ルーツ
ミーティアの亡骸のない葬儀を終えた。
彼女の家族は泣き崩れて、本当に不憫で仕方がなかった。
ラクリマは、ミーティアのために焚かれている炎を座り込んで静かに見つめていた。
『大丈夫じゃないな、ラクリマ』
『ルプス‥‥』
ルプスが隣に座って、ラクリマの肩を寄せる。
『ミーティア‥‥もし、王の狂気に気付いていたら、あの子の死を防げたんじゃないかって』
『かもしれないけど、誰も気づけなかった‥‥だから、自分を責めないで‥‥』
『でもっ、わたし悔しい!あの子のことを思うと無念でならないの‥‥』
『わたしもだよ‥‥だからって、仇を討とうなどと考えるんじゃないよ』
『わかってる』
ラクリマとルプスは寄り添って、炎が消えるまで眺めていた。
ラクリマの瞳には涙が時折流れたが、ルプスがその度に拭っていた。
数か月後、ラクリマに異変が起こった。
『なにこれ? これは、まるで‥‥』
異変に気付いたラクリマは急いでルプスのもとに走った。
『ルプス! ルプス、ちょっと来て!』
『どうしたんだい?』
『いいから』
狩りに出ようとしていたルプスをラクリマがひっ捕まえて、他に誰の気配がない場所に引っ張っていった。
『本当にどうしたんだい?』
ラクリマは、困ったように眉を八の字にしていて、怯えているようにも見えた。
『これ‥‥見て』
ラクリマが掌に魔力を込めると、光となって外に溢れ出した。
ルプスがその魔力をじっと見入る。
『これじゃあ、まるでミーティアの魔力じゃないか』
ラクリマはこくりと頷いた。
ラクリマの魔力は今のものと全く違う性質だったはずだが、違和感を覚えたラクリマが自身の魔力を放ってみると、亡くなったミーティアと全く同じ魔力になっていた。
『ど、どうしよう? どうして、こんなことが?』
ラクリマは突然の事態に混乱しているようで、おろおろしだした。
ルプスがラクリマの肩を掴んで優しく微笑む。
『落ち着いて、このこと誰かに言った?』
ラクリマは、首を横に振る。
『ううん、あなたにしか言ってない』
『じゃあ、まず義父様に相談しよう。あのひとなら何か知っているかもしれないし、必ず君の力になってくれるだろう?』
ラクリマは、ゆっくりと頷いた。
亡くなった親友の魔力が突然現れるなど、不安で仕方がなかっただろう。
常に自信に溢れ、気丈なラクリマが弱弱しくなっている。
ルプスは、しっかりと彼女の手を握って、トラリのもとに向かった。
ルプスに連れられてラクリマはトラリの部屋となっている洞穴に入った。
他の魔獣に聞かれないように、ひと払いしてもらって、ラクリマの魔力について話した。
話しを聞き終えると、トラリは険しい顔になった。
なにか問題があるのかとラクリマとルプスは不安そうに顔を見合わせた。
『そうか‥‥次は、ラクリマ、お前に継がれたのか‥‥』
『義父様、やはり何かご存じなのですね?』
『お前の魔力は今、女神様の魔力へと変化したのだ』
『女神様?とは、わたしたちを創造された女神イニティウム様ですか?』
トラリは、こくりと頷いた。
『ルプスよ、お前もこの群れをやがて導く者、今話してもよかろう』
『わたしたちの一族について‥‥』
トラリは、ゆっくりと息を吐き、心を落ち着けた。
『わたしたちは、女神様の血を受け継ぐ一族なのだよ』
娘のラクリマもルプスもそんなことは初耳だった。
『女神様は、二つの世界をお創りになった。わたしたちが住む世界と人間が住む世界』
『お父様、人間とは何ですか?』
『人間とは、様々ではあるが女神様に近い姿を持ち、わたしたちとは違う言語を持ち、賢く、群れで暮らし、魔法も使う生き物だ』
ラクリマの瞳が好奇心で輝きだした。人間という未知が彼女の琴線に触れたのだろう。
『そんな生き物がいたのですね‥‥わたしたちも人間に会えるのですか?』
『彼らはわたしたちとは全く別の世界に生きている。ときどき、穴ができてお互いの世界が繋がってしまうが、あちらは人間のもの‥‥わたしたちとは住むべきところではない‥‥逆もまたしかり』
あまり可能性がなさそうなので、ラクリマは残念そうにしゅんとした。
ルプスが宥める様に苦笑しながら背中を撫でた。
『それで、その女神様の血を何故我らの一族が受け継いでいるのですか?』
『女神様が世界をお創りになり、命を生み出した後お隠れになったことは知っているな』
ルプスとラクリマがこくりと頷いた。
『お隠れになったというのとは、実は少々違う。女神様はこの世界に溶け、一体となったのだ。そのため、女神様と同じ魔力を含んだあの淡い桃色の花がこの世界にはたくさん咲いているのだ』
ラクリマとルプスは首を傾げる。世界に溶けたという表現が摩訶不思議でよくわからなかった。
『うむ‥‥そうだの、わたしたちの死の概念と同じとは考えていけないよ。女神様は神でわたしたちはごく普通の命でしかない』
ラクリマは、うーんと唸って、こくりと頷いた。
とにかく、自分の想像の範囲を超えていると納得させることにしたようだ。
『そして、その溶けだした中からわたしたちの一族は生まれたのだよ‥‥血を受け継ぐといっても、一番最初は命の営みがあったわけじゃない。特別な方法で生み出された命と言ってよいだろう』
まさか自分たちのルーツがそのようなものであったとは知らず、ラクリマとルプスはぽかんとして聞いていた。
しかし、それで女神の魔力を受け継ぐというのには合点がいった。
『女神様から直接生まれたから、わたしたちは女神様の魔力が現われるということですね』
『そうだ、ラクリマ。そして、今、女神様の魔力がお前に現れたのだ‥‥いつ誰に現れるかは正直わたしにもわからない。しばらく現れない世代もあったらしい』
『そう、だったのですね‥‥では、ミーティアも?』
『ああ、あの子も女神様の魔力が現われた子だった』
『知りませんでした‥‥』
ラクリマは、親友に隠し事があったのかとほんの少しだけ悲しくなって俯いたが、それを察したトラリは首を横に振った。
『隠していたのではないよ。あの子も魔力については知らなかったんだ。この話は代々長に伝えられていたからね』
それを聞いてラクリマは元気を取り戻したのか、ぱっと顔を上げた。
『そうでしたか、このことについて伝えられるのは長だけなのですか?』
ラクリマは、好奇心旺盛で気になったことに次から次へと質問がでてくる。
『いいやそんなことはないさ。秘密というわけではないのだが、無理に皆に知らせる必要もなかったからね。誰かひとり知っていればいいということだよ』
そういうとトラリは朗らかに笑った。
トラリが物々しくいうものだから、重大な秘密なのかと考えていたら、思ったよりそうでもなかったようだ。
『ううん‥‥女神様の魔力‥‥何か特別な力があるのでしょうか?』
『まぁ、いろいろ試してみなさい。皆、女神様の魔力だとかはわからないだろうからね‥‥でも、その魔力を使うなら、一族の前だけにしておきなさい』
『はい‥‥』
ラクリマとルプスは、悩みがとりあえず解決して、トラリの部屋から退散した。
『ありがとうルプス。あなたがいてくれてよかった。わたしひとりだったらずっと悩んでいたよ』
ラクリマは、花が咲いたような笑顔をルプスに見せた。
ルプスは、静かに微笑んでラクリマの手を握る。
『わたしは何もしていないよ‥‥でも、君が悩んで苦しむ姿は見たくないからね。またなにかあったらすぐに言うんだよ』
『うん、大好きよあなた』
ラクリマはぎゅっとルプスに抱き着き頬をすり寄せた。
ルプスは、優しく愛おしそうにラクリマの頭を撫でた。




