203 ●三好長慶と千利休
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次回更新は07/07(日)
(1555 ●三好長慶(33)視点)
将軍交代(175話)から7年が経った。京は強固に警護したが、多方面で戦ばかりの日々となった。とはいえ、弟たちが前線で力を振るい、私自身は先陣を切ることは少なく、政治的な戦いの方が多かった。将軍足利義維や正式に管領となった細川氏綱には実質的な軍事力を持たせず、京での政務に忙殺させているうちに、山城・丹波・摂津・河内・和泉・淡路を勢力下に置くことができた。将軍の家臣(管領)の家臣でありながら、相伴衆に列座することになった。
山城は禁裏・公家の荘園が多く権益が複雑なため、管領細川氏に権益を譲っている。丹波・和泉も懐柔のために元守護代の国人達に任せている。堺だけはいち早く支配下に置いて、資金力をバックに軍備を増強し、四方に軍を派遣した。完全に手中にしているのは摂津・河内・淡路の3国と阿波半国にすぎない。画一した統治を行えないまま肥大化しているのが現状だった。とはいえ大和・播磨・丹後を平定すれば、近江攻略が見えてくるところまできていた。
近江の六角義賢氏は姉婿である細川晴元の仇として三好氏とは敵対する立場であった。松永久秀が若狭攻略を行っており、妹婿である若狭武田氏への増援や、斎藤道三に乗っ取られたこれまた妹婿である美濃土岐氏への支援と、多方面に力を分散せざるを得なかった。時間はかかったが、将軍足利義維による斡旋により和睦が成立することになった。しばらく畿内を安定させ発展させる時間的猶予ができるだろう。
松永久秀が独立勢力として離れたことは随分と堪えた。魂の故郷を同じとする転生者が近くにいなくなったことがこれほどまでに孤立感を覚えることになるとは思ってもいなかった。その代わりではないが、千利休と会う機会が増えた。三好氏の御用商人として力を振るってもらう以上に、茶人として力になってもらっている。歌会は不得手なため茶の湯を外交手段として利用し、各地で茶会を開いた。公家にも近づきやすく、武家の多くも歌会ではなく茶会には参加しやすいようだ。歌会と違って少人数で会う口実も作りやすく、裏工作にはもってこいだった。唐物をはじめ多くの茶器をばら撒いた。土佐産の砂糖を基にした多くの菓子も人気を博した。
「お前が入れてくれる茶が一番だな」
茶会も終わり、久しぶりに千利休と2人きりになった。
『茶の湯を広めるために力添えいただいて感謝しております』
「2人きりの時くらい他人行儀はよしてくれ。助かっているのはこちらの方だ。最近はお前といる時ぐらいしか安らぐ時間はないからな」
『松永久秀殿は若狭からお戻りにならないのですか』
「アレは俺より忙しい。俺は親族や兄弟が多いからなんとかなっているが、向こうは人材不足のようだ。それに若狭は海に面している。なるべく早く交易を軌道に乗せたいようだ」
『船と乗組員の手配を済ませたのは随分前のことです。結果が出るのは少し先になるでしょうが、蝦夷との航路の目処が立ったとの報告は受けていますから心配ないでしょう』
「北前航路が確立するのは時間がかかるだろうが、松永が若狭を狙ったのも分からんではない。史実での松永久秀にはなりたくないと、河内や大和方面に行きたがらなかったからな」
『河内や大和での戦況もよいと聞いています』
「堺筒(火縄銃)の数もだいぶ増えたからな。お前のところがもう少し力を入れてくれるといいんだが」
『武器商人になるつもりはありません。実家は魚関連の商売と砂糖の取引で儲かっています。私は茶道具の取り扱いと南蛮通訳の稼ぎだけで十分です』
「堺にできた教会の様子はどうだ」
『報告は受けているでしょう?』
「お前の意見が聞きたい」
『南蛮貿易を呼び込むために三好殿が布教を認められたこともあって、ずいぶんと信者が増えているようです。信者を減らしている僧侶達の不満が増えているようです。ポルトガル語を学ぶために私の私塾に通う生徒の安全のために警護の人を増やしました』
「キリスト教を禁教にするつもりはない。こちらとしては堺が南蛮貿易の中心になって稼いでくれればそれでいい」
『土佐では布教区域を狭い地域に限っているため、宣教師達の評判は堺の方が良いようです。市場も土佐より堺が大きいため、商人達も土佐はあくまで補給地点として堺に魅力を感じていると聞いています』
「何にせよ堺にはもっと発展して貰いたい。播磨・大和・丹後と戦線は広がっている。畿内を平定するにはまだまだ金がかかるからな」
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