227 ●転生者北条氏政
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次回更新は12/22(日)
(1562 •北条氏政(24))
転生者であると自覚してから20年余りになる。数年で自身の妄想だったのかもしれないと思うようになっていた。相模は中央からの情報が乏しかったからだ。京で何が起きているのか全くわからない。10歳の時、将軍交代の報が伝わってきた(176話)。足利義晴が解任され、足利義維が13代将軍になったという。ここで歴史が大きく変革されつつあると感じた。知らせを届けてきたのは土佐の一条氏。一条氏とは不定期ではあるが細々とした交易が続いていた。きっかけは「疱瘡対処覚書」と「衛生基本之理」だったという(113話)。全国の守護や神社へ届ける大事業を主導した際に交流が始まっていた。祖父である北条氏綱が行った鎌倉にある鶴岡八幡宮再建にも多大な寄進があり、祖父の代からのつきあいになる。
最初の転機となったのは14歳。兄の氏親が病死。16歳になってから元服し、北条新九郎氏政となった。それまで次男であったから厳しい教育を受けることなく兄配下の武将となるべく武芸を磨くことに専念できていたが、立場が変わると全てが変わった。元服と同時に結婚。兄の結婚相手であった武田信繁の娘である梅の方。甲相駿三国同盟の一環。今川義元の娘は武田へ嫁いでおり、私の結婚の後、姉が今川氏真に嫁いだ。情報不足を痛感していた。同盟相手の甲斐に武田晴信(信玄)はいなかった。信玄の弟である信繁が家督相続しており、その娘が結婚相手であったのだ。今川義元は母の兄であり、元服時に多くの祝いを贈ってきた。その中の一つとして転生者一覧があった。母は19人の名前が何を意味するものかわからないままであったが読み上げた後、指示通りだったのだろう書状を目の前で破棄した。この時になって織田信長周辺に多くの転生者がいると知った。国外の情勢を少しでも収集する必要を強く感じたので、元服を機会に北条忍者集団である風魔党との繋がりを願った。初陣の褒賞も、配下となる風魔党の増員を願った。
第二の転機となったのは21歳。父である氏康が隠居し、家督を相続した。これは飢饉への対応として当主が交代して復興にあたる姿勢を見せる形式的なものであった。実権を握っているのは父のままだ。父は超人である。転生者選択時に北条氏からの選択は2択だった。父を選んでいたら北条はここまで繁栄することはなかっただろう。河越夜戦では関東管領である山内上杉氏、扇谷上杉氏、古河公方の連合軍はこちらの10倍の8万の勢力であったが、これを撃破した。外交面では甲相駿三国同盟を成したことで関東に注力できる形を整えた。内政手腕は更に高いと感じている。税制改革を行い、目安箱を作り、法と司法機関を整えるなど革新的なことを行っていた。とにかく判断と決断が早い人だった。その上、教養や学問の理解も深かった。公家や歌人や僧侶が訪れることは少なかったが、丁重に扱い、吸収することに貪欲な人であった。
鍛えていたから武功には自信があったが、軍の采配は別のこと。最前線に出る機会などあるはずもなく、部下に頼り、風魔党の情報に助けられながら無難に局面を乗り切るのが精一杯であった。内政では税制や司法制度など理解しやすい面では父を助けることができた。父の思考についていける人員は少なく、効率や効果まで指摘することで高く評価して貰えていると自負していた。
伯父である今川義元は上洛の素振りも見せず周辺国との同盟を強化し続けていた。尾張とは信長の父信秀の代から同盟を堅持していた。真田・村上・海野の連合に押され続けている信玄不在の甲斐には軍を送るかたわら南信濃に侵攻して領土を広げていた。越後から関東に押し寄せてきた上杉・長尾連合軍を撃退したのも同盟軍として参加してくれた今川軍の鉄砲部隊のおかげだった。上杉・長尾連合軍は小田原に近づくことができないまま越後へ戻っていった。
そして第三の転機がきた。きっかけは土佐遣欧使節団から派生した西欧楽団の来訪である。朝廷や将軍家に披露した使節団の音楽ユニットが尾張、駿府で公演。耶蘇会の後援がなくなり、駿府からは琴や笛・笙などの和楽器が加わった楽団に進化したそうだ。目の前で秀吉や義輝がキラキラ星や英国生まれの4人組ロックバンドの曲を奏でているのを見聞したのだ。転生していたのが一人ではなかったのだと実感した。そして、争う以外にも生きる道があることに驚いた。だが北条家第4代となった今は背負うものが大きくなり過ぎていた。自身が生きる道は戦国の世で頂点を目指すことだと強く意識することになった。当主の立場があって、秀吉達と深い話などができる機会は作れなかった。だが、積極的に関わらなければならないと強く感じた。一条とは関税・津税を廃して交易を促進させる。今川とはもっと連絡を頻繁に行い、少しでも多くの情報と技術を入手する必要がある。最優先は鉄砲だろう。北条を選んだのはいち早く関東を制覇するつもりだったからだ。関東制覇という大仕事が成せれば、あの父を超えたと胸が張れる。今川義元や一条房基が先行しているが、北条の方が伸び代はあるはずだ。ここから巻き返してみせる!
説明回になってしまいました。
偉大な父の息子がここにも一人。北条氏康もまた英傑の一人。
2025.2.8に行われる小田原市主催のイベントは北条氏政が主題のようです
「戦国北条フェスティバル ステージ2 feat.北条氏政」
https://www.odawara-kankou.com/sengoku_hojo_fes/
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