狂気
グロいの注意です!
王の住処は、巨木の中をくりぬいて部屋をいくつも作ってある。
巨木の周りも中も淡い桃色の花が咲き乱れている。
トラリは、ラクリマとルプス、そして何匹かの魔獣を連れて王の住処に足を踏み入れた。
『王よ!何処におわしますか? トラリにございます!』
王はすんなりと出てきて、トラリたちの前に現れ、きょとんとした表情でトラリたちを見る。
『どうしたんだい、大勢で来て?』
『お話しがございます。ミーティアは、どこにおりますか?』
『ミーティア‥‥? あぁ、あの子か!』
ミーティアは、王の番となって王のもとに行ったのにもかかわらず、ミーティアの名前を出しても、誰だといったように首をしばらく傾げて、思い出したようにぽんと手を叩いた。
その時点で、トラリたちは、ミーティアは決して大事にされていなかったこと、彼女は本当に惨い死を遂げたことを確信した。
『彼女は、食べてしまったよ。ごめんね』
王は、なんてことはないように、まるでひとのお菓子を勝手に食べてしまって、それを詫びるくらい軽く、言い放った。
トラリたちは愕然とした。
王からはトラリたちにはどうすることもできない狂気が放たれていて、トラリたちを心の底から怯えさせた。
(このお方は完全に狂っている! いつから? いや、そんなことは今はいい‥‥)
『ミーティアの亡骸をお渡ししていただけないでしょうか? 家族のもとに帰したく存じます』
『無理なんだ。彼女は、僕が髪の毛もひとつ残らず食べてしまったから、彼女のからだは何も残ってないんだ‥‥』
『あっ! そうだ』
王は、何かを思い出してひとつの部屋の中に入っていった。
しばらくすると、きれいにたたまれた衣服と髪留めを持って現れた。
『彼女が身につけていたものだよ。からだは帰せないけど、せめてこれを帰してあげて』
王は、耳をしおらせてしゅんとして申し訳なさそうに衣服と髪留めをトラリに差し出した。
(このお方とこれ以上関わってはいけない‥‥はやく住処に帰るべきだ)
トラリが人型になってそれを受取ろうとすると、いつの間にか人型となっていたラクリマがひったくるように王からミーティアの遺品を奪い取った。
『ラクリマ!』
ラクリマの瞳は涙で濡れていて、美しさがあったが、当の本人は怒りで腹が煮えくり返っていた。
『王様、あんまりです! 一体あの子が何をしたというのですか!? どうして、あの子を食らうなどという非道には奔ったのですか!? あなたには心というものがないのですか!!』
『‥‥‥』
ラクリマが悲しみと怒りを交えながら吐き捨てるように怒涛にまくし立てた。
周りの魔獣たちは、ラクリマの行動に肝を冷やした。
魔獣の王とここで万一争うようなことになれば、こちらの被害はただでは済まない。
すかさずトラリが謝罪に割ってはいった。
『わたくしめの愚女が申し訳ございません。ミーティアは娘の親友だったゆえ、気が動転しているのでございます』
父が必死に謝っている様を見て冷静になったのか、まだ言い足りなさそうだったが、ラクリマはそれ以上言葉をつぐんだ。
本当は、誰しもが王に対してミーティアの死を問いただしたかった。
しかし、王の狂気が皆の心に届いて震え上がらせていた。
『いいよ、そう、だよね‥‥大事なお友達を奪ってしまったのか、僕は‥‥そうか‥‥申し訳なかった』
王は、ラクリマに頭を下げて真摯に謝っているようだった。
この行動の原理が理解できなくて、魔獣たちもラクリマもただただ混乱した。
『‥‥どうしてかは、教えていただけないのですか?』
ラクリマは食い下がった。
どうしても、これだけは譲れなかった。
隣にはいつでもラクリマを守れるようにルプスがいてくれた。
ゆっくりと王は顔を上げて、ラクリマを見つめた。
彼の瞳は、穏やかにラクリマを見つめていたが、もう彼の狂気を知ってしまった今は、この穏やかな瞳さえ恐怖の対象であった。
『どうして、か‥‥君は、大好きなひととはずっと一緒に居たいと思うかい?』
『‥‥はい』
急に質問を投げかけてきたが、ラクリマは何があっても驚かない心構えをしていた。
『そうだよね。僕はね、それがどんな形であってもいいと思うんだ。離れてしまうよりずっといい』
『大好きなひととずっと一緒に居たい。大好きな人の全てが欲しい‥‥あの子の死は、その結果だったんだよ』
『でも、正直反省している。結局、彼女の命がなくなった時、僕の欲しかったものも、どこかに行ってしまったから‥‥せめて無駄にしないようにって思って、彼女は僕の糧になってもらったんだ』
わけがわからない。そう、その場の全員が思った。
ラクリマは、これ以上このイカれた王に何を言っても、何を問いただしてもまともな答えが返ってくるとは思えなかった。
『お答えいただきありがとうございました。今までの無礼をお許しください‥‥わたくしたちは、失礼いたします』
『待って』
こんな場所から少しでも早く去りたかったが、王に呼び止められた。
王は、ラクリマをじっと見ていた。
『君の名前は?』
こんなひとに自身の名前を呼ばれたくなどなかったが、ここでまたひと悶着はしたくない。
『ラクリマでございます』
『ラクリマ、ラクリマ‥‥うん、覚えた。じゃあまたね』
隣にはルプスもいるし、他の魔獣もいるにもかかわらず、ラクリマの名だけ覚えられた。
それが、とんでもなく不吉なことに思えてラクリマは心配でならなかった。




