275 堺商人の合力
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次回更新は11/16(日)
(1576 一条房基(54))
朝廷と幕府の橋渡しをしたところで、俺は一旦お役御免となった。幕府は二条城の敷地内に参議院や衆議院の建設を始め、衆議員の選別を始めた。朝廷は各家に伝わる過去の遷都にまつわる記録の掘り起こしを始めた。京に残っていると公家や商人、僧侶までもが相談に日参して来るので、俺は一旦京を離れることにした。
京にある屋敷の大改修を指示して堺へ移った。堺は12年前(231話)に炎上した。滞在する時のため町外れに小さな屋敷を再建したが、周囲には土佐商人達が大きな屋敷を構え、後援している家がそれぞれに警護の兵を置いたため、周囲には常に200名程の兵が常駐するようになった。堺に滞在する機会は少ない。無駄な軍事力を有効活用するため、彼らを中心に消防隊を組織し、夜間に巡回をさせるようにした。周辺の治安が良くなったことで、千利休は周囲に学校を建て始めた。最初に作ったのは語学学校。西欧貿易のためにポルトガル語やスペイン語を学ぶ学校だ。続いて作ったのは商家学校と音楽学校。千利休は商家の子弟から女子も受け入れ、女子教育に力を注いだ。教育については土佐の方が遥かに発達しており、優秀な者や向学心の高い者の留学を受け入れた。受け入れ側の学費は元々無償だから、留学中の生活費は千利休が奨学金を出す仕組みを作り上げた。
堺の街の防火対策が強化された上に治安が良くなり、子弟や使用人達が高等教育を受けられるようになったことで、堺の商家は消防隊に積極的な支援を行うようになった。多くは金の寄進だったが、夜間巡回を自分達の屋敷周辺も行ってもらうために、人も寄越してくるようになった。消防隊の規模を拡大し、日中は武術道場で鍛えるようにした。堺はあくまで摂津の一都市であり、三好氏が支配者であったが、一条氏との関係は別格だった。元より一条氏は数多くの新しい商品をもたらし、西欧貿易を促進し、堺炎上時に救援と多大な支援を行った。多くの被災者が土佐に移住している。もし一条氏が助力を求めたならば、堺商人は全力で応える素地があった。
京から堺に移ったところで堺の会合衆を召集した。土佐の商家の支店長達も集めた。そこで遷都計画の説明を行った。まだ計画段階で現地は荒野に近い。切り出した木材を建築に使うには、長い期間乾燥させる必要がある。ここで情報を公開しないと、建設資材の調達が滞ることになると判断した。それに何より大商機である。商家それぞれに得意分野で準備と根回しが必要となる。
説明会を終え、久々に千利休自慢の茶室で2人きりで話す機会を持った。
「名古屋に遷都とは大きな話を持って来られましたね。最初にこちらに話を持ってきてくれて、堺の商人として感謝しております」
『京の商人に伝えると直ぐに寺社に話が流れてしまい、計画を潰しにかかってくる恐れが大きいからな』
「今日皆に話されたようにこれから先、戦が少なくなるのであれば、これまでのような稼ぎ方ができなくなりますからね。新しい時代の流れに適応する力が堺にはあります。きっとご期待に添えることでしょう」
『官民一体で取り組まなければならない大事業だ。尾張や近江の商人では力不足が否めないからな』
「ここでほとんどの子供達が集まって国造りを始められるとは思いもしませんでした」
『お前も将軍の御伽衆の一人だったのだから、衆議員に選ばれることになるのだぞ』
「他の町との兼ね合いもありますから、堺の会合衆から代表者を一人出すことにして、私自身は辞退を申し出るつもりです」
『・・・・裏の会合が増えるはずだ、お前も京に移ってもらい、皆が集まれる茶会を開いてほしい。これが上手くいけば、生きているうちに日本統一が見られるかもしれないからな』
「信長達は武力で日本統一するつもりはないのですか?」
『EUのように徐々に拡大していくつもりのようだ。中央だけ豊かに発展させて、貧富の格差が広がるのを恐れた地方の側から降ってくるのを待つ戦略を取るらしい。長い目で見れば、この方が戦による死傷者は少なくなるだろう。遷都が早く行われれば日本統一は加速するだろう』
「政治に関わるつもりはありませんが、生きているうちに彼らの活躍を近い所で見る機会を逃すわけにはいきませんね。ならば堺での事業は全て後継に引き継いでもらって、私はなるべく早く上京いたしましょう」
千利休は公家や武家だけでなく僧侶や商人まで幅広い人脈を持ち、会合の隠れ蓑になる茶会を開くことができる。今後のためには千利休の役割を引き継ぐ人材を育ててもらわなければならないだろう。
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