られない。膝の上のスカートをギュッと握った。


「……実は私たち、響さんはマルチの勧誘に遭ってるんじゃないかと疑ってるんです」

「マルチ!?」


 桜さんは、信じられないといった様子で目をキョロキョロさせていた。


「そんな……」

「ただ、その、証拠が押さえられてなくて。あの……で、でも、本当なんです!」


 響さんに伝えたときの困惑顔を思い出す。癇癪を起こした子どもに接するときのような、行き場のない手を。

 また信じてもらえなかったらどうしよう。胸がそわそわして落ち着かなくなる。

 桜さんは、コップの麦茶を勢いよく飲み干した。


「じゃあ早く証拠を押さえないと!」

「……信じてくれるんですか?」

「え? そりゃそうだよ。すみれちゃんを疑う理由はなくない?」


 今日だってわざわざここまで来てくれたし、この間は何の得もないのに私たちのことを助けてくれたもん。

 平然とそう言ってのけた桜さんの顔を見つめてしまった。宮島で響さんに正直に話していたあの日と同じ、真っ直ぐな目をしていた。

 ぶわっと胸が熱くなる。私の行動には、意味があったんだ。

 

「……そうね。これはなるべく使わないでおこうと思ったんだけど」


 桜さんはおもむろに立ってタンスの小さな引き出しを漁り出す。

 10秒もしないうちに「見つけた」と言って引っこ抜いた手に、何か握られていた。あれは……鍵?


「響んちの合鍵」

「……えっ!?」

「響のお母さんが『何かあったらこれ使って突入して!』って渡してきたの。返そうとしたんだけど、おばちゃん強情でね……」


 そんなことあるのか。いや、ラノベの空気を生み出せる二人ならあるのか?

 ……というか、これはいいのか?

 醸し出される荒々しい手口の香り。タゴさんといいイッチさんといい、最近こんな状況に出くわす確率が高すぎる。

 でも、これを使えば響さんの部屋に入ってタブレットを探すことができる。


「たしか、今日は響はバイトだったはず」


 桜さんの表情に迷いはない。

 私はごくりと息をのんだ。

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