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【完結】オオカミはフードを被る  作者: Nadi
オオカミはフードを脱ぎ捨てた

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魔の手

 キエリが四つになった頃。


 ミーティアの悲しい死は薄れないものの、悲しみにふけることが少なくなった頃、突然あのひとが現われた。


 『やぁ』


その声を聞いたとき、ラクリマの全身に悪寒が走った。


草原を散歩するのためにキエリを抱っこしていたラクリマが振り返ると、そこには王がごく普通に立っていた。


 『王様‥‥何故、こんなところに?』


ラクリマは緊張で心臓が締め付けられて、無意識にキエリを守ろうとしっかりと抱き込む。


 (ミーティアが亡くなってから何も音沙汰がなかったのに、何で急に王様が? どうしよう? ルプスを呼んでくるべき?)


 混乱して立ちすくんでいるラクリマに、王はゆっくりとラクリマたちに歩み寄って、微笑んだ。


あの穏やかな笑みだ。


 『君に会いに来たんだよ。ラクリマ』

 『わたし、に、ですか?』


怒りにまかせたあの時とは違って緊張の方が勝り、口が乾いてうまく言葉がでない。


 『そう、君は、面白い人だったなぁ、って思い出して‥‥?』


にこりと笑っていた王が突然黙り込んで、首を傾げた。


ラクリマは、このひとの一挙一動にいちいち反応していたら、こちらの気がもたないような気がしてならなかった。


距離を詰めてきた王から少し距離をとるために、数歩下がった。


しかし、王はまたもや距離を詰めて、しかもラクリマの肩を掴んだ。


 『君、前あった時と何か違う?』

 『!?』


ラクリマは、王に指摘されたところに思い当たる節があった。


 (まさか、女神様の魔力に変わったことを!? 駄目だ。このひとにそれを言っては駄目だ!)


ラクリマは、何故かはわからくとも本能的に言ってはいけないと頭の中で警鐘がなった。


 『子を産んだからではないですか? 子を産むと変わるといいますから‥‥』

 『子供‥‥?』


王は、ラクリマから手を離し、抱えられているキエリに目を向けた。


キエリは、ルプスに似た澄んだ水色の瞳で王をまっすぐ見ていた。


王がキエリに手を伸ばした。


ラクリマは鳥肌が立って、キエリに触らせたくないと思ったが、ここで問題を起こすわけにはいかないとぐっとこらえた。


 王は、微笑みながら、優しくキエリの頭を撫でる。


 『君の子供か、可愛いね』

 『‥‥ありがとうございます』

 『おかあさん、このひとだあれ?』


頭を撫でられていたキエリが無垢な瞳で王を見つめる。


 『このお方は王様よ』

 『おーさま?』


キエリが可愛らしく首をかしげる。


王が苦笑して、うーむと顎に手をあてる。


 『王と言っても名前だけだけどね』

 『おーって、おなまえなの? きえりはね、きえりっていうの!』


キエリが無邪気な勘違いをして花のような笑顔を見せる。


王は、キエリに言われたことを最初飲み込めていなかったのかぽかんとしてから、ぷふっと吹き出した。


 『あっはっは! そうか、うん、ラクリマの子供も面白いね』

 『キエリか‥‥キエリね‥‥よろしくね』


王は、今度は愛おしそうにキエリの頭を撫でた。


キエリは撫でられるのが好きなので笑っているが、ラクリマはもう我慢の限界で顔が引きつっていた。


さっと一歩引いて王からキエリを離した。


 『申し訳ありません。そろそろ、この子のごはんの時間なので』

 『ん、そっか』


ラクリマは、不自然にとっさに動いたが、王の顔色は変わらなかった。


そして、早足でルプスのいる洞窟へと向かった。


 後ろで王がひらひらと手を振っていて、キエリもラクリマの肩越しに王に手を振っていた。


 ラクリマたちの部屋にしている洞穴に帰ると、すぐルプスに王が来たことについて話した。


静かにだが、険しい顔で聞いていたルプスはすぐに『わかった。少し義父様と話をしてくる。その間は洞窟から出ないんだよ』と言って出ていった。


ラクリマは、しっかりとキエリを抱きしめてこくりと頷いた。


 心配そうな顔をする母親をキエリが心配して、ほっぺを小さな掌で一生懸命に撫でる。


 『おかあさん、かなしいの? げんきない?』


ラクリマはハッとして、しっかりしなくては、とキエリに微笑む。


 『大丈夫よ。わたしたちのかわいい子』


ラクリマはキエリをしっかりと抱きしめて、頬にキスをする。


 (大丈夫。きっとたまたま来ただけ、これ以上何が起こるというの?)

 (それに、何があろうと絶対にわたしがこの子を守る)


 しばらくして、ルプスが戻ってきたが、オオカミ型となっており、しかもかなり焦っている。


 『ルプス! どうしたの?』

 『ラクリマ、今すぐここから逃げるぞ』

 『なっ、どういうこと?どうして?』

 『‥‥王が、君を番にしたいと言い出した‥‥しかも、一緒にキエリも連れて来いと‥‥』


ラクリマは、あまりの衝撃に眩暈がして世界が真っ暗になってしまいそうだった。


 『ど、うして? なにが、何があったというの?』

 『理由はわからないが、今は義父様がなんとか王を食い止めている。荷物も何もかもおいていくしかない。はやく!』


 話しを理解しきっていないキエリが首を傾げる。


 『おかあさん、おでかけ?』

 『えぇ、少し長いお出かけよ』


ラクリマもオオカミの姿となって、口にキエリを咥えた。


キエリは事態の深刻さを理解できるはずもなく、父親と母親とお出かけができるのかとはしゃいでいた。


 洞窟の中には、描いた絵や祖父のトラリがキエリのために作ったおもちゃなど、思い出がたくさんあったが、今はただ逃げることしかできない。


名残惜しさを心の奥底に押し殺して、ルプスとラクリマと咥えられたキエリは一族の洞窟をあとにした。


 逃げる途中、洞窟の奥のトラリの部屋から、トラリの唸る声が聞こえてきて心配でならなかったが、振り返らずに必死に走った。

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