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戦国クラス転生  作者: 月本 一
271/300

270 ●将軍職返上

感想、誤字報告いつもありがとうございます。

次回更新は10/12(日)

(1574 ●大内義房(50))

 前将軍足利義冬の法要に参列するために上洛した後、兄一条房基と毛利隆元が国元に戻っても京に残っていた。現将軍足利義元(33)は従兄弟にあたる(母が共に大内義興の娘)。法要が終わっても何かにつけて呼び出され、話し相手をさせられていた。話の内容は多岐に渡った。周防の国の様子や一条房基の人となりなど。政務や戦の話には興味がなく、歌や書の話が多かった。義元は兄義栄の控えとして生まれたが、寺に預けられることもなく書を読んで過ごしていたところ、急に将軍になってしまったことを嘆いていた。酒を飲むと明るくよく笑い、それが本来の姿のように思えた。ただ、宴席への参加は断った。民の多くは酒を飲む機会は少ない。祝いの日や祭など特別な晴れの日に飲むだけだ。自身は民に生かされており、国を治め、部下の模範となる立場である以上、身を律するべきであると答えた。将軍の取り巻き達からは不敬と言われたが、将軍自身は大層喜んで気に入られてしまった。義元の周りには耳に痛い直言をする人間がいないから新鮮だったそうだ。


 兄房基と毛利隆元が帰国してほどなく、一条領と毛利領の分割の申請案が届いた。毛利領は3分割されて、毛利家・吉川家・小早川家に守護職が与えられることとなった。兄房基の四国分割案は聞いていたが、毛利がこれほど早くそれに倣って分割を決断することには驚かされた。幕府内では織田派から反対意見も多かったが、前将軍の葬儀を始め、これまで多くの献金があった毛利や一条に何の報いもなかったこともあり、将軍派が押し切ることで分割は認められた。


 京では土佐一条の屋敷に滞在していた。上洛時の一千の兵の大半は帰国しており、屋敷には50名ほどの兵が残っていた。屋敷というより砦に近い。隣接する京一条の屋敷にも兵が常駐している。京は治安が悪いこともあるが、これまで幕府との関係が悪かったこともあって大所帯になったのだという。京郊外にある一条の領地には数百の兵が常駐していた。屋敷にいる兵の半数は忍者衆であり、京での情報収集の拠点であるそうだ。その忍者衆からの知らせを受け、10名ほどの兵を連れて将軍御所へ向かった。特注の西洋鎧のまま屋敷に上がるわけにも行かず、庭先に通してもらい義元に面会する。


『突然にこのような姿で申し訳ありません。御身に危険が迫っております。京都奉行一色義龍の一軍が集結したとの報告がありました。安全の為に御所に身を移されるべきと考えています。ご同意いただけるならば急ぎ御仕度くださいませ』

 庭先で平伏する。


「む、謀反であるか?」

 幕臣達に取り囲まれ、義元が尋ねる声は震えていた。


『わかりませぬ。副将軍の織田殿には動きがありませんが、管領代の織田殿、政所執事の明智殿には動きがあるようです。御命を狙うのではなく、拘束して幽閉される可能性が高いと考えております。杞憂であれば事が終わってから罰を受けましょう』


「な、何故だ?」


『政務に口を出したのが気に入らぬようです。総意ではなく一部の暴走ではないかと』

 忍者衆から都度報告を受けていたが、毛利領分割以降、義元は危険視されているようだった。


「ここに残るわけには行かないか」


『応援に期待できませんし、包囲されてしまえば後に戻れぬ敵は増える一方かと思われます』


「御所に逃げ込んだにせよ、お終いだ」

 松永久秀が将軍御所を取り囲んだ時、足利義冬は御所に逃げ込んだ(244話)。その後、将軍職を義元に移譲することになった。義元に子はいない。織田派は誰を擁立するつもりなのか。


『生きていればこそ浮かぶ瀬もあります』


「・・・・生き残ることができたら、お前の治める周防の国を見せてくれ」


『御仕度願います』


 夕暮れが迫っていた。洛中の混乱を避けるために相手が動きだすのは、日が暮れてからか朝方と見られていた。途中で相手方忍者衆と見られる妨害を受け、織田勢に追いすがられることになり、少なからず被害が出たが、何とか御所に逃げ込むことができた。朝には御所警護のための一条の兵と京都奉行の兵が対峙することになったが、衝突する事態にはならなかった。


 義元は御所内では贅沢に過ごすわけにも行かず、酒が切れてしまうと諦観してしまい、将軍職返上の言動を誰も止めることができなかった。部外者である私自身は側に従うことができないままでいた。結局、将軍職は空位になる模様である。後継の選定は混乱を極めることになるだろう。第12代足利義晴の子は3人とも僧籍にある(1名は行方不明扱いの一条義輝)。関東の古河公方を呼ぶのか。軍を掌握している副将軍織田信長が新しい幕府を開こうとするのか。それとも第6代将軍足利義教のようにクジ引きで選ぶのであろうか。

足利義元(義助)の母は不詳とされていますが、兄義栄と同じ大内義興の娘の子としています。


足利将軍は何度も空位の期間がありました。5代から6代までは4年以上空位でした。その6代足利義教はクジ引きで決まった将軍です。官僚機構がそれなりに稼働していれば大統領や首相がコロコロ変わっても何とかなるのは今も昔も変わらないってことですかね。


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― 新着の感想 ―
足利の六代将軍は義教では❓義政は八代じゃないでしょうか。
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