あの子のために
2021/10/16 ちょっと削りました。
首都ウルブスは、四年前とは劇的な変貌を遂げていた。
街には、巨木の根が所々地面からむき出しになっていて、多くの建物はがれきと化し、無事な建物も植物の蔓に覆われている。
そして、街中のいたるところに淡い桃色の花が敷き詰められるように狂い咲いていた。
花からは淡い光が終始放たれては、空気に流れ溶けていく。
魔獣が支配するこの街には、まともな姿の人間は住人にいない。
「ふー‥‥ゔ!?」
ゼノは、フェリクスにやられた深い傷を治すためにかなりの魔力を使ったため、寝込んでしまっていた。
やっと寝台から起き上がった時には、背骨がぼきぼきと悲鳴をあげていた。
「いたたた‥‥もう、あの坊やったらほんと容赦ないんだから! それか、アタクシも年なの!? ウソ!?」
部屋にはゼノ一人だけだなのだが、独り言にしては大きい文句をぐちぐちと言っている。
だるいからだを無理やり起き上がらせて、自分のふわっと広がる金髪を櫛でといで、身支度を整える。
「魔獣のからだになってから、すっごく不思議だわぁ‥‥空気がちょっと、苦い? キエリもこんな感覚で今まで生きてたのかしら?」
「あぁ、でも‥‥」
ゼノは部屋の中にまで侵入し狂い咲く淡い桃色の花の香りを嗅ぐ。
「前までは感じなかったけど、この花の香り‥‥心の底から落ち着く‥‥これも魔獣化の影響かしら? それに、この香り、まるでキエリの魔法と同じ‥‥」
つい、ぽーっとしてしまい花の香りに酔いしれる。
「はっ! いけない、いけない! 休んじゃった分今日も頑張らないと!」
軽く自分の頬を両手で叩いて気合を入れた。
巨木に貫かれた城はころどころに城だった時の名残が見えるが、ほとんどが木に覆われている。
しかも、独自の部屋がいくつも出来上がっていて、迷路のようになっている。
ゼノは、歩きなれている巨木の城の中をるんるんと上機嫌でスキップする。
巨木の窓、と言っても実際は穴のところから翼が羽ばたく音が聞こえた。
「ハァーイ、ゼノ。もう元気そうね」
「アーラちゃん、はぁー、まだまだ疲れは取れないわぁ‥‥慣れないことはするもんじゃないわね」
アーラと呼ばれた魔獣は、背中から極彩色の羽の翼を生やしている、ワシ型の魔獣だ。
人型の姿をしている今は、長い黒髪と化粧した顔だけを見れば、彼は「彼女」に見えるのだが、体つきから見てもれっきとした「彼」だ。
アーラは、ゼノの前に軽く飛んで舞い降りた。
彼は、申し訳なさそうにゼノに謝る。
「ゼノは、戦いには慣れてないものねぇ‥‥ごめんね、行かせちゃって、でもキエリ様だってあなたとだったら素直に来てくれるかなって思ったのよ」
ゼノは、いじけたように地面を軽く蹴った。
「アーラちゃんを責めてるんじゃないのよ。アタクシだってキエリに会いたかったから、それはいいの。でも、まさかフェリクスとまたくっついてたなんて、しかも邪魔されるなんて! もう!」
「でも、嫌がらせしといたんでしょ?」
「んふふ、そ、あれで潰れてくれないかしら?」
ゼノとアーラはなんとも意地悪な笑みを浮かべている。
この嫌がらせとは、ゼノがフェリクスに送った手紙のことだ。
「そろそろ、どうなったか結果が届くのだけど‥‥あ、噂をすれば」
巨木の窓から一羽の黒い鳥がゼノのもとに飛んできた。ゼノは指に止まらせ、頭を優しく撫でる。
「さてさて、どうなったかしら‥‥」
ゼノが鳥に魔力を込めると鳥は動きがぴたっと止まる。
「‥‥‥」
「‥‥‥はぁ!?」
ゼノが急に大きい声を出したので、アーラが結果の予想が喜ばしいものではないと予想がついて、不満そうな顔になる。
「失敗したのね‥‥」
ゼノは、みるみる瞳が暗く沈み、黒い感情が溢れて、せっかく整えていた髪の毛をくしゃくしゃとかきむしる。
「あぁ‥‥どうしてなの、キエリ? どうしてそこまでフェリクスにぃ‥‥あぁ、憎い!!」
アーラは困ったわねぇ、とでも言いたげにため息をついた。
「どうしてキエリ様は人間なんぞの味方をするのかしら? こちらに来たら王の番にもなれるのに‥‥アタシがなりたいくらいだわ!」
頬を赤らめてうっとりとした表情でアーラが言うものだから、ゼノは力が抜けてしまった。
「ふぅー、まぁ、でもそしたら他の手を使うだけ‥‥もう、種は撒いておいたもの」
「それに、どうせキエリたちが目指すのはここだもの。遅いか早いかよ」
ゼノの言葉に対し、アーラが悲しそうに首を横にゆっくり振る。
「ゼノ、王が望むものはすぐに用意しないと‥‥王も待ちくたびれているわ。王はここを自由に出られない分、アタシ達が動かないと」
ゼノもつられるように悲しい表情になる。
「辛いものね‥‥そんな呪縛があるだなんて」
「それもこれも、身勝手な女神のせいよ! 女神イニティウム!! 生みだしておいて王を縛り付けるなんて、許せない!」
アーラは本当に心の底から憎んでいるのか、声はすさまじい怒気を含み、爪に血がでそうなくらい噛みつき、きれいに整った顔が憎悪で歪む。
しかし、ゼノがアーラちゃんと呼びかけるとすぐにあらやだっ、と言って顔を両手でほぐす。
「やだわーん、アタシったら、イライラはお肌の大敵なのに」
「‥‥すごいわね。アーラちゃんがそんなに怒るなんて。でも、アタクシもなんだか女神に対してイライラしてきちゃった。前は、気にかけもしてなかったのに」
アーラは、にっこりと嬉しそうに笑う。
「そりゃあ、きっとゼノの魔獣化がうまくいってるってことよ」
ゼノが、あー!と言って手をぽんっと合わせる。
「なるほど! 王様の感情がみんなに共有されるのって、こんな感じなのね」
「ふんふん、アタクシも魔獣になって王様の近くで過ごしてるから、王様の気持ちを感じ取れるようになってるのかぁ」
ゼノは納得して、うんうんと一人で頷いていた。
「魔獣の感覚ってやっぱり人間とまた違うわ。不思議ね‥‥でも、心地いいわ、んふふ」
アーラもにっこりと笑いながら頷く。
「はじめ人間を魔獣化するだなんてって思ってたけど‥‥アタシ、アナタとお友達になれたことはよかったって思うわ。エンティアの実験も無駄じゃなかったのね」
「んふふ、でしょ? エンティアとアタクシの知識が合わされば、不可能なんてないわ!」
ゼノは、鼻高々に自慢げに言い放った。
アーラは「うんうん、頑張ってね」と言いながら小さく拍手をしている。
「じゃ、アタクシは癒し空間に行ってくるわん。エンティアもいるだろうし。種まきの芽がでたら今度は一緒に行きましょうね」
「わかったわ」
ゼノは鼻歌を歌いながら、スキップしていった。
ゼノの姿が見えなくなるまでアーラはゼノを見送った。
「ゼノはきっと純粋すぎて、どこまでも残酷になれるのよね‥‥全てはキエリ様のため、か‥‥」




