297 太政大臣と内閣総理大臣
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次回更新は04/19(日)
(1581 一条房基(59))
当初の予定よりも早く遷都が始まった。2年前の行幸後に帝が率先して名古屋京に移ることを希望したからだ。名古屋京に移ってから準備を進める段取りとなるので、譲位が行われるのは来年の予定である。
帝は輿に乗って移動するので時間がかかる。逗留先からの出発は早いが、夕刻前には宿場街に泊まる。追い越すことができない後続集団は、その隙に夕刻から夜半まで先に進むことの繰り返しになった。公家の大半は大慌てで京を引き払い、名古屋京へ移った。京に残ったのは極一部の老齢や病で移動に耐えられない者たちだけだった。新しい都を見てみたいし、遷都が終われば譲位という一大イベントが控えている。歴史的瞬間に立ち会える機会を逃すはずもなかった。
前回の行幸(290話)同様に帝が移動したのは春。その後も続々と大移動が進んだ。各地の大名達も参集した。譲位を前に国会が開催される運びとなったが、ここで問題が発生した。織田幕府内部で行政府の名前を内閣府とし、国会で内閣総理大臣を決めることにしたのだが、征夷大将軍である織田信長が太政大臣となり、国会を召集する体をとることを幕府側が奏上したのだが、朝廷側が難色を示した。参議院はほとんどが公家で構成されており、従三位でしかない織田信長に召集されることを問題視したのだ。織田幕府と朝廷とが揉めている中、京一条家から呼び出しがかかった。
待っていたのは従一位関白となっていた一条内基。名古屋京での屋敷の暮らしぶりなどをひとしきり話した後、本題に入った。
「お聞き及びでしょうが、幕府と揉めております。政争に係わらないようにされているのは存じていますが、何か良い助言をいただけないでしょうか」
『新たに官職を設けることは問題ないのか?』
「新しく設ける内閣総理大臣は令外官ですからそこは大丈夫です。ですが太政大臣は令外官ではない。仮に信長を昇叙させたとしても、正三位での太政大臣は前例がない。太政大臣は則闕の官、資格と徳がない者には与えられないというのが朝廷側の総意です」
『これまでも参議院、衆議院それぞれに集まって法案の審議を行っている。誰が召集するのかなど拘ることはないだろう』
「そういう意見も出ましたが、何故か幕府側が譲りません」
象徴天皇を意識してのことだろう。召集するのは文民であるべきだと考えているのだろう。
『私が太政大臣になろう。今は正二位准大臣(260話)だ。譲位が終われば従一位を受けると約束していた。従一位太政大臣となり、国会を召集する形を取るのはどうだろう。摂家で話し合って帝に奏上してみてはどうか?』
「・・・・それならば合意できるかもしれません。よろしいのですか?」
『ただし、内閣総理大臣が決まったら辞任することを条件に入れて欲しい』
総てを理める者として新しい令外官が作られた。全会一致で織田信長が指名されるように事前工作が行われたが、少数の議員が一条房基の名前を書いた。記名投票だったため、後に島津家が造反したことが内々に判明した。国会は1人1票ではなかった。西国同盟の力を削ぐために織田幕府が決めたのが、約10万石毎に1票と規定されたのだ。四国は農地が少ない。四国は4つの国を合わせて6票に対して、美濃や尾張はそれぞれ1国で5票持っていた。織田と一色、織田譜代の重臣達だけで過半数を超える票読みができる。検地が行われていない国は1票しか持たず、地方の大名はその後嵩増しした石高を申請するようになった。一方、参議院は1人1票だったが、衆議院の投票直後に各所に連絡して一条房基の名前は封殺できたが、一部の寺社票が白票を出したために全会一致とはならなかった。
こうして初代内閣総理大臣は織田信長が就任する運びとなった。織田信長は征夷大将軍を返上。織田幕府は一代で終わることとなった。
初代内閣総理大臣伊藤博文は国会議員ではありませんでした。この作品ではまだ戸籍制度もなく選挙までの道のりは遥か遠いです。
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