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戦国クラス転生  作者: 月本 一
268/302

267 ●天下を競望せず

感想、誤字報告いつもありがとうございます。

次回更新は09/21(日)

(1574 ●毛利隆元(51))

 父元就の病状の進行は早く、京から戻ってきた頃にはほぼ寝たきりの状態になっていた。家督を息子の輝元に譲ったとはいえ、二頭体制であり、強権を発動し、侵攻中の軍事行動を止めて、前線は専守防衛に転換した。兄弟達や父から偏諱を受けた家臣達の多くを吉田郡山城に呼び寄せた。毛利家の象徴を失うことの衝撃を最小限にし、家中の引き締めに利用するためであった。


 新しい政務の中心として築城中の広島で街を大きく整備していた息子の輝元も呼び寄せた。こちらからの使者が現地に着き、態勢を整えて鳥取城や姫路城から兄弟達が戻ってくるには1ヶ月以上はかかる。それまでに父元就と今後について話し合う。


「寝込んでいるだけなのに、皆を呼び寄せて事を大きくすることはないのではないか?」

 布団から体を起こし、脇息に体を預けた父の姿は小さかった。


『痛みが激しいと聞いております。長くはないと覚悟されたのでしょう。私も覚悟しております。毛利家のために最大限利用させていただきます』

 土佐で学んだ医員も匙を投げた。土佐から呼び寄せた医員も緩和ケアを始めており、少しでも食事が取れるように多くの料理人を土佐から連れてきていた。


「内政や家中の取りまとめは我よりもお前のほうが優れている。我を駒として好きに使うがよい」


『父上が思われる以上に、父上の存在は大きいのです。昔から仕えてくれている家臣達にはなるべく声をかけてください。気にかけている、大事に思っているとはっきり伝えることです。感状や下賜する刀、鎧、茶器はたくさん用意してあります』

 父が偏諱で「元」の字、「就」の字を与えた家臣は50を超える。私からの偏諱を与えて「元」の字を持つ家臣もいるので、「元」と名がつく家臣だらけである。


「毛利を3つに分けるという案はよくわかったが、天下を取るつもりはないのか?」


『天下を競望するようなことは考えておりません。ほぼ10国(因幡、伯耆、出雲、播磨半国、美作、備前、備中、備後、安芸、石見半国)を手にしました。一条と大内との同盟のおかげで領地を拡大できましたが、豊かさでは一条だけでなく大内にも及んでいない。戦をしているばかりだと人と物と金を失うばかりです。領地を豊かにすることにもっともっと力を注ぐべきですし、その為にも指示が素早く行き渡るように、3ヶ国ずつ3つに分けるのが良いと考えております』


「『天下を競望せず』か。時の運が味方し、一条との縁が大きかったのは事実だ。現状をよくわかっている。毛利家はこの先も安心できる。お前が息子で良かった。自慢の息子だ」


『ち、父上・・・・』

 偉大な父からの突然の賛辞に胸が熱くなる。歯を食いしばって堪えたが、涙が一筋二筋と零れた。


「3つに分けるにしても、山陰道と山陽道に分けることもありではないか? [安芸・備後・備中]、[石見・出雲・伯耆・因幡]、[備前・美作・播磨]。人と物を動かしやすいだろう」

 涙を見なかったことにして、分割案について意見を出してきた。


『朝鮮や明との交易ができるように、山陰道にそれぞれが港を持たせるために縦に3つに分けようと考えました。無理にでも山陰道と山陽道での縦の動きを活性化させたい意味合いもあります。ですが、3分割にこだわるつもりもありません。元清(四男)や元秋(五男)もしっかりしております。家臣達との評議の上で分割案をまとめたいと思っています』


「あまり細かく分けるのも混乱するだけだろう。全面的にお前を支持すると皆に手紙を送ろう。元春(次男)と隆景(三男)にもお前を支えるように手紙を書いておこう」

 父は手紙魔であった。その手紙の力で多くの国人達を調略してきたのだ。体力が無くなった今では口述筆記させて、最後の署名と花押だけであるが、父の支持は大きい。ほぼ原案通りで分割は進むことになるだろう。


 病床にありながら多くの家臣と会い、多くの手紙を残し、多くの孫とひ孫に囲まれて父は逝った。早くに召集したことで、10男5女の兄弟達も父が死ぬ前に面談することができ、皆から感謝された。父の死が毛利家を一致結束させることになったし、家臣達の支持も強固になった。葬儀は前将軍の足利義冬よりも盛大に行われた。前線は微動だにせず、逆に但馬の一部の国人が臣従してきた。天下は望まないが、毛利連邦に参加したい国は受け入れる。それよりも内政強化が最優先だ。

 毛利元就の子供の正確な数は伝わっていません。少なくとも9男4女以上はいたとされています。西への侵攻もなく、大友とやりあっていないこともあり、少し多くの子孫がいます。土佐の医療の恩恵も受けて史実より3年寿命を伸ばしました。


「天下を競望せず」は元就の言葉とされていますが、隆元の言葉として歴史に刻みます。


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