憎悪
今回のお話しは少しえぐいです。
ウィルトスの進軍は怖いほど順調であった。
進軍の途中、いくつかの砦を魔獣から無事に奪還した。
重傷者は今まで、死ぬか大きな後遺症で戦えなくなるかだったが、キエリの治療のおかげで、死者は確実に減った。
傷を治療するキエリは、彼女自身の美しさもあってか「女神」だなんて隊員たちから呼ばれるようになった。
キエリは、それはいいすぎだと微笑んで流していた。
このまま順調にいけばこの四年でフェリクスたちが準備をしてきたことが実を結ぶ。
各所で各々魔獣に抵抗していた兵をまとめ上げ、王都ウルブスを中心に西と東で分けた大きな兵力を作ることに成功した。
そして、集結した兵はウルブスにいる魔獣の王を挟撃する手筈となっている。
ウィルトスたちは、女神イニティウムを命の創造神として崇めるロートゥス教の大聖堂の前を通りかかった。
正しくは、大聖堂があった場所である。
美しい建物も女神を模った彫刻も何もかもが無残に砕かれていた。
それは、人間の技によるものとは思えないほどであった。
「酷い‥‥」
キエリから悲しみから声がもれた。
隣にいたルナも顔をしかめる。
「なぜこんなことが? 賊に襲われた? いや、賊が食料目当てでも大聖堂を襲うにしても、ここまで出来るはずない。まさか‥‥」
「魔獣の襲撃にあったのです‥‥」
ルナとキエリが振り返ると、一人の若い修道女が立っていた。
虚ろな瞳と憔悴しきった顔をしている彼女は、おそらくここの修道女で、魔獣襲撃の被害者なのだろう。
なぜか、両手は土でひどく汚れていてる。
キエリは、魔獣に襲撃された彼女が自分を見て怯えてしまうのでは、と距離をとろうとしたが、修道女はキエリの顔を見た途端に早足でキエリに詰め寄ってきた。
ルナが修道女が何をするかわからず、キエリと修道女の間に割って入ったが、修道女はキエリを前にして急に跪いた。
「あぁ‥‥! 女神さまですね! 哀れな私のために、お姿を現してくださったのですね!」
キエリに向かって修道女は涙を流して祈るように手を合わせた。
キエリもルナも何のことかとお互いに顔を見合わせた。
周囲の隊員たちも何が起こったのかと野次馬のために集まってきた。
フェリクスがキエリに何かあったのかとすぐに駆けつけてきた。
「キエリ! どうした!?」
「フェリクス、彼女が‥‥どうしてか泣き崩れてしまって‥‥」
フェリクスが修道女をちらりと見る。修道女はまだキエリに対し拝むようにして泣いている。
ルナが修道女の前に跪いて目線を合わせる。なるべく刺激しないよう、落ち着いてもらえるように、ゆっくり穏やかに話しかける。
「初めまして、私たちはウィルトスの隊員です。あなたのお名前は?」
キエリも修道女に目線を合わせようと目の前に座るが「あぁ! 女神さまは、私のようなものに目線を合わせて、なんと寛大な! 私のようなものにも、平等に愛を注いでくださるのですね!」と言って、また大泣きし始めてしまった。
キエリの行動の何もかもが彼女を刺激しそうなので、キエリはからだが固まってしまった。
フェリクスがどうしたものかと考えて、とりあえず何をしでかすかわからない彼女からキエリを離すべきかとキエリをひょいと持ち上げて、片手でキエリを抱えた。
「あぁ! 行かないでください女神様! 魔獣に無残に破壊されてしまった大聖堂しかもう、私には残されていないのです! 修道女の皆は魔獣に連れていかれました‥‥女神様! どうか、どうか私をお導き下さい!」
修道女は、這いずりながらフェリクスのマントにすがって、キエリに手を伸ばす。
あまりにも必死なので、ルナもフェリクスも困り眉になっている。
「フェリクス、大丈夫よ。下ろして」
フェリクスは、心配そうにしていたが、ゆっくりとキエリを下ろした。
「あぁ‥‥女神様‥‥」
キエリは、ゆっくりと修道女に近づき、合わせる彼女の手に自分の手を重ねた。
(本来なら、魔獣に使うけど‥‥人間にも悪い影響は出ないから‥‥)
キエリが魔力を込める。優しい光が泣きしきる修道女を慰めるように包む。
「あぁ‥‥‥」
修道女は次第に涙がやみ、落ち着きを取り戻してきた。
そして、修道女はゆっくりをキエリを見据えた。
「あの‥‥落ち着きましたか?」
「は‥‥い‥‥」
修道女は落ち着きを取り戻し始めたのか、キエリを見る目に光がじんわり戻ってきた。
「わたしは、キエリと言います。あなたのお名前は?」
「あ‥‥サラです」
「サラさん、よく見てください。わたしは女神ではありませんよ」
そう言われて、サラはキエリの姿をまじまじと見る。
「あ‥‥」
サラから声がもれ、キエリから手が離れる。
キエリの人間ならざる耳としっぽを認識したようだ。
「あ‥‥あぁ‥‥人間じゃない?」
サラが正気を取り戻したようなので、キエリは次の混乱を避けるべく、後ろに後ずさり、立ち上がってフェリクスとルナに任せようとした。
しかし、サラは後ずさりしようとしたキエリの手を握った。
キエリは、驚きながらもサラの意図を探るため、じっとサラを見つめる。
「あ、あ、あ、あの、あなたは、魔獣なのですか?」
「そうです」
キエリは、落ち着いた声で答えた。
キエリの答えを聞くと、サラは落胆の色を見せた。
「私は、魔獣と女神様を間違えたのでしょうか‥‥?」
キエリたちにどう答えてほしいのかわからない質問をサラは投げかけてきた。
「あなたは混乱していたようなので‥‥言っては何ですが、正気を失っているようでしたよ」
「正気を失って‥‥私、大聖堂が魔獣に襲われて、それで、私だけ命からがら逃げて‥‥」
「あ、あ、あ、穴を‥‥さっきまで掘っていたんです。魔獣にさらわれてしまうくらいならと、自ら命を絶った子や魔獣に殺された人のために‥‥」
キエリもフェリクスもルナもやっと彼女の両手が土だらけなのかを理解した。
「でも、一人じゃ掘りきれなくて‥‥声が聞こえてきたから、こっちに来たんです」
「そうだったんですね‥‥」
キエリは、サラを抱き寄せ、優しく抱きしめた。
魔獣の自分にこんな風に慰められるのは嫌だろうかとも考えたが、彼女には今、慰められる時間が必要でもあった。
「あなたが‥‥生きててよかったです」
「ふ‥‥う‥‥うぅ‥‥」
サラは、キエリに抱きしめられながら静かに泣き始めた。
今まで恐怖と喪失感で涙を流していなかったのか、サラは長い間泣いていた。
ルナとフェリクスはキエリにサラを任せ、フェリクスたちは大聖堂で犠牲になった人たちを埋葬しにいった。




