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悪役令嬢の私、神獣拾っちゃいました  作者: 櫻井綾


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48/49

48.



 がばりと、私の方から腕を伸ばし、レイの身体をぎゅううと抱き締める。


「――好きよ、レイ――貴方のことが、好きなの……!」

「リーエ……っ」


 抱き締め返される力と、口にしてはいけない想いを口にした反動と……素直な気持ちをやっと口にできた安心感に、堰を切ったように涙が溢れた。

 好きよ、と譫言(うわごと)のように呟きながら泣き続ける私を、レイはひたすらに抱き締めていてくれた。

 ……どれくらい泣いていたのだろう。

 ぐすぐすと微かに涙を引きずりながらもどうにか泣き止んだ私は、ぼんやりとした思考でレイの胸元に顔を寄せていた。

 ガゼボの周囲、爽やかな風に揺れる、色とりどりの華々が眩しい。

 黙ったままの私の髪を、レイが撫でてくれている。優しい手つきまでもが、私を好きだと言ってくれているようで、嬉しい反面、胸の痛みはまだ、続いていた。


「……君が素直になってくれて、本当によかったよ」


 レイが心底安堵したような溜め息を吐く。


「君を迎え入れる為だけに、この数ヶ月苦労してきたんだ。倒れた君にも会いに行けず、方々走り回っていたというのに……。隣国になんて逃げられていたら、全てが水の泡だったよ」

「会いに来てくれなかった理由はわかりましたけど。迎え入れるためって、どういう意味なの?」

「言葉通りの意味さ。第一王子である僕の妃として、ジュリエッタ、君を王室に迎え入れる準備をしていたんだ」

「……レイ。貴方、大切なことを忘れているんじゃない? 私、貴方の弟に婚約破棄されてるのよ」

「そうだね」


 なんでもないことのように相づちを打つ彼に、少しだけむっとする。


(私がどれだけ悩んだか、わかってるのかしら?)

「弟の元婚約者を妃にするだなんて、民にも貴族にも反対されるわ。陛下たちだって……」

「そこは問題ないよ。父上も王妃殿下も、君のことをあんなにも気に入っているんだ。君が了承さえしてくれたら、反対する人なんていない」

「そんな簡単な話じゃないでしょう? 貴族や国民達にはどう説明するつもり?」

「それも、抜かりないよ。明日の朝……いや、早ければもう、今日中には、王国中に<消えた第一王子の大恋愛物語>が広まっているはずだ」

「大恋愛……」


 レイは得意そうに、ぱちんとウィンクする。


「僕と君のあれこれを、素敵な物語にして噂として流したんだ。明日の朝刊にも記事が出るはずだよ。皆噂が好きだろう? すぐに国中お祝いムードになる」

「まぁ……そんなことを……」


 用意周到なことだ。そこまで根回しをしていたというなら、私に逃げられたくなかったというのも理解できる。


「貴族達への根回しも、あらかた済んでる。だからあとは――君の意思だけだよ」


 レイは私から身体を離すと、改めて、私の正面に跪いた。

 丁寧に揃えた指先を胸に添えて、もう片方の手が、誘うようにこちらへと差し出される。


「ユロメア公爵家令嬢にして、今代の神獣使い殿。僕――第一王子、レイナルド・アーヴェルトは、ジュリエッタ・ユロメアへ、正式に婚約を申し込む」


 仰々しく述べられた口上は、彼の真剣ながら穏やかな声で、朗々と庭園に響いた。

 差し込む斜陽が、レイを背後から照らし、彼のプラチナの髪を透かしてきらきらと輝いている。


(……まるで、おとぎ話の王子様のように、素敵な王子様)


 これから王太子になり、この王国を支えていくであろう彼の手を……本当に、傷物の私が取ってもいいのだろうか?

 手を伸ばしかけて、触れる前に躊躇する。


(本当に、本当にいいの? 私の選択で……レイがつらい思いをしたり、しないかしら?)


 彷徨う私の手を見て、レイがちょっぴり、困った顔で笑った。


「もしも……本当にもしも、僕の妃になるのが負担だというのなら。誠に不本意ではあるけれど、断ってくれても構わないよ」

「レイ……」

「君に無理強いする気はないんだ。王子妃、ひいては王太子妃になるということは、大きな責任や苦労が伴うことだから。……ただ、これだけは覚えておいて。僕は、今、君に断られたからといって、他の令嬢を妃に迎えることはしない」

「そんなことは――」

「するよ。後継者なんて、どうとでもできる。養子を取っても良いし、ヴォルシングの子に引き継いでもいいだろう」

「そんな無茶苦茶よ……」

「僕なら、やってみせるよ。……今更、他の女性を愛することなんて、できない。それだけ、君を愛してしまったから」


 彼は、冗談を言っているようには見えない。深い紫色の瞳が、愛しさを含んでこちらに向けられている。

 ……彼は、最後の最後に、逃げ道を用意してくれていた。

 あんなにも根回しをしておきながら。私に、最後の選択権をくれた。その優しさと、彼からの深い愛が、私の胸を熱くする。

 涙はもう、すっかり止まっていた。


「……貴方こそ、私のことを見くびりすぎているんじゃない?」


 今度こそ、彼の手に、自分の手を乗せ――ぎゅっと握りしめた。


「私は、幼い頃から将来の王太子妃として、妃教育を受けてきたのよ? 今更、その肩書きや役割に尻込みなんてしないわ」


 ぐっと背筋を伸ばして、捕まえた彼の手を思い切り引き寄せる。

 バランスを崩しそうになったレイが、私の背後にあったベンチの背に手をつく。近づいた距離を更に縮めるように、私も自ら身を乗り出した。


「貴方の覚悟、受け取ったわ。……私、ジュリエッタ・ユロメアは、第一王子レイナルド・アーヴェルト殿下からの婚約の申し出を、受け入れます」


 驚いたように丸くなっていたレイの瞳が、じわりと喜びに綻ぶ。


「……全く。本当に、君には敵わないよ」


 指を絡めて、堅く手を繋ぎ直したレイは、満足そうに背後へと声を張った。


「――だって! 聞こえていただろう?」

「え?」


 驚き、花壇の方を向くと――。そこには、先ほど涙の別れを果たしたはずの父が、なんともいえない複雑な表情で立ち尽くしていた。


「――お父様⁈」


 反射的に、レイを押しのけて立ち上がる。父はガゼボの側まで歩いてくると、大きな溜め息を吐いた。


「王子殿下、リーエ。ご婚約、おめでとうございます。……と、祝福したいところだが。やはり可愛い娘の父親としては、なんとも複雑な気持ちですな」

「お父様、どうして……」

「リーエ。私は殿下に呼ばれたんだよ。お前の真意を確かめるから、証人になってくれ、と。……勿論、お前が最後まで拒むのなら、これ以上の邪魔はせず、隣国へ出立するお前を見送る、という条件つきでな」


 大きな溜め息を吐く父に、レイは繋いだままだった手を見せつけるように握り直しながら、満足そうな笑顔を向けた。


「ほら。きちんと誠意も見せたし、根回しもしたし、こうしてリーエにも受け入れてもらったぞ」

「はい。……まったく。本気を出した殿下に出来ないことはありませんでしたね。……リーエ」


 父が、温かな声で私を呼んだ。その瞳が、一瞬だけ鋭さを帯びる。


「本当に、いいんだな? 第一王子殿下の婚約者として、いずれは王太子――妃となるまで。この国のために、生きていく覚悟があるんだな?」

「はい、お父様」


 迷うことなく、しっかりと頷いてみせる。

 握ったレイの手が、温かい。この人が側に居てくれるなら、きっと何があっても大丈夫だと、迷いなく未来を信じることができる。


「わかった。お前の意思だというのなら。この父は、お前を祝福しよう」

「ありがとう、お父様……!」


 ふわりと雰囲気をやわらげた父の背後から、黒い子猫が飛び出してきて、私の肩に着地した。


「話はまとまったみたいだな」

「ロロ!」


 気を遣ってくれていたのだろうか。ロロを胸元で抱き直すと、綺麗な青色の瞳が、私を見上げて優しく細められた。


「おめでとうリーエ。お前の幸せが、俺の一番の喜びだ」

「……ありがとう、ロロ」

「礼ならほら――他の奴らにも、言わないとな」


 ロロの視線を追って、再び父のほうへと――庭園へと、視線を戻す。

 庭園には、何故かぼろぼろのアルト兄様とウォルター兄様、馬車のところに置いてきてしまったマーサとパーシー卿や、ミオまでもが勢揃いしていた。


「ジュリエッタ様!おめでとうございます!」

「レイ殿下!ううう、よかったッス!本当に!」

「お嬢様!おめでとうございます!」

「くそう……リーエを泣かせたら、許しませんからね!殿下!」

「……俺も、許しません」


 わいわいと祝いの言葉が投げかけられる中、レイがそっと私の腰を引き寄せ、寄り添った。


「皆、ありがとう!これからもよろしく」


 レイの言葉に続いて、私も笑顔で、庭園の皆へ感謝を伝える。


「本当にありがとうございます、お父様、お兄様たち。マーサも、パーシー卿も、ミオも。皆ありがとう!私……」


 言葉に詰まった瞬間、ぽろりと一粒。今度は、幸せに溢れた涙が、頬を滑り、夕焼けの空に金色に輝いた。


「私絶対……!幸せになるわ!」



 


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