女神
サラが辛いだろうと、大聖堂からは離れたところで、キエリは椅子と温かい飲み物を用意してあげた。
やっと泣き終わったサラは、泣きはらして、目が真っ赤になっている。
キエリに渡されたコップを握りしめて、放心しているらしく、ぼーっとコップを見つめている。
突然襲撃にあい、時を共にしてきた人たちが無残に殺されたり、自ら命を絶ったりする光景を見てしまったのだから、彼女が正気を失うのも無理はなかった。
キエリは、魔獣の自分がこれ以上どう声を彼女にかければよいか迷っていた。
ただ、彼女の傍にいることくらいしか浮かばなかった。
「あの‥‥キエリさん、でしたよね?」
サラがキエリに話しかけてきた。キエリは、静かに頷いた。
「あの‥‥先ほどの光はどうして?」
サラが言っているのは、キエリの魔法のことだ。
「わたしの魔法ですよ」
「もう一度‥‥やっていただけませんか!」
サラの瞳がなぜか必死にキエリに訴えかけていた。
人間にあまりやることはないが、人間がキエリの魔法をあびても問題はない、むしろ、キエリの魔法に包まれると優しい香りに包まれる感覚がして、落ち着くらしい。
「わかりました。手を貸してください」
キエリが手を差し出すと、サラはキエリの手に自身の手を重ねた。
キエリが再び魔力を手に込める。穏やかで優しい光があふれる。
「あぁ‥‥やっぱり、やっぱりです!」
サラが、何かを確信して、嬉しそうに少しだけ笑顔になった。
笑顔になってくれたのは嬉しいが、キエリは要領を得ない。
「やっぱり、あなた様は女神様ではないですか? それか、女神様の生まれ変わりなのではないですか!?」
サラがものすごい剣幕でキエリに詰め寄ったので、キエリはサラから手を離して後ずさった。
キエリの手が離れて光も消えていく。
「い、一体なんのお話しですか? 話が見えないのですが‥‥」
サラの瞳には希望の光が芽生えたが、ぎらぎらしていて危うささえ感じる。
「女神様の魔力と似て‥‥いいえ、同じに違いありません! 私は見たのです。十年に一度だけ皆の前に見せられる女神様の聖なる魔力を!」
キエリはますます困惑して眉をひそめる。先ほどはサラが正気を失って混乱しているがために、彼女の信じる神が見えてしまったのかと思っていたが、今度ははっきりと確信するように言っている。
(女神の魔力? ロートゥス教は全ての命の創造神である女神を崇める宗教‥‥ロートゥス教について少しだけ勉強はしたけれど‥‥)
ロートゥス教はこの国では一番信者の多い宗教だが、正直、王家とロートゥス教の関係は薄れ、形骸化している。
祭事で少し触れるくらいだ。
キエリは王妃の教育でひとつの知識として少し勉強した程度であった。
さらに、村で宗教に興味などないゼノに育てられたキエリもそんなにロートゥス教に関心があるわけではなかった。
ただ、キエリが本で読んだ限りでは、女神を模られた彫刻にキエリが似ているわけでもなく、キエリと女神に接点など微塵も感じられない。
キエリは、サラが言っているのは、十年に一度の信者にお披露目される儀式か何かなのかとは理解できたが、実際どんなものかは知らなかった。
なので、彼女の話を否定することもできず、かといって肯定することもできない。
「そうですか‥‥とにかく、落ち着きましょう? サラさんあなたにはまだ、休む時間が必要ですから」
「なんとお優しいのでしょう‥‥あぁ、女神様‥‥」
話が通じているのかいないのかわからなくなってきたが、とりあえずキエリの休んでくれという要望には従ってくれそうなのでよかった。
サラが休めるようにと天幕をはってもらっていたので、サラを天幕の中で横にならせ、寝かしつけた。
サラは、キエリが手を握って今はただ目をつぶって眠ってくださいと優しく語り掛けると、すんなりと深い眠りについた。
彼女も限界だったのだろう。
キエリは、眠るサラに毛布をかけ、どうか悪夢を見ないようにと、おまじないをかけるつもりで頭を優しく撫でた。
(サラさん‥‥普通の女性が残酷な光景を目の前にすれば、正気を保てなくなるに決まってる)
正気ではないかもしれないが、サラの言葉がキエリにはどうしても気になった。
「わたしの魔力が‥‥女神の魔力に似ていた、のかな‥‥?」
いつかのドラゴンに、キエリの魔力がきれいで、特別だと言われたことを思い出した。
魔力というのは人によって量も違えば、性質も異なる。
異なるがために、それぞれに得意不得意があり様々な魔法が今まで生まれてきたのだ。
ひとりひとり違うのだから「特別」という感覚がキエリにはわからなかった。
魔法使いのゼノは、他の魔法使いとは比べ物にならないほど魔力が多く、しかも天才というだけあって使える魔法が多岐にわたっていた。
ただ、あのゼノでさえ、キエリの特殊な匂いを作る魔法だけはできなかった。
「魔力が特別だなんて‥‥あまり考えてはいなかったのだけど、本当にわたしの魔力に何かあるの?」
(魔力‥‥わたしの魔力‥‥魔獣を宥められて‥‥お母さん似で‥‥それくらいしか‥‥)
(女神の魔力と似ている?‥‥女神は、人間の世界を作ったといわれる神。全ての命を平等に慈しみ、愛する‥‥あぁ、こんなことならもっとしっかりと読み込んでおけばよかった!)
悩んでも一人では答えがでそうになく、キエリも埋葬作業を手伝おうと天幕の外に出た。
すると、丁度数名の隊員たちが天幕に入ろうとしていたらしく、鉢合わせになった。
「あ、と‥‥ごめんなさい。何か用でした?」
この数名の男性隊員たちはキエリも顔を見知っていた。
そのうちの一人、キエリに重傷を治してもらったクイナもいた。
「キエリさん、申し訳ないのですが、怪我人が見つかったので来ていただけませんか?」
「他に生きている方がいたんですか!? わかりました。すぐに行きます」
「作業している大聖堂からは移動していただきました。こちらに‥‥」
キエリは、急いで隊員たちについて行った。




