4-1自律式ワームウイルス
「どーも」
「……いらっしゃいませ」
泣き喚いた日から1週間後、タゴさんは私のバイト先にやってきた。
すっかり冷静になっているので、顔を合わせるのが若干恥ずかしい。
「すみれちゃんのお友達ね。最近よう遊びに来とるね〜」
「ええ。私は宮島が家みたいなもんなので」
「ほうねえ、そんなに好きになってもらえて嬉しいわ。ゆっくり見てってええけんね」
稲田さんともすっかり顔馴染みである。
もっとも、タゴさんが言うには「信子とは70年前に遊んだ仲」だそうだ。小さい頃の遊び相手とは流石に気づかれないらしく、タゴさんも別人のフリをしている。
自分のことを忘れられてしまうのは寂しくないのだろうか。そう思って一度タゴさんに聞いてみたことがあるが、「どうせ100年かそこらしたらアンタらいなくなっちゃうでしょ」と返されたのだった。
「今日はどのもみじ饅頭にしますか? 最近だと夏限定の柑橘系なんかも売れてますけど」
「今日は買わないわ」
「やっぱりいつものこし餡……えっ!?」
レジに向かいかけていた足が止まった。
あのタゴさんが? うちに来るたびに必ずもみじ饅頭を3個ずつ買って行く、あのタゴさんが?
そういや、稲田さんもここのところ食欲がなくてそうめんばかりだと言っていた。神様も夏バテとかするんだろうか。
「……まーた失礼なこと考えてるわね」
「ちゃんと水分取ってますか……? のどが渇いていなくても飲まないとだめですよ」
「熱中症じゃないわよ! なんとなく食べる気分じゃないだけ」
タゴさんはフン!と鼻息を荒くした。
「今日はアンタに良いニュースと悪いニュースを持ってきたの。どっちから聞きたい?」
洋画の古典みたいな切り出し方をしてきた……タゴさんの背後にポップコーンと3Dメガネの幻影が見える。
「じゃあ良いほうで」
「昨日、桜から連絡が来たわ」
「桜さん……? ああ、あの!」
先日タゴさんが尋問し……もとい、新しい風を吹かせた男女の片割れだ。響さん曰く、最近彼氏ができたとか。
「……悪いニュースは?」
「響が見事マルチ女に釣り上げられたそうよ。その相談がしたいってさ」
……桜さんの話題が出た時点で胸騒ぎはしていた。
「やっぱり」という冷静な感覚と、小さな落ち込みがセットになってさざ波を立てる。
「でも何でそれをタゴさんがご存じなんですか?」
「帰り際にアイツに土産を渡してたの覚えてる?」
「そういえば、何かあげてましたね……」
「あれに、『響の様子がおかしいようなら連絡しろ』ってメッセージを入れておいたの。絶対に桜に渡すようにって脅……念を押してね。ちゃんと桜は気づいたみたい」
そんなことをしていたのか。ということは、少なくともタゴさんはこの状況を見越していたことになる。
「こうなることが分かっていたんですか?」
「気になってたから一応ね……マァ、手を出す気はなかったんだけど」
タゴさんは、私の方をちらりと見てため息をついた。
「それで、アンタどうしたい?」
「へ?」
「へ、じゃないわよ。動くとしたらアンタがやることになるんだから」
「へ!?」
「すみれちゃーん、お客様」
「あっ! はいっ」
いつの間にか、数名のお客様がレジに並び始めている。私は店の奥へと急いだ。
「ちょっと今は! その話、バイト後に教えてください!」
「はいはい」
レジ対応をしている間に、タゴさんは姿を消していた。
一体どういうことなのだろう。結局、響さんは神崎さんに連絡を取っちゃったってことだよね。
……気を付けるって言っていたのに。
バイトの間もずっと気になって、今日は集中するのが大変だった。
こういう日に限って集団のお客様がいらっしゃったりする。忙しなく動いているうちに気づけば閉店の時間になっていた。
「お疲れさまでした!」
「はーい。また次の金曜にお願いねえ」
急いで身支度をして厳島神社に向かった。もたもたしていると閉門の時間に間に合わないからだ。
拝観料を払い、すっかり歩き慣れた回廊を通る。
本殿に着くと、巫女装束に身を包んだタゴさんとイッチさんが座り込んでいた。
「タゴさん、お昼の話の続きを教えてください!」
「ちょちょ、ちょっ、賽銭箱に乗り上げない! 他の人には見えてないのよ?」
そうだった。もう人は少ない時間帯とはいえ、明らかな不審者ムーブである。
そっと賽銭箱から手を離して辺りの様子をうかがう。よかった、多分大丈夫だ。
「はあ。気になるのは分かるけど、現時点で大した情報はないわよ。桜から直接聞いてみないと何も分からないでしょうね」
「そうなんですか? てっきりスーパー神様パワーで何とかされているのかと……」
「あのねえ、神っつったって万能じゃないんだから」
タゴさんは頬杖をついた。イッチさんがくすくすと笑っている。
「私たちは人間の信仰で成り立っているんですよ。人間が敬うから私たちの権能は増す。逆に言えば、人間の信仰がないところでは存在すらできません。一歩神域の外に出たら無力なんです」
「だから、響や桜のところに私たちが直接行くことはできないってワケ。ここまではいい?」
私が頷くと、タゴさんは何かを取り出した。
見慣れた小さな電子端末。これは……USBメモリ?
「もしアンタが響を助けたいなら、これをアイツのタブレット端末に差しなさい」
「これって一体……?」
「私が作りました。んふふ」
イッチさんが得意げな顔で鼻を膨らませている。
「どうです? 人間が使ってる記憶ストレージとそっくりでしょう! 手触りと重さも忠実に再現して、ほら見てくださいよこれ、わざわざ光沢も消してそれっぽくしてあるんですよ!」
「は、はあ……」
「それじゃすみれには分かんないでしょ。中身の説明をしなさいよ」
「は~~~お姉さまは分かってませんねえ……ま、いいでしょう。これは私とお姉さまの力を込めて作った道具です。差した情報端末のデータに直接介入して、情報を引っ張り出すことができます。人間風に言うなら、そうですねえ……自律式ワームウイルスってところでしょうか」
……とんでもないものを作り出してない?
背筋がぞわっとした。三女神の中で最も敵に回したくないのは、間違いなくイッチさんだ。
「あの女の顧客リスト、もしくは直接やりとりをしている現場のデータ……どっちかが押さえられたら解決するわ。問題はそのデータにアクセスする方法だけど、直接やりとりをしている響の媒体にコレで潜り込めさえすればいける」
「……でも、スーパー神様パワーは外では使えないんじゃ?」
「鋭いわね。そこでアンタなのよ」
タゴさんが、私の眉間に向かって勢いよく指を突き付ける。
「私たちの姿が見えているアンタには、かなりの信仰心が宿ってる」
「信仰? あまり実感はありませんが……」
「すみれは、私やお姉さまが『いない』とは思わないでしょう?」
そりゃあ……これだけ話して触れ合っていればただの幻覚とは思えない。
「それが信仰ですよ。暮らしの中に神が『いる』と信じること。それを暮らしの中で自然と尊ぶこと。まあ、難しく考える必要はありませんよ。すみれなら私たちの力を外に運ぶ媒介になれるということです」
「本来なら外になんて干渉しないんだけど、今回は出来すぎなくらいパーツが揃っちゃってんのよね……それに」
タゴさんが意味ありげな視線を送ってきて、またため息をついている。
「で、どうする? やらないなら、それも有りだけど」
「や……やります!」
タゴさんが引っ込めそうになったUSBメモリを両手でつかんだ。
存外簡単に手放されたそれが、私の手の中で踊った。落とさないように必死につかむ。
「言っとくけど、外じゃ私たちはサポートできない。アンタが一人でやるのよ」
「……それでも、やります」
ここで諦めてしまったら、結衣ちゃんにも話を切り出せない気がする。
おまじないや願掛けのようなものかもしれない。ただ、これ以上私に手を伸ばしてくれた人を見殺しにはしたくなかった。
「そう。分かったわ」
「お姉さまの想像通りですね」
「うるさいわね……」
何の話だろう? と思っていると、鞄に入れていたスマホが震えた。
知らない連絡先からの通知が1件。タイトルは「田心お姉さま&イッチさんプレゼンツ!~響くん更生計画~」だ。
「詳しい情報や地図はここに書いておきました。しっかり読んで、明日桜さんのところに行ってみてくださいな」
「……分かりました」
「じゃあ、私がすみれを送ってくるからお姉さまはゆっくりしててください」
「なんでアンタが?」
「このUSBメモリの再現がいかに素晴らしいか、まだ語り尽くしていないんです! もしかして、お姉さまも興味が出てきました?」
「……行ってらっしゃい」
タゴさんは疲れたような顔をして本殿の奥に座り込んだ。
「じゃ、行きましょ?」
いつの間にかいつもの実体になっていたイッチさんに背中を押されながらも、タゴさんを振り返る。
「あ、はい……タゴさん、また!」
背中を向けたまま、タゴさんは片手を振った。
厳島神社からフェリー乗り場までは、歩いて15分くらいかかる。
3分の2くらい進んだところで、散歩する犬を見ていたイッチさんが急に声を掛けてきた。
「ねえ、すみれ。ペットは家族だと思います?」
「……突然何ですか?」
「いいじゃないですか。人間の価値観調査ですよう。どうです?」
「んー……そうですね。家族の一員かと思います」
小さい頃に飼っていた猫を思い出した。もともとは野良猫で、軒先に捨てられていた子猫を拾って帰ったのが始まりだった。
初めて飼う動物に苦労もしたけれど、その分たくさんの幸せをもらったように思う。
「そうですよね。ペットは可愛いですもんね。それじゃ例えば……猫を飼い始めてみたら、すみれのお父さんに重い猫アレルギーがあると分かった場合はどうしますか?」
「どう、とは」
「誰かに引き渡す? お父さんと別々に暮らす? それとも、猫の命を奪いますか?」
きれいな声で紡がれる言葉の鋭利さに、どきりとした。
「ねえ、どうします?」
「ど、え……? えと……一般的なのは引き渡し、ですかね」
「引き渡す? 家族の一員なのに?」
「だって、お父さんの命にかかわるんですよね?」
「ええ……そうですよね」
イッチさんは、にこりと笑った。
「でも、私だったらギリギリまで共存の道を探すと思います」
「……というと?」
「ええと、それこそウチで猫を飼っていたんです。猫なのにポチって名前で……その名前を考えたのがうちの父なんですよ。本当に可愛がっていました」
ポチを一番可愛がっていたのは父だろう。目に入れても痛くないとは、ああいうことを言うのだ。
「ウチならきっと、家族で話し合いをするし、まずアレルギーを抑える方法がないか探すはずです。それで多少不便が出たとしても、ポチと暮らせるように……そんな簡単に諦められないです」
「……」
「あ、もちろん家によって事情は違いますよ? 私ならそうかなってだけで!」
「いいえ、よく分かりましたよ」
歩いているうちに桟橋が見えてきた。ちょうどフェリーが到着するところのようだ。走れば間に合うだろう。
「もう来てる! 今日はありがとうございました」
「どうぞご武運を」
イッチさんに軽く一礼し、フェリーに乗り込む列に混ざる。よかった、間に合った。
そういえば結局USBメモリの話はしなかったけれどよかったんだろうか?
まあイッチさんの考えを読もうとしても無駄か。とりあえずは目先のことに集中しなきゃ。
深呼吸をして、私はスマホに送られたイッチさんのメッセージを開いた。




