共に
キエリは、巨木の穴から飛び出すまではよかったが、そこはあまりにも高く、一気に飛び降りることは不可能であった。
しかも、巨木がうごめき、キエリの行く手を阻んでくる。
キエリは、なんとか飛び跳ねたり、風の魔法で切り裂いて、巨木をかわし、突き進んだ。
(なんとか下に下りないと! フェリクスがきっと待ってる!)
「うっ!」
キエリの足に植物の蔦が絡みついて、動きを止めた。
キエリは、急いで力任せに引きちぎったが、勢い余ってバランスを崩し、からだが雪玉のように下に転がっていった。
やっととまった時には、頭上に黒い影が現われて、キエリはとっさにからだをまた転がしてそれに踏みつけられるのを避けた。
キエリを踏みつけようとしたのは、黒い巨大なオオカミのような姿となった魔獣の王だ。
『逃げないでよ。少し、気絶してもらうだけだから』
『なにが少しよ! その後わたしの全てを奪うつもりじゃない!』
『大丈夫、怯えなくていいよ‥‥全部うまくいくから。また、一緒に暮らそうよ‥‥』
魔獣の王の紅い瞳が醜く酷く歪む。
(駄目だ。このひとは完全にイカれている。まともに話し合えるわけがない!)
キエリは、再び地上へと向かって走り出した。
『ははっ! 君との追いかけっこはいつ以来かな? あの時は、君がおにだったけど、今度は僕がおにだね』
魔獣の王は、無邪気に笑いながらキエリを追いかける。
キエリには、もちろん魔獣の王と暮らしたことも追いかけっこをしたこともなかった。
この魔獣の王が話すことは彼が狂ってしまっているが故の言動だと思い、わざわざ耳を傾けるべきではないと無視を決め込んだ。
キエリは、必死にただ地上を目指し、地面が見えてきたところだった。
「‥‥‥エリー‥‥」
「っつ!!」
遠くから、確かに声が聞こえた。
「キエリーー!!」
「フェリクスーー!!」
キエリは思いきり、大事な人のその名を叫んだ。
この世の何よりも大事な人が自分のために危険を冒してまで、迎えに来てくれた。
キエリは、嬉しさがこみあげてきて涙が水色の瞳から溢れたが、必死に四つの足を動かした。
フェリクスは、キエリの後ろを追いかける魔獣が敵であるとみとめ、弓を構えて力強く引き絞り、魔獣の王に向かって放った。
魔獣の王は、巨木を動かし、盾にして弓矢を防ぐ。
しかし、フェリクスは諦めずに何度も矢を放つ。
『小賢しいな‥‥』
魔獣の王がフェリクスに狙いを定めて巨木の鋭い枝を差し向けようとした時、走って逃げていたキエリが突然踵を返して魔獣の王に魔力をまとわせながら体当たりをかました。
『ぬがああああ!!』
(今の内だ!)
キエリは、一気に巨木を滑り降り、フェリクスのもとにたどり着いた。
「フェリクス!」
「キエリ!」
キエリは、今すぐにでも人型に戻ってフェリクスを抱きしめたかったが、今はそれどころではなく、ぐっとこらえた。
フェリクスもキエリの頭を少し撫でて、武器を特製の長身の槍に持ち換え、魔獣の王に向き直った。
「キエリ、あれが魔獣の王か?」
「そうよ、気を付けて、植物を操るし、他にどんな攻撃を仕掛けてくるかわからない。ただ、わたしの魔力を大量にぶつけるとからだが焼けただれるみたい‥‥」
「わかった」
フェリクスは、キエリの言葉に何故と質問をはさむことなく、戦闘態勢にはいる。
キエリの魔法で傷を負った魔獣の王も崩れ落ちるように地面に下りた。
『痛い‥‥痛いよ、どうして僕をいじめるの? イティ‥‥』
からだはぎりぎりオオカミの体裁を保っているが、ところどころから黒煙が立ち上り、顔の部分がただれている。
魔獣の王がキエリたちに向かって走り込んでこれば、魔獣の王のからだがぐずぐずに崩れて、ぼたぼたと地面に落ちた。
キエリとフェリクスはまっすぐ魔獣の王を見据える。
(ここで終わらせよう‥‥この争いも、あいつの欲望も!)
「フェリクス、わたしに乗って」
フェリクスは、キエリに乗り槍を構える。
「行こう!」
「あぁ!」
キエリとフェリクスも決着をつけるために、魔力を全身にまとわせ、魔獣の王に向かって走り出した。
地面からいくつもの巨木の根が突き出し、しなるようにキエリとフェリクスに襲いかかった。
キエリは、それをかわすそぶりをみせず、そのまま魔獣の王に向かって直進する。
頭上から巨木の根がキエリたちに襲いかかってきたのをフェリクスが槍で受け止めた。
「りゃああああああ!!」
フェリクスの何倍もある木の根を力のみで、横になぎ倒した。
何度も巨木の根で叩きつけられたが、そのたびにフェリクスがなぎ倒した。
キエリとフェリクスは、魔獣の王の目の前までたどり着き、魔獣の王めがけて飛び掛かり、フェリクスは槍を突き出した。
しかし、突如魔獣の王は形を大きく変え、まるで泥の津波のようになり、キエリとフェリクスを飲み込んでしまわんとした。
『このままっ、全部飲み込んであげるよ! ひとつになろう! イティ!!』
『もう、やめてソワレ』
『イティ?』
魔獣の王は、形の崩れた顔で後ろを振り返った。
そこには、一輪の淡い桃色の花が咲いていた。
魔獣の王は、キエリとフェリクスを飲み込むことはなく、からだはキエリたちに光と共に貫かれた。
『アアアアァ!!』
魔獣の王は、苦痛な叫びと共に泥のようになっていた巨大なからだが蒸発するように黒煙を放ち、小さくなっていった。
からだが崩れた魔獣の王は、ひとに近い形になり、仰向けになって倒れていた。
彼の周りから、なぜかあの淡い桃色の花が囲うように咲き出した。
『イティ‥‥そうか、君はずっと僕の傍にいたのか‥‥』
魔獣の王は、横に咲いた花を見ながら、ぽつりと呟いた。
キエリとフェリクスが魔獣の王を一緒に見下ろす。
キエリの瞳には、彼に対する怒りというよりも哀れみが生まれていた。
魔獣の王がキエリとフェリクスを見上げ、穏やかに微笑んだ。
その微笑みには、先ほどまであふれていたはずの狂気が全く感じられなかった。
『あぁ‥‥君は、ラクリマの娘のキエリだね‥‥大きくなったね‥‥』
今までキエリと話していたはずなのに、まるでキエリのことをやっと今認識したかのように、魔獣の王が話し出した。
『‥‥王様、あなたは結局何を求めていたのかしら』
キエリは、哀れには思っていたが、もう同情をするつもりはない。
ただ、彼の行動が疑問だった。
『そう、だね‥‥‥僕は、きっと寂しかったんだと、思う‥‥でも、やっと居場所をみつけたよ』
『‥‥そう』
キエリは、完全に彼のことを理解はできないが、彼の心が平穏を取り戻したことは、キエリの心に伝わった。
「キエリ‥‥辛いなら、見なくていい」
フェリクスがキエリを気遣いをみせたが、キエリは首を横に振った。
「大丈夫、これは、わたしもやり遂げないといけないから‥‥あなたと一緒に」
「わかった‥‥」
フェリクスが槍を魔獣の王の喉元にあてて、キエリもフェリクスの手に自身の手を重ねる。
『‥‥‥僕もそっちにいくね、イティ』
その言葉を最後に魔獣の王の命は終わりを告げた。
魔獣の王はキエリとフェリクスにより討たれた。
その後、キエリとフェリクスはルナ、ソールらと合流し、再び無事に会えたことの喜びを分かち合った。
アンナ、プエッラは重症であったが、キエリの魔法で完治することができ、プエッラが無事なことを見届けると、コルヌは友人の亡骸を抱いて姿を消した。
後に巨木の部屋の中から魔獣軍の研究者エンティアを拘束し、エンティアの証言から魔獣と人間の間に生まれた子供たちがいることと、巨木の地下には魔獣化した人間たちや攫われた人間がいることが発覚、保護された。
その他にも魔獣化された元人間のウルブスの住人達がキエリとフェリクスの姿をみとめ、恐る恐る姿を現したが、フェリクスはたとえ魔獣化したとしても、国民であることは変わりないと住民たちを受け入れ、彼ら、彼女らもフェリクスが受け入れてくれたことに感謝し、王の帰還を喜んだ。
ウィルトスの部隊と合流し、ウルブスを取り戻したことに人々は歓喜にわいたが、ウルブスは人間が住めるような状況とは程遠く、さらには魔獣化した人々と共に生きることになったので、ウルブスは元に戻るのではなく、新しく生まれ変わることが求められた。
魔獣と人間が手を取り合い、協力し合うことが求められるようになり、キエリとフェリクスは、魔獣と人間の新たな関係を作った先駆者として人々の良き見本となった。
お話はこれにて終わりとなります。次は、みんなのその後です。




