機会
フェリクスたちの頭上に現れた影の正体は、いつの日かまみえたドラゴンだった。
隊員たちは何故急にこんなところにドラゴンが現われたのかと驚いて、恐怖で叫び声をあげている。
さすがに常に冷静なウンブラもなにごとかと驚きを隠せないようだ。
フェリクスが怯える隊員たちに声をかける。
「大丈夫だ! このドラゴンは俺たちの敵じゃない! キエリの知り合いだ!」
ドラゴンは、怯える隊員たちを見て首を傾げている。
隊員たちは、フェリクスが大丈夫だと言ったのでおろおろしながらも、混乱は避けられた。
「すまない。みんなドラゴンを見るのは初めてなんだ‥‥と言っても言葉が通じないな‥‥」
『キエリ? キエリハ?』
キエリという言葉が聞き取れたので、フェリクスとルナがなんとか話せないかと、以前キエリに教えてもらった言葉を思い出す。
『君の名前は?』
フェリクスが短いながらも質問して反応をうかがう。
ドラゴンは、驚いたようにフェリクスを見た。
『イマ キミガ ハナシタ?』
『君の名前は?』
『ゾンフ』
『ぞんふぉ?』
『ゾンフ』
『ゾンフ?』
ドラゴンはこくりと頷いた。
拙い会話ではあるが、とにかく話し合いができそうだ。
フェリクスが少し考えて、決心したようにドラゴンのゾンフに向かって話しかける。
『キエリ、助ける、必要』
ゾンフが目をぱちぱちさせ、フェリクスにぐっと頭を近づけた。
フェリクスは、驚いて後ずさりそうになったが持ち堪えた。
『キエリガ アブナイノ? ドコニ イルノ?』
『キエリノ ニオイシタカラ コッチニ キタノ』
『デモ イナイ』
ゾンフがどんどん話していくので、ルナとフェリクスは必死にゾンフの言葉を解読し、雰囲気もあわせて、ゾンフがキエリの心配をしていることはわかった。
フェリクスがとにかくキエリがここにいないことを伝え、かつ、できることならドラゴンが仲間になってくれれば心強いと思い身振り手振りをまじえて伝えようとした。
『キエリはいない』
『キエリを助ける』
『手伝う?』
『‥‥‥』
何か考えているのだろうか、ドラゴンは黙って固まった。
ウンブラやマギは、二人がどのような会話をしているかわからず、会話を見守ることしかできないでいた。
ドラゴンがゆっくりと顔を持ち上げ、フェリクスたちに背を向けた。
協力をしてもらうのは駄目だったのかと、諦めかけたが、ゾンフは飛び立つわけでもなく、フェリクスたちの方をじっと見つめている。
『ノラナイノ?』
フェリクスとルナが驚いてゾンフを見る。
ルナが確かめるようにフェリクスに尋ねる。
「乗ってと言っていたのだろうか?」
「だと、思うが‥‥」
ドラゴンに乗って行けば、もちろんウルブスにはすぐにつくだろう。
しかも、彼女は規格外に強い。それは、フェリクスもルナもマギも身に染みて理解している。
しかし、まともに連携がとれないであろう状態で行っても、まずたどり着くだろうか。
「きゃー!! なにこれ!? おっきい!」
「すごい! この子も魔獣なの!?」
「な、なんだこれは? 魔獣?敵なのか?」
やってきたのはプエッラにアンナ、そしてアクイラとプエッラに付きまとっている魔獣のコルヌだ。
初めてみるドラゴンにプエッラとアンナは夢中になって周りをぐるぐると回りながら見て、アクイラは遠目からドラゴンの様子をうかがっている。
大きなドラゴンが舞い降りてきたのもあって、墓の穴を大聖堂とは別の場所で掘っていた組がこちらに来たようだ。
「そうだ、コルヌ殿!」
フェリクスがコルヌに駆け寄る。
「コルヌ殿、頼みがある! どうか、あのゾンフという魔獣の仲介役となってくれないか?」
しかし、コルヌはプエッラに夢中で、フェリクスを思い切り無視している。
プエッラがむっとして、コルヌのすねを蹴りつけた。
「ちょっと! 殿下が頼みごとがあるって言ってるのよ! 聞きなさいよ!」
すねを通常思いきり蹴られたら悶えるものだが、やはりコルヌには通じないようで、蹴られてもデレデレしている。
「むくれたプエッラも可愛いナ!」
「そうじゃなくて! 仲介役?っていうのやりなさいってば!」
「プエッラの頼みなら断れないなぁ‥‥わかった!」
コルヌは、プエッラの頼みになった途端に了承した。
「というか、何があったんですか? キエリさんは?」
プエッラがきょとんとして尋ねてきたので、フェリクスたちは、一連の騒動をプエッラたちにも話した。
アンナとプエッラの顔が真っ青になる。特に、アンナは混乱しているようで、今にも泣きそうだ。
「うそ‥‥うそぉ‥‥キエリさん」
キエリを守り切れなかったフェリクスは、かける言葉もなく、今はどうすればキエリを助けられるかに集中した。
フェリクスは、覚悟を決めた。
「‥‥このまま、ゾンフの力を借りて奇襲をかけ、魔獣の王と決着をつけてくる」
ルナがフェリクスの腕を掴む。
「魔獣の王がどれほどの力を持つかもわからないのに、正気か?」
フェリクスは本気のようで、まっすぐルナを見る。そこには、精神がまいってた時にはなかった強い光が宿っている。
「結局は、対決することになるのだから、遅いか早いかだ‥‥」
「はぁ‥‥さっきは冷静でいるかと思ったが、全く冷静じゃないじゃないか」
「いや、俺は自分でも驚くほど落ち着いている。さきほどルナが窘めてくれたおかげだ。なにも、玉砕覚悟で行くつもりは毛頭ない」
「向こうにゾンフの存在は知られていないだろうし、空からの奇襲など想定外だろう。空を通れば馬よりもずっと早く着く。むしろ、これは絶好の機会だ」
「それに‥‥」
フェリクスは、操られていた隊員たちを見る。
まだ、操られているのか、目が覚めている隊員たちは縛られながらも動いてこちらに攻撃をしようとしてくる。
「こんな状態では元の作戦通りに挟撃することもままならないだろう。操られていた者たちをそのままにはしておけないし、むこうの隊も操られるようなことがあれば、俺たちは敗北する」
「それに、これで魔獣の王の首をとれば、この戦争も終わる‥‥犠牲を少なくて済むいい方法だろ」
ルナは、苦々しくフェリクスを睨む。
「お前は考えを変えるつもりはないんだろうな‥‥本当に行くのか?」
「あぁ‥‥自分で言うのもなんだが、この軍の中で、俺が一番強い。俺が行ってもし駄目なら、それはそれで他の方法を考えられるだろう」
ルナは、はぁ‥‥とため息をついた後、すっと顔を上げた。
「わかった。私も行く」
「あぁ」
フェリクスは、覚悟を決めたルナを拒否することなく、すぐに了承した。
「殿下! あたしも行きます!」
手を上げたのはプエッラだった。
「いいのか? 敵地のど真ん中に行くのだぞ、今まで以上に危険だぞ‥‥」
コルヌのことを考えると確かに来てもらいたいものだが、プエッラには負担なのではとフェリクスたちは思った。
プエッラは、じっとフェリクスの瞳を見据えている。その顔には覚悟が宿っていた。
「あたし、戦うなんてほんとはやだけど、でも‥‥大事なお友達が酷い目に合うなんてもっと嫌なんです!」
「お願いします! どうか、一緒に行くことを許可してください!!」
「‥‥わかった。よろしく頼む」
「おいっプエッラ! オレだって行くぞ! 殿下、オレも行かせてください!」
割って入ってきたのはアクイラだった。
「アクイラ‥‥お前も助けになってくれるのか」
「もちろんです! オレは殿下に助けられたあの日から、殿下のお役に立てる日を夢見ていました。それが今です!」
「ははっ、そうか‥‥ありがとう‥‥」
フェリクスは、正直キエリとの婚姻を猛反対していたアクイラがキエリを助けに行くことにも反対するだろうかと考えていたが、それよりもフェリクスのために尽力することを選んでくれたようだ。
あとは、他の者を説得するかとフェリクスがマギやウンブラを見るが、二人はもう説得を諦めているようだった。
「はぁ‥‥フェリクス、小さいときからお前は何気に頑固だからな‥‥言ったってきかねぇだろ」
「マギ‥‥」
幼い時からフェリクスとルナを見守っていてくれたマギは、心の中でもはや親のような存在だ。
どんな時も、悪いところは窘めて、背中を押してほしいときに押してくれる。
「ルナ、生きて帰りなさい‥‥娘を頼みましたよ、殿下」
「はい、父上」
「あぁ、もちろんだ」
フェリクスがマギとウンブラに頭をさげる。
「俺の我が儘を許してくれてありがとう、それから、後のことはよろしく頼む」
「御意」
フェリクスが隊員たちの面々を見る。
「母国のために尽くすウィルトスの皆! 聞いてくれ!」
ドラゴンに目がいってた隊員たちがフェリクスに注目する。
「キエリが敵に攫われた」
隊員たちはざわざわと、どよめきたつ。
「そして、敵には俺たちの仲間を操る手段があることも判明した。どうやって操ったのか判明していない今、このままではウィルトスが瓦解恐れさえある」
ウィルトスの瓦解という言葉を聞いて、隊員たちのどよめきにさらに驚きと不安が広がっていく。
「だが、その前に、俺と少数の隊員でウルブスに乗り込み、魔獣の王の首をとる!!」
「俺は君たちの王として、最後の決戦に向かう! そして、この争いを必ず終わらせる!!」
隊員たちは突然のフェリクスの宣言に言葉を失っていた。
しかし、隊員たちはフェリクスが味方が恐れおののくほど強さを兼ね備えていることは知っている。
そして、負けると感じさせないほど、フェリクスには強く逞しい勢いがあった。
「フェリクス殿下! どうか、この戦いを終わらせてください!!」
「殿下! 我らに希望を!」
「キエリ様を無事に助けてください!」
隊員たちの後押しも得られたフェリクスは、準備を整え、ドラゴンに乗り込んだ。
ドラゴンにはルナ、プエッラ、コルヌ、アクイラ、そして、当たり前のようにアンナも乗り込んでいた。
ルナがアンナの姿を見て窘める。
「アンナ、降りなさい」
「降りません。あたしがここにいるのはキエリさんのためです。あたしの居場所はキエリさんの傍ですから‥‥」
ルナがちらりとフェリクスを見る。
「‥‥死ぬかもしれないぞ」
「もともと、戦っている時点で死ぬかもしれないですから。変わらないです」
「そうか‥‥だが、死んだらキエリが悲しむ‥‥死ぬなよ」
「あなたもね‥‥」
少しぎくしゃくしながらも、ほのかな共通点を見つけて、アンナとフェリクスの会話は終わった。




