49.
ガゼボでの婚約宣言直後、私は大忙しになった。
宰相である父と、あの場に集まっていた皆全員で謁見の間へと戻り、国王陛下と王妃殿下へと報告をしたのだが……お二人はあまりにも喜んで泣き出してしまい、もの凄く焦った。
叔母様の元へ永住するつもりで荷造りしていた私の荷物は、謁見の間であたふたしている内に、ちゃっかりと第一王子の宮殿へと運び込まれていて、この日からもう、私は王宮で暮らすことになった。
レイからの強い希望なのが一番だったが……嬉し涙が止まらなくなってしまった王妃殿下に縋られたら、さすがの父も否とは言えなかったようだ。
急遽開かれた王室の晩餐会には、屋敷に残ったままだった母も招待された。
母は微かに目を潤ませながらも、私の手を取って微笑んでくれた。
「殿下を大切にするのよ。貴女のために、こうして貴女が幸せになれる選択ができるようにしてくれた、彼の愛に感謝する気持ちを、忘れないようにね」
「はい、お母様」
「まぁ……もしも万が一、貴女を悲しませるようなことを彼がするようだったら。いつでも私に相談しにいらっしゃい。王妃殿下と私は、いつでも貴女の味方ですからね」
扇で隠した口元で、優雅にさらりと頼もしいことを言う母に、つい笑ってしまった。
マーサは侍女として一緒に王城に残ることになり、寂しがって私から離れようとしない、困った兄ふたりは、母に引きずられて屋敷へと帰っていった。
私に用意されたのは、調度品も華やかで、公爵家よりも豪華な、王子妃のための部屋だ。
隣にはレイの部屋があり、廊下に出ずとも行き来できるように、内扉がついている。
「正式な婚約発表をするまでは、絶対に使わないから安心して」
レイはそう言って、扉の鍵を私に預けてくれたので、この夜は、大きな豹くらいのサイズのロロを抱き枕にして、ぐっすりと眠ることが出来た。
翌日には、叔母様の屋敷にいるはずのナナリーが私の下へとやってきて、とても驚いた。
なんとレイが、前もって呼び戻していたらしい。彼の用意周到ぶりに呆れながらも、ナナリーと再会できたことは嬉しかった。
私とレイの婚約を聞いたナナリーは、すぐにユロメア公爵へと直談判をし、王室に嫁ぐ私についていく話をまとめていた。いつのまにかしっかり者に育っていた彼女の頼もしさに、レイが嬉しそうにしていた。
気合いの入った王妃殿下とユロメア公爵夫人が主導して、あっという間にセッティングされた、王室主催の婚約披露パーティー。
延々と続いた招待客たちへの挨拶が途切れた隙に、私は静かなバルコニーへと逃げ込んでいた。
「……ふう」
会場の音楽やざわめきを背後に、手すりに寄りかかる。
マーサやナナリーがこれでもかと気合いを入れて整えてくれた髪は、星をイメージした金属と宝石の飾りが多くて大変重たい。ドレスも、これまで着たどのデザインよりも布量と装飾が多く、私の瞳の色に合わせたエメラルド色のドレスはグラデーションが美しく、こちらもまた、星空をイメージした金の刺繍やリボンがふんだんにあしらわれていて、立っているだけでもかなり体力を使う状態だ。
「疲れたか? 一度座ったらどうだ?」
今日は豹くらいの大きさでついてきてくれているロロが、心配そうに顔を覗き込んでくる。
ぐいぐい、とその頭に優しく押されて、バルコニーに設置されていた長椅子へと腰掛けた。
「ふわあ……生き返る」
「人間の女性は大変だな。そんなに布ばかり重ねたドレスを着なければいけないとは」
「そうだよね……。もう少し、控えめなのでもいいって言ったんだけど」
「あの王子が送ったんだろう? 確かにお前に似合ってはいるが……やりすぎなんじゃないか?」
「噂がね。ほら、私、悪役令嬢って言われてたでしょう? だから、そういう評判を塗り替えるためにも、私がレイに愛されてるって見せつけないといけないんですって」
「そんなドレスに頼らずとも、周囲には十分伝わっていると思うがな」
呆れた溜め息を吐く神獣を、宥めるように撫でる。
ふと見上げた夜空は晴れ渡っていて、ちょうど満ちた状態の月と、幾百もの星の輝きで埋め尽くされていた。
「……あの日。庭園を通りがかって、本当によかった」
「ん?」
「傷ついたロロを、アリサさんから押しつけられたのが私で。ロロと出会えて、本当によかったなって。なんだか、唐突にそう思ったの」
……アリサの登場から、転落していくばかりだと思っていた、私の人生。
それを引き上げて、こんな幸せな今に繋げてくれたのは、この神獣なんだと。改めて、そう思った。
「ありがとう、ロロ。私と出会ってくれて。私を神獣使いにしてくれて」
「感謝を言うのは、俺のほうだ。あの時、リーエに出会えていなければ、俺はあのまま、冷たい土の下の埋められていたかもしれないのだから」
すり、と手の平に額をすり寄せ、ロロは澄んだ青色の瞳に星の輝きを映してこちらを見つめた。
「ジュリエッタ。俺の大切な契約者。俺は、お前の幸せをこれからもずっと守っていくと誓う」
「ロロ……」
ぎゅっと、彼の頭を抱き締める。温かな体温に、初めて会った日に手の平で感じた温もりを思い出して、切なくなった。
「ありがとう。ありがとうロロ。私、神獣使いとしてまだまだ未熟かもしれないけど……この力を、この国や皆を守るために使っていくって、約束するよ」
ぎゅう、と寄り添う私たちのバルコニーに、足音が入ってきた。
「そんなに熱烈に抱き合っていると、相手が神獣殿とはいえ、妬けてしまうね」
「レイ」
「はい、飲み物。側を離れてごめんね」
白銀色に輝くシャンパングラスを受け取って、彼の優しさに感謝を告げる。
この白銀色にきらきらと輝くシャンパンは、聖女の薔薇、ローザリアから作られたお酒だ。
王室のみに製造を許されたお酒で、王室のお祝い事があった日にだけ、招待客へと振る舞われる。
まるで粉雪が舞い散るようなグラスの中の景色と、ローザリアの芳醇な香りが合わさって、甘すぎずさっぱりとした飲み心地のこのお酒は、貴族達にも大変に人気のものだ。
「おお、ローザリアの酒か。俺にももらえるか?」
「どうぞ」
キラキラと目を輝かせたロロの口元に、グラスを傾けてやる。
ごくごくと美味しそうにグラスを空けたロロは、うっとりと目を閉じた。
「良い出来だ。……リーエ、王子。知っているか? ローザリアの酒の出来は、国の繁栄に直結すると言われているんだぞ」
「それは初耳だ。神獣殿、そんなにも良い出来なら、女神ローザリンデにも捧げるべきかな?」
神官として過ごしていた頃のように、ロロの話に前のめりになるレイ。ロロはうんうんと頷いた。
「そうだな。主神殿より、王子がいたローエングリン神殿の祭壇へと捧げておくといい。女神も喜ぶだろう」
「わかった。すぐに手配しておくよ」
レイはすぐにバルコニーから顔を出すと、護衛のためにバルコニー入り口で待機していたパーシー卿へ、ローザリアの酒を神殿へ運ぶよう指示を出しているようだった。
その様を眺めて居たロロが、ふっと笑みを零す。
「女神への信仰に厚いあの王子なら、きっと良き王となるだろう。神獣使いを妃とし、正しい国へと導く意思がある限り、女神はこの国を祝福してくださるはずだ」
「……ええ、きっと、そうよね」
呟いた私の膝上から、のそりとロロが頭をもたげた。
ふわりと、視界を金色の光の粒が横切る。
豹の姿のまま、その場で佇むロロの周囲に、黄金色の光が溢れ始めた。
「ロロ?その光は……?」
「女神からの祝福の前に。美味しいローザリアの酒の礼として……いや。最愛の、我が契約者の幸せな未来を祈って。我、神獣ローエンマイン・ロジェルティア・アルファレアより、アーヴェルト王国への祝福を贈ろう」
厳かな口上に合わせて、黄金色の光はさらに眩しさをましていき――。
空へと登る光の柱が打ち上がると、王国中に、黄金色の光の粒が降り注いだ。
短い期間に、二度も『奇跡』を目撃することになったアーヴェルト王国の民たちは、これらの出来事を長く語り継いでいった。
アーヴェルト王国は、聡明なレイナルド国王と、慈愛に溢れた神獣使いの王妃、そして黒い毛並の神獣に守られ、女神ローザリンデの祝福の下、平和で豊かな王国として栄えることになったのでした。
―終―
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