アナタの幸せ
たくさんの方に読んでいただいて嬉しすぎました。
評価やブクマありがとうございますということで、番外編書きました。
ゼノとキエリの出会った時のお話しです。
自分の人生において、失敗だったことなんて一つもなかった。
研究の際に行う実験だって、思ったような結果にならなくとも、それは次につながるのだから、失敗ではない。
でも、今回ばかりは人生で最初で最悪の失敗だ。
王宮魔法使いのゼノは、王子の病気を治すために文献をあさってようやく見つけた手がかり、オオカミ型の魔獣の眼球を使った薬を作るため、オオカミ型魔獣の討伐に目撃のあった村付近の森を騎士団と共に訪れた。
今回の薬が成功し、王族の命を救ったとされれば、魔獣の薬用の重要性が注目され、より多く研究費や時間が割けるようになると考えると今からワクワクしてきてしまう。
目撃された魔獣の二匹の内一匹は、村に下りて家に侵入して暴れているところをすでに騎士団が討伐し、もう一匹手負いの魔獣が森に逃げ込んだのを追い込んでいく。
手負いの魔獣は、まるでどこかに目的地があるかのように迷いなく雪がちらちらと降る森の中を走っていく。
手負いで今にも息絶えそうにもかかわらず、急ぐように走るので、血がどんどん地面に流れ出ていく。
ゼノは自分のからだを風の魔法でからだを浮かせ、低空移動させながら追っていた。
騎士団員たちも後ろから追っているが、魔獣の速さに追い付けないでいる。
(どこに行こうとしているのかしら? あんな怪我を負っていたらもうすぐ死んでしまうのに‥‥んー、このままとどめをさしてあげた方がいいわよね?)
ゼノがとどめをさすかさすまいか迷っていると、急に魔獣は止まった。
『ぜぇ、ぜぇ‥‥‥‥』
(あら? どうしたのかしら‥‥)
魔獣は、方向を変え再び歩き出した。
もう、歩みを進める足はふらふらでまもなく力尽きることを表している。
「‥‥‥これ以上、見ているだけの方が残酷よね」
魔法を放とうとしたところ、突然オオカミ型の魔獣はなんと姿を変化させ始めた。
「えっ!? うそ、なに? からだが変わって」
ゼノがその様子に釘付けになっていると、魔獣のからだは人間に近い女性の姿へと変化した。
ただ、耳だけは魔獣のものでしっぽも生えている。
しかし、ゼノにはその魔獣が人間をさほど変わらないように見えてしまった。
「っつ!?」
ゼノが魔獣の姿をみとめ硬直して動けなくなった。
(人間!? いやでも、さっきまで魔獣だったのに! じゃあ、アタクシが今までさんざん追いかけまわして、殺しかけていたのは‥‥このひと?)
『ルプス‥‥‥キエリ‥‥』
魔獣は、雪の積もった上にうつぶせにぱたりと倒れた。
からだ中にできた傷から出る血で白い雪が赤く染まっていく。
彼女の持つきれいな銀色の髪も血でべっとりとしている。
「っ!‥‥早く治療を!」
ゼノが急いで魔法による治療を試みようと駆け寄った。
しかし、ゼノが魔力をおくっても彼女の傷がいえることはなく、それは、彼女の命が終わっていることを示していた。
「そんなっ‥‥そんな、こんなことって‥‥‥アタクシがこの子を追い詰めて」
「うそっ‥‥」
ゼノは、動揺して後悔を含んだ乾いた言葉が口から無意味に出てくる。
うつむせに倒れている彼女の顔をみる勇気がでず、立ち上がって呆然としていると、がさがさと茂みが揺れた。
放心しながら音のしたところを見ると、幼い女の子が立っていた。
この倒れている魔獣と血のつながりのある関係だろうと一目でわかる容姿をしていた。
『にんげっ‥‥‥!!!!!』
幼い女の子は、驚いたようにゼノを見て何かの言葉を発したがゼノには理解できなかった。
『おかーさん!!』
しかし、すぐに倒れている女性を見てすぐに駆け寄って、女性をゆすり始めた。
必死に動かなくなってしまった彼女に何度も呼びかけている。
あいかわらず何を言っているかは理解できないが、痛いほどこの幼い女の子が悲しんでいることは誰にでもわかる。
(あ‥‥‥母親なんだ。この子はこの幼い女の子のお母さんなんだ‥‥‥あの村にいたあの魔獣も家族だったんだわ)
(この子は命が終わる最後に一目我が子に会おうとしたんだ。でも、アタクシが追いかけているから、危険が及ぶと思って別の場所に行こうとしたんだわ。きっと‥‥)
(最後の最後まで、自分の子供を守ろうとしたんだ)
(アタクシ‥‥アタクシは‥‥なんてことを)
自分の罪深さに打ちひしがれて、吐き気がして、目の前が真っ暗になった。
『うあぁぁぁぁん!』
しかし、幼い女の子が泣きだして、遠のくゼノの意識を現実に引き戻した。
ゼノは、薄着の幼い女の子に自分の羽織っていた外套をかけた。
「アタクシがアナタのことを代わりに守るから‥‥」
「本当にごめんなさい‥‥ごめんなさい」
女の子には伝わってはいないだろうが、自分の罪の重さに耐えられず謝罪を口に出さずにはいられなかった。
「こっちだ! 魔獣にとどめをさすぞ!」
血の跡をたどって来たであろう騎士団員の声が遠くから聞こえてきた。
(まずは、ここから逃げないと‥‥アタクシの家にしましょう)
ゼノは、くるりと空中で手をまわし、魔法で女の子とその母親の亡骸と共に移動した。
ゼノは、自分の研究に使う薬草を採取するのに各地に滞在先をつくってある。
そのうちのひとつに移動してきた。
女の子は日が落ち、空が白んでくるころまでずっと母親の亡骸にすがりついていた。
しかし、ずっとそうしているわけにもいかず、泣いて放心している女の子を引きはがし、家の寝台に寝かせた。
女の子は熱がでていたようで魔法で治療してやると疲れと精神的疲労もあってかすぐに眠った。
そして、一人で女の子の母親を埋葬した。
(まさか、ひとのお墓を作る日が来るなんて思わなかったわ)
一人での作業は大変だったが、何かに夢中になっているうちはまだ心が沈まないでいられた。
「ふぅー、力仕事は疲れるわぁ‥‥」
埋葬作業が終わり、土汚れを外の風呂場で落とした後、家の寝台に寝かせた女の子の様子を見に部屋に入った。
しかし、そこには女の子の姿がなかった。
「あっ! うそ! どこ行ったの!? やだやだやだやだ、まさか外に出たりだとか‥‥」
ゼノが顔を青くし、部屋中をひっくり返す勢いで探し回ると、女の子はなんとか見つかった。
まさかと思って開けたクローゼットの中に毛布にくるまって縮こまっていた。
ゼノは、安堵のため息とともに膝から崩れ落ちる。
「よかった~もう、どこ行ったかと思っちゃった」
女の子は、ゼノに扉をあけられても、そこから飛び出すことはなくただじっとしている。
(‥‥母親があんなことになっているのを見て、大丈夫なわけないものね。でも‥‥)
ゼノはかがんで、毛布でくるまっていて少ししか見えない女の子の瞳を見つめる。
「水色の透き通った瞳‥‥きれいね。ねぇ、おなか減らない? アタクシ、料理は唯一自信がないのだけれど‥‥サンドウィッチくらいならできるのよ? 食べない?」
女の子は、ぴくりとも動かない。
きれいな瞳は何も映していないように感じた。
ゼノは、反応がない女の子をどうしていいかわからず、とりあえず料理に取り組むことにした。
完成した形の崩れたサンドウィッチを持ってきて、女の子の前に差し出した。
「さ、食べて、形は‥‥まぁまぁだけど味は大丈夫よ!」
ゼノは、少し恥ずかしそうに苦笑いする。
だが、あいかわらず女の子は動くことがなく、じっとしている。
「‥‥じゃ、じゃあ、ここに置いておくから、お腹がすいたら食べなさいね」
ゼノは、サンドウィッチを女の子の前において、その部屋からでていった。
ゼノが異常に気付いたのは夕暮れの頃だった。
「すんすん‥‥まさか」
急いで女の子のいる寝室の扉を開け、クローゼットを見る。
「あちゃー! なんてこと‥‥」
ゼノは、落胆して自分のおでこをはじいた。
じっと動かずにいた女の子はクローゼットの中で粗相をしていた。
自分のものでべしゃべしゃにした毛布にくるまっていて気分が悪いはずなのに、昼間と全くかわらない姿勢でいる。
ゼノの作ったサンドウィッチには、毛布に吸収されたため被害は出ていないが、時間が経って痛んでいるようだ。
そのままにしておくわけにはいかず、クローゼットから女の子をひっぱりだし、毛布をはぎ取った。
女の子は、抵抗することもなくされるがままで、まるで人形のようだった。
そんな状態の女の子を見ると、ゼノはどうしようもなく不安になった。
それから数日たったが、女の子は水は飲むがいっこうに食べ物を口にすることはなく、あいかわらずその場で粗相もしていた。
唯一変わったのは、クローゼットはゼノが閉めてしまったので、入れなくなり、女の子の居座る場所が部屋の隅になったくらいだ。
ゼノは、形の崩れた料理を持ってきては、女の子の前に置き続けた。
しかし、とうとう女の子の体力の限界がきて、座ることもできなくなっていた。
ゼノは、数日食べていない女の子のために作ったおかゆを床に置いて座り、倒れている女の子を見下ろす。
「もぅ‥‥どうしろって言うの‥‥」
何日も悩んで満足に眠れていないゼノも限界がきていた。
自分のせいでこの女の子の家族を追い詰めてしまったという責任からこの女の子を守らなければと思ったものの、子供の相手など、ましてや心の病んだ子供の相手などしたことはなかった。
生きる気力をなくしている女の子を前に、ゼノは正しい回答を見出すことができずに苦しんでいた。
(この子は、生きることを望んでいるのかしら‥‥何も食べない。生活ができない。家族もいない。そんな状況で生きたいと思うかしら‥‥)
(望んでいないかもしれない‥‥それなら‥‥)
暗く沈んだ思考に支配されたゼノは、そっと女の子を仰向けにし、細い首に両手をかけた。
ゼノの全身から、今までかいたことのない汗が噴き出てきた。
(こうしてあげるのが、この子のために‥‥)
手が震えてうまく力が込められないが弱っている女の子の命を終わらせるのに強い力は必要ない。
「ごめんなさい‥‥でも、これで楽になるから‥‥ごめんなさい」
自分の声が震えている。研究に使う生き物の命を奪うことはあったがこのように命に手をかけたことはなかった。
『か‥‥はぁ‥‥』
数日ぶりに女の子の声がもれ、涙が目じりに浮かんだ。
『おか、あさん‥‥おとうさん‥‥』
「!!」
ゼノは、はっとして女の子の首から手を放した。
「はぁ、はぁ、はぁ‥‥」
「母親‥‥」
ひとつだけ女の子の言葉でゼノが覚えた言葉があった。
何度か女の子が言っていた母親を表す言葉だ。
その言葉で女の子の母親の最後を思い出した。
最後まで、この子が生きることを望んだ母親の姿を。
「アタクシ‥‥この子を楽にするためじゃなくて、自分を楽にしたかったんだわ‥‥」
首を絞めた両手を見て、自分の愚かさに心底驚いた。
女の子をみると、息をか細く吸っては吐いてを繰り返している。
「‥‥‥‥‥」
ゼノは、転がっている女の子を抱き込んであぐらをかいて、背中をあずけさせ、女の子を足の上に座らせた。
おかゆの入った皿を引き寄せ、スプーンに一口すくい、女の子の口元につけた。
「食べて‥‥」
女の子は、口を開かずただじっとしている。
「食べなさい」
無理やりというくらい、ぐいっと口にねじりこもうとした。
女の子は、ゆっくりと頭を横にそらした。その拍子におかゆが女の子のひざに落ちた。
ゼノは、もう一度おかゆをすくい、再度口元に運んだ。
「少しは抵抗する気力があったのね」
少しだけ、ゼノは心の中でほっとした。
今度は顎を手でもって前をむかせ、指をねじ込んで無理やり口を開かせ、さらにそこからおかゆを流し込んだ。
上を向かせて飲み込ませる。
女の子のからだがびくっとはねた。
問答無用で次から次へとおかゆを流し込んで飲み込ませるを繰り返した。
時々むせては、水を飲ませ、再びおかゆを流し込んだ。
よほど食事をするとは言えない、作業のようだった。
食事が終わった後は、そのまま女の子を風呂場まで運び一緒に風呂に入った。
女の子は時々驚いたときにからだがはねるという反応は見せていたが、声は出さなかった。
着替えさせ、寝台に寝かせるその隣でゼノもドカッと横になった。
「座り込んで寝るよりも、こっちのがいいでしょ」
毛布をかけて、女の子を抱きしめながら背中をさする。
「‥‥さっきあんなことしたアタクシが言うのもなんだけど、やっぱり生きた方がいいわよ」
「もしかしたら、いつか、幸せを感じられる日が来るかもしれないから」
「アタクシがそれまで面倒見るから‥‥」
そう言ってしばらく背中をさすっていたら、下の方でもぞっと動いた。
ゼノが下を見ると女の子がじっとゼノを見ていた。
見れば見るほど吸い込まれそうなほどきれいな瞳だ。
何か言いたいことがあるのかと身構えたが、女の子は何も言わず、少しだけからだをゼノの方に寄せ、手でゼノの服を掴んだ。
そして、顔を毛布の中に埋め、目をそっと閉じた。
「‥‥‥」
(‥‥‥あら?)
ゼノが自分の頬につたうものを感じ、頬に触れる。
手についたのはしょっぱい水だった。
(アタクシも泣くことあるのね‥‥‥)
ゼノも女の子に寄り添って目を閉じた。
数年後‥‥。
「ゼノ! また散らかして! 今度はなんの研究?」
本と書類で足の踏み場がない部屋を見て、キエリが少しむすっとしてゼノに怒る。
「キエリぃん、いいところに来たわ! ちょっときてきてきて!」
キエリは、物を踏まないように慎重に部屋の奥に来た。
ゼノが手をひらひらとして、座ってと合図するので、大人しく座る。
「ふわふわお耳を失礼」
ゼノがキエリの耳に触れて魔力を込める。
すると、キエリの耳は魔獣のものから人間の耳へと変化し、しっぽはひっこんでしまった。
何が起こったのかわからず、キエリが耳を触った途端に耳の異常に気付き叫び声をあげた。
「わぁ! なにこれ?」
「人間耳~」
「なっ、なんで? あぁ! しっぽもない!」
「イエス!」
キエリの反応を見て、ゼノはにんまりと笑っている。
キエリは、飲み込めずにからだの変化に慌てている。
「これで、キエリも人間の村デビューできちゃうわよ」
そういって、片目をぱちっとした。
「で、でびゅーって‥‥」
「行ってみたかったんでしょ? 人間の村」
「う、うん‥‥」
「大丈夫。行くときはアタクシも一緒に行くから」
「でも、行っていいのかな? 魔獣のわたしが‥‥」
「そうねぇん、キエリが村に行ったら大騒ぎになるかも」
「え!?」
「キエリが可愛すぎて男どもが群がってきちゃうかもね」
「もう、からかってるでしょ?」
「あら? キエリが可愛いのはほんとよ。この可愛い奴め!」
ゼノは、キエリをぎゅっと抱きしめて、ぐりぐりとほっぺを擦り付けた。
キエリは、もう慣れているので大人しくされるがままだが、しっぽがあれば横に揺れていた。
「はぁ‥‥いつの日かキエリがお嫁さんに行っちゃったらと思うと、アタクシ寂し!」
ゼノはわざとらしく悲しそうに話す。
「うーん、そんなことあるのかなぁ? でも、万一そうなっても、ゼノと一緒に暮らしたいけどなぁ」
真面目にキエリに返されて、ゼノはなんだか恥ずかしくなって、ぴたっと動きが止まった。
「あ、あらどうして?」
「どうしてって、だってゼノはわたしの家族だし、一緒にいると幸せに感じるから、かなぁ‥‥」
「そ‥‥そう、そうなのね!」
今度は息苦しいほどキエリをぎゅっと抱きしめた。
「もう! 嬉しいこと言ってくれるんだから! キエリ大好き! 可愛い娘なんだから!」
「ゼノ、苦しぃ」
ゼノは、少し目頭が熱かったがここで涙を流したらそのまま幸せが逃げてしまいそうな気がして、ぐっと我慢した。
ちなみに、キエリはゼノが首を絞めてきたことは覚えています。
ゼノは、一度キエリに怒っていないかと尋ねたことがありましたが、キエリは「そんなことあったね。でも、あの時ゼノのおかげで息の仕方を思い出した気がする」と気にしていないらしいです。
ゼノは、その後ぎゅっとキエリを抱きしめましたとさ。




