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戦国クラス転生  作者: 月本 一
224/301

223 ●謙信と一条房基

感想、誤字報告いつもありがとうございます。

次回更新は11/24(日)

(1560 ●謙信(30))

 駿河から海路で尾張を経由して土佐へ。駿河と尾張、尾張と土佐、多くの商品が取引されており、転生者同士の繋がりによって経済活動が活性化されていると強く感じる船旅になった。駿河や甲斐は綺麗に生え揃った田んぼ風景が広がっていた。美濃は一部だけ、尾張は越後同様に乱雑に生育した田んぼばかりだった。有用性が理解されず、下々まで農業施策が行き届いていないのだろう。駿府の河川整備は見事なものだったが、土佐の風景は遥かに上回っていた。多くの河川に橋が架かっていた。幅広のアーチ状の橋もあれば、吊り橋もあった。沈下橋と言われるコンクリートもどきの橋もあれば、基礎だけは立派だが、流されること前提で板を渡しただけの橋もあった。幅広の川には渡し場が整備されていた。土佐ではこの10年間で戦が起こっていない。御所中村を中心とした西部にいたっては20年以上平和が続いているという。戦での有利不利を考慮せず、迅速に人や物流を動かすために費用を掛けているのだ。攻められることを恐れない強さを感じた。


 連絡だけは中継されて先行していたため、商売のために各港を経由している間に宿毛の港に着いた時には一条公が出迎えてくれた。宿毛の港は海外貿易の窓口として発展しており、多くの南蛮船が行き来していた。港では外国人も多く見かけた。迎賓館の一室で会った一条公は武人の気配をまとっていた。

「土佐へようこそ」

テーブルに椅子、西洋風な出迎えを受けた。


『これまでのご援助に感謝します。そして投げ出して出奔してしまって申し訳ありません』

椅子に座る前に深々とお辞儀をした。


「生き方はひとそれぞれです。気に病んでおかしくなるくらいなら逃げることが正解な時もあるでしょう」

そう言って着席を促された。


『そう言っていただけると助かります』


「信玄殿や他の有力者達は元気でやっていましたか? 旅の様子をお聞かせください」

 そう言うと周囲に目線を配る。護衛と見られる数人は離れる様子はない。言葉を選んで話す必要があるということだろう。美濃・尾張・三河・駿府・甲斐、それぞれの話をした。


「信玄殿、今川義元殿からそれぞれ書状が届いています。河川整備について学びたいとか?」


『はい。越後も河川氾濫に悩まされています。米どころのはずが、多くの民が苦労をしているのです』


「・・・・これまで文のやり取りを長い間に渡ってしてきましたが、あなたが越後にそれほど思い入れがあるとは感じませんでした。成功したかのように見える信玄殿の真似がしたいだけではないのでしょうか? 信玄殿は10年以上努力を積み上げて甲斐へ戻りました。並大抵の苦労ではなかったと思います」

 まっすぐに見つめられる。目線を避けてうつむくしかなかった。


『・・・・駿府は豊かでした。甲斐は豊かになろうとしていた。土佐は別世界です。越後はあまりに遅れている。このままにはしておけません。何かしたいというのが今の正直な気持ちです』


「今の越後の状況をご存知ないようだ。国外追放された頃の信玄殿よりも、謙信殿のほうが帰国は難しいでしょう」


『どういうことでしょう?』


「今の越後守護は義兄である長尾政景殿(謙信の姉・綾の夫)だ。上洛を果たし、関東管領・上杉憲政殿の養子となっています。家督は譲られていないから長尾姓のままです。現在、上杉憲政殿とともに関東へ攻め入っている。このままであれば関東管領と山内上杉家を相続して上杉謙信に成り代わる存在になるでしょう。そんな中に府中長尾家の元当主が戻っても上田長尾家の関係者に謀殺される可能性が高い、ということです」

 出奔して4年近くなる。越後の情報など入手する伝手などなかった。それ程までに状況が変わっていたとは思いもしなかった。越後の民はこれから関東遠征の戦役と徴発で長く苦しむことになるのだろうか。自分は国を見捨てたのだろうかと血の引く思いがした。


「時の流れは千変万化。しばらくは見守るしかないでしょう。その間にもう一度よく考えることです。ここ宿毛は経済の中心。学問の中心は高知。政務の中心は伊予に移しています。最先端の技術開発部門や軍事施設以外であれば自由に見てまわるといいでしょう」

 言葉を失ってしまったのを気遣ってか、少し優しい声になった気がした。


『・・・・ありがとうございます。・・・・越後や関東侵攻の情報が入ったらなるべく早く教えていただけますでしょうか』


「もちろんです。・・・・先日、欧州に送った使節団(199話)が帰ってきました。秀吉(23)と義輝(24)はローマ教皇に謁見したそうです。2人と話をすれば少しは気分転換になるでしょう」


 突然、衝撃のニュースが飛び込んできた。

『!!!!ちょっと待ってください! ヨーロッパっ! 天正遣欧使節団ですか!』


「天正ではないですね、土佐遣欧使節団です。6年前に派遣しました」


『初めて聞きますよ!』


「極秘でしたから。無事帰ってこられるかどうかわからなかったですし、2人の運に懸けました」


 越後を出奔してからも2人の名前を聞かなかった理由がわかった。一条房基の手の長さは既に国外までも及んでいたとは思わなかった。土佐は正に別世界だった。

長尾政景と謙信の姉仙桃院の子である景勝は上杉謙信の養子となり、謙信から家督を継ぎます。


天正遣欧使節団は1582年から1590年。秀吉によるバテレン追放令で一時帰国できなくなっていました。


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