種まき
ここから一気に急展開になります。頑張ってついてきてください(笑)
大聖堂から怪我人を運び出した、と言っていたのでどこだろうかと思っていたが、なぜか大聖堂から離れてずんずんと先に行こうとする。
(おかしい、大聖堂から離れすぎだ‥‥運び出すと言っても、怪我人をわざわざこんな遠くまで運ぶわけがない)
まだ大聖堂が見えるくらいのところで、キエリの歩みがとまる。
「あのっ、疑うようで申し訳ないのですが、本当にこんなところまで運んだんですか?」
ウィルトスの隊員たちが振り返る。
キエリの周りに何十人も隊員たちがぞろぞろと集まってきた。
隊員たちの目が虚ろで、さらに、隊員たちの首に黒い花の刺青のようなものが浮かび上がっている。
(逃げよう‥‥なぜかはわからないけど、みんなの様子がおかしい)
キエリは即座にオオカミ型になろうとしたその瞬間、クイナは懐に入れていた短剣をとりだし、自分の喉元にあてた。
「なっ!? やめて! なんのつもり!?」
キエリが短剣をあてているクイナに慌てて駆け寄ろうとすると、他二人の隊員たちに両腕を抱え込まれて身動きが取れなくなった。
「やめて!? どうしたのみんな!? 正気に戻って!」
「いやぁぁ!!」
キエリは悲痛な声を上げた。
隊員の一人がキエリに聖水をかけてきたのだ。
キエリは、力が抜けていき、オオカミ型になる機を逃した。
ここから大聖堂は少し距離がある。
だが、キエリは大聖堂にいるはずのフェリクスに向かって力の限り叫んだ。
「フェリクス‥‥フェリクスー!」
思いきり叫んでみたが、フェリクスが来てくれるかどうかは正直わからない。
「う‥‥うぅ‥‥」
とにかく、この状況を何とかしなければと、力なくもがくが隊員たちの力は強く、人型のキエリがどうしようもなかった。
すると、目の前の空間が歪んだ。
キエリは、この歪みが終わった後出て来るであろう人物は想像できた。
「やっほー!キエリお久しぶり!」
現れたのは、魔法使いでキエリの育ての親のゼノと見たことがない黒髪長髪で背中に極彩色の翼が生えた魔獣だ。
「ゼノ‥‥やっぱりあなたなのね‥‥」
ゼノはにこにこと笑っていて、いつもの調子だ。
フェリクスにやられた深手はやはり自分で治してしまったらしい。
「そーよん、やっとアナタを迎えにこれたわん。あの人間離れした愛の重ーい男が、一日中アナタにずっとべったりだったから、どうしようかと思ったわ! ほんっとべったり! よく我慢できるわね‥‥」
翼をもつ魔獣がキエリに近づき、顎を上げさせる。
魔獣はきれいな顔立ちで、女性らしささえあった。
「あら、よかったこんなけ可愛い子なら、王の番になっても見劣りしないわね。ブスだったらどうしようかと思った」
「アーラちゃん! 言ったでしょ、アタクシの娘なんだからキエリは可愛いに決まってるじゃない!」
(このひとがアーラ‥‥あの魔道具で話した魔獣だ)
キエリがなおもからだをよじり、拘束を抜けようとする。
「キエリ、聖水をかけられたのだから辛いでしょう? ごめんね、でも向こうにつくまでの辛抱だからね」
この一連のことを計画したであろう張本人が罠にかけた相手を本気で心配するようにしゅんとしている。
キエリは、腹が立ったのもあるが、何とか時間稼ぎしようとゼノに質問を投げかける。
「ゼノ‥‥みんなに何をしたの?」
「んふふ、実はね‥‥」
しかし、得意げに話そうとしたゼノをアーラが窘める。
「ダメよ、ゼノ。キエリ様は時間稼ぎしようとしてるんだから、回復されたら厄介よ。さっさと移動しまショ♡」
キエリは、苦々しくアーラを睨みつけた。
(‥‥読まれてる)
ゼノは、アーラに注意されてハッとした。
「それもそうね、ついキエリに会えたものだから嬉しくなっちゃって」
ゼノがしゅんとして、また移動魔法を使おうとした時、遠くから声が聞こえてきた。
「キエリー!!」
「フェリクス!!」
大聖堂にいたはずのフェリクスがものすごい速さで槍を構えながら、こちらに向かって走ってきている。
操られているであろう隊員たちがフェリクスを阻止しようと立ち向かうが、フェリクスは大柄にもかかわらず素早くかわすか、隊員たちを軽く投げ飛ばしていく。
ゼノがげっ!?と声を上げ、アーラが何あれ、ほんとに人間?と驚愕していた。
フェリクスの勢いがすごすぎて焦ったのか、ゼノがフェリクスに向かって叫ぶ。
「ちょ、ちょっと!止まりなさい、フェリクス! 止まらないと隊員に自分で命を絶たせるわよ!」
しかし、ゼノの声は届いているはずだが、フェリクスの突撃は止まらないどころか、ゼノの位置を確認すると、手に持っていた槍をゼノめがけて投擲してきた。
「え?」
「あぶなっ!」
しかし、ゼノを槍が貫く直前でアーラが投げられた槍を片手で捕まえた。
槍は少し、ゼノのからだに食い込んでいて、槍からゼノの血が流れ落ちてきた。
数秒遅ければゼノはまた腹に深手を負っていたところだ。
「ゼノっ、早く!」
「あぁ、もう、いだぁい‥‥」
アーラがキエリを隊員たちから奪うように抱え、ゼノは急いで移動魔法を使った。
「キエリ!」
「フェリクス!」
キエリ、ゼノ、アーラの姿はフェリクスの前から消えてしまった。
「くそっ!」
フェリクスが怒気が混じった後悔を吐いた。
しかし、うなだれている暇はなく、次々フェリクスに隊員たちが襲いかかる。
「すまん! 許せ!」
フェリクスは襲いかかってくる隊員たちを片っ端から、みぞおちを殴って気絶させた。
「殿下!」
遅れてやってきたルナとウンブラ、それにマギや他の隊員たちが参戦し始めた。
ルナが操られているであろう隊員たちをかわし、かき分けてフェリクスのもとにたどり着く。
「フェリクス! 何があったんだ!?」
「何をどうされたかわからんが、敵に操られているらしい‥‥それに、キエリがゼノたちに攫われた!」
「なにっ!?」
二人は、会話をしつつ隊員たちをいなしていく、隊員たちの動きは単純で、動きは二人には容易に手に取れた。
フェリクスたちは、全員を気絶させ、ひもで縛りあげた。
フェリクスの顔は険しく、怒りに満ち溢れている。
ルナがフェリクスの肩を叩く。
「キエリさんが攫われて落ち着かないのはわかるが、それでも落ち着け」
フェリクスは、無理やりだが、ゆっくりと息を吐いた。
「あぁ‥‥すまない、ありがとう」
隊員たちを縛り終えたウンブラとマギがフェリクスのもとに集まった。
マギもウンブラもルナもフェリクスを通してキエリが何故魔獣の軍に狙われているかは、あらかじめ話していた。
「困ったことになりましたな‥‥まさか、敵が隊員たちを操ってこのように大胆にキエリさんを誘拐するとは‥‥」
ウンブラが顎に手をあて、眉をひそめる。夜や戦場のごたごたの最中に誘拐するならまだしも、こんな昼間からしかも味方を大勢操るなど、誰が想像できただろうか。
マギがはぁとため息をつく。
「今すぐにウルブスに向かうとしても時間がかかるな‥‥」
ルナがフェリクスをキッと睨みつけた。
「フェリクス、馬に乗って一人で行こうなどと考えるな。死ぬぞ。そんな結末キエリさんは望まない」
「‥‥わかっている」
ルナは、本当にわかっているのかと再度睨みつけるが、フェリクスは、しっかりとルナを見て、わかっているとはっきりと言った。
「たとえ行くとしても、ひとりで行かせないからな‥‥」
「あぁ、頼む」
ルナとて、キエリが心配ではないはずがなかったが、フェリクスのことも心配だった。
フェリクスは、ルナの言葉をしっかりと聞いているあたり、キエリが誘拐されて憤りを感じてはいるようだが、混乱しているわけではなさそうだ。
ただ、フェリクスの瞳にはあきらめの色は抜けていない。
「キエリはすぐに助ける‥‥しかし、作戦通りの挟撃をするのは時間がまだかかる‥‥それに、敵に大勢操られる可能性があるとわかった今、その挟撃の作戦さえ危うい‥‥」
「素早くキエリを救い出す手立てが、馬をとばして少数で向かうくらいしかないのか‥‥いや、それも遅い‥‥どうすれば」
キエリを今すぐに助け出す手立てが浮かばない。
その場にいる全員が苦悶の表情を浮かべる。
その時、フェリクスたちの頭上高い空に大きな影が現われた。
フェリクスたちを余裕に囲むその影を作る正体を見上げる。
フェリクスとルナ、そして、マギはその影に見覚えがあった。
「あれは‥‥」
それは、ゆっくりと地面に下りてきて、その翼が生み出す風がフェリクスたちを直撃した。
『キミタチ アッタコト アル』
「あのときのドラゴンか!」




