衝突
ウィルトス全員が玄関ホールに集められ、何事かとざわめいている。
フェリクスがキエリの手を引いて、隊員たちの前に現れると、隊員たちはしんとして、これからフェリクスたちが話すであろう事の予想がついた。
「ウィルトスの皆、時間を割いて集まってくれてありがとう。今日は皆に報告したいことがあって、集まってもらった」
フェリクスは、キエリの顔をちらりと見ると、キエリはこくりと頷いた。
「フェリクス・エピメディウム・レックスはキエリと婚約を結び、国を取り戻した時には、彼女を妃として、迎える」
きっぱりと言い放ったフェリクスの発言を聞き、隊員たちに困惑を伴ったどよめきが広がっていく。
「どういうことだ? あれは魔獣だろう?」
「やっぱりな、あの魔獣と殿下は前からできてたんだよ」
「よりにもよって、何で魔獣なんかと、せめて人間だったら‥‥」
「殿下の気が触れてしまったのか?」
キエリとフェリクスに不審と疑念をはらんだ視線が向けられる。
「ウィルトスの皆、俺とキエリを不審に思うことも、認められないと思うことも理解できる」
「俺たちの主な敵は魔獣だからな‥‥」
『‥‥‥』
隊員たちは、お互いに顔を見合わせて、ばつが悪そうにする。
「そんなことっ、容認できるはずがありません!!」
そう大声で叫び、ずんずんと人をかき分けてキエリとフェリクスの前に出てきたのは、アクイラだった。
アクイラは、怒りで顔が真っ赤になり、肩をいからせている。
「何故、よりにもよって殿下が汚らしい獣なんぞと婚姻を結ぼうとするのですか!」
フェリクスは、アクイラのキエリに対する侮辱的な言葉のせいで拳に青筋が立っていたが、キエリがそっと手を重ねて大丈夫、と落ち着かせた。
「ふぅー‥‥アクイラ、彼女は獣などではない。我々と同じように意思があり、心がある。人間となんら変わりはしない」
「それは、ここにいる誰もが、本当はわかっていることではないのか?」
アクイラは、ぐっと眉間に皺が寄り、言葉に詰まる。
「‥‥っしかし! 魔獣は魔獣です! 人間の王妃などなれるわけないじゃないですか!」
「なれる。王妃になるための条件は、すでに彼女は達成している」
「条件、ですか‥‥?」
「国法には、妃になるためには出自がこうあるべきだという記載はない。ただ、王と王妃の承認が必要なだけだ」
「俺は、もうすでにその証明を受け取っている」
フェリクスが取り出したのは、一枚の証書だった。
そこには、キエリをフェリクスの妃として認めると王と王妃のサインが入っている。
キエリは、フェリクスにそれが渡されていたとは知らなかった。
四年前、フェリクスが騎士団の遠征に行く前に渡していたらしい。
フェリクスには証書を渡して、キエリにはフェリクスの記録をそれぞれ渡していたのだ。
キエリは、二人の優しい笑顔を思い出す。
突然現れたキエリを義理の娘として受け入れてくれて、家族になろうとしてくれた。
もう、戻ることがないかもしれないあの日々は、キエリに寂しさと懐かしさを残した。
(王様、王妃様‥‥本当のことが言えなくて、ごめんなさい‥‥ありがとうございます)
「そ、そんな‥‥」
アクイラは、王と王妃がキエリのことを認めていると知り、たじろいだが、まだ食って掛かってくる。
「そんなっ、国法がなんだって言うのですか! 問題なのはそいつが魔獣という事実で‥‥」
「アクイラ、国の法律を認めないということか? それは、国を軽んじることと同義だぞ」と、フェリクスがアクイラに睨みつけ、窘められ、アクイラは、フェリクスの眼光にさらに勢いが削られる。
「‥‥国を軽んじているわけではっ‥‥殿下、考え直してください! 第一、国民が認めるわけありません! ここにいる者たちだって、納得がいっているものなどいるはずがない!」
アクイラは、そう言って、ウィルトスの隊員たちを焚きつけようとした。
ウィルトスの隊員たちや貴族の中には納得いっていないという者たちがうんうんと頷いている。
「ほら、見てください! やはり、皆反対です!」
反対の声がささやかれ、隊員たちがひしめく中、ひとりの隊員が恐る恐る手を上げた。
「君は、たしか‥‥クイナだったか、意見があるならぜひ聞かせてくれ」
クイナと呼ばれた青年は、まさか自分の名前をフェリクスに憶えられていると思わず、肩をびくっと震わせた。
そして、意を決したように唾をのみ、ゆっくりと口を開く。
「ぼくは‥‥ぼくは陛下とキエリさんの婚姻に賛成です‥‥」
「ほぉら! やっぱり‥‥って、え?」
アクイラがクイナはてっきり文句があるものだと思っていたところにまさかの伏兵で、実に間抜けな声がでた。
「おいっお前! なにを言っているんだ!!」
アクイラの怒りは一気にクイナに向けられ、クイナは怯えてからだが震えている。
しかし、意見は変える気はないようで、声が震えながらもアクイラに反論する。
「‥‥っ‥‥ぼくは、先の戦いで、大怪我を負いました。けれど、そこにいるキエリさんが治してくれたから、ぼくは、こうやって今生きています」
「はんっ! 命の恩人だから、かばうのか? その重症を負わせたのもあいつと同じ魔獣じゃないか! それだったら、お仲間の尻拭いをして当然だ!」
「違います!!」
クイナが突然大声で否定したため、今度はアクイラがびくっと驚いた。
「なっ、なにが違うというんだ?」
「確かに、キエリさんは魔獣です。でも、ぼくを殺しかけた魔獣ではありません。死にかけていたぼくを救ってくれた魔獣です。‥‥ぼくは、怪我で混乱して、キエリさんに酷いことを言ってしまいました。それでも、キエリさんは、他の人と変わらず治療してくれた」
クイナは、ぐっと自分の服の胸の部分を掴み、顔を上げる。
その顔には決意がみなぎっている。
「キエリさんは‥‥優しいひとです。ぼくは、キエリさんが王妃様になってくれたらいいと思います!」
「クイナさん‥‥」
キエリは、クイナが勇気を振り絞って自分たちを認めると言ってくれたのが嬉しくて、じんわりと心が温かくなった。
すると、続々と手を上げて、俺もキエリさんがいい!おれも!と多くの人たちがキエリとフェリクスの仲を認めると主張してくれた。
それもこれも、今までキエリとフェリクスが他者のために身を粉にしてきた努力が今、実となって現れているのだ。
アクイラは、その様子を歯ぎしりして、忌々しそうに見ている。
「くそっやめろやめろ! お前たち正気かよ!?」
フェリクスとキエリがその光景に感動して、目じりが涙で濡れた。
フェリクスは、ぐいっと指で涙を拭った。
「認めてくれると言ってくれた皆、本当にありがとう。ただ、まだ心にしこりが残る者や怒りであふれている者もいるだろう。俺たちは皆にきちんと認めてほしい。そこで‥‥」
「国法に則り、ここに孤狼の儀を行うことを宣言する!」
周囲がざわつく、孤狼の儀などというものを聞いたことがないものが大半以上だからである。
一部の貴族がその意味を理解して、顔を青白くさせている。
フェリクスが手を上げると、しんと静まり返る。
「この儀式の名を聞いたことがある者は少ないだろう。古い儀式で、かつて、身分の低い女性を娶るときに反対された王が作ったものだ。そこから、法は変わり、婚姻のために身分の垣根がなくなって、この儀式は使われることもなく、忘れられていた。しかし、確かに存在し、有効である」
「そして、肝心の内容だが‥‥婚姻に反対する者と俺が決闘をする。そちらは、何人でもかまわない。そして、どんな武器の所持も可能だ。俺は、木で作られた武器のみ持つことが許される」
「俺が勝利した場合、婚姻は何があっても認められる。しかし、反対する者がかった場合、俺は王族としての権限を全て剥奪される」
『!?』
周囲の動揺は大きい。
アクイラは、そこまでするのかと、絶句している。
貴族の何人かが、考え直してくれと駆け寄るが、フェリクスは首を横に振る。
「身勝手だとはわかっている。しかし、キエリは、このひとは俺にとってかけがえのないひとなんだ。諦めるわけにはいかない」
フェリクスは、じっとウィルトスの面々を見渡す。
「正直に話そう‥‥俺は、心の弱い人間だ。戦争が始まってから、いや、始まる前から常に不安が心に付きまとっていた。俺は目つきが悪いから皆に怯えられてないかとか、俺を支えてくれる貴族や国民たちに迷惑かけっぱなしだし、うまく国を治められるかとか、魔獣との戦いで自分自身や大事なひとが命を奪われないとか、とにかく小さい不安も大きい不安もありすぎて仕方がない!!」
フェリクスは、自分の情けない部分をさらけ出しているが目は真剣だ。
ウィルトスの隊員たちも貴族らもぽかんとした表情でフェリクスの話を聞いている。
「だが、彼女が俺に自信をくれる。安心をくれる。希望をくれるんだ。俺の人生に必要なひとだ」
フェリクスは、穏やかな瞳でキエリを見つめる。
「フェリクス‥‥」
キエリは、またフェリクスから愛の告白を聞いているようで、どうしようもなく心臓がうるさかったが、この人が好きだという気持ちが溢れてきた。
フェリクスは、再び隊員たちにまっすぐ向き直る。
「長々と話したが、要は、俺は彼女が欲しい! 文句があればぶつかってきてくれ」
キエリは、さすがにその言葉は直球なのではと顔が赤くなって、耳としっぽがしおれて縮こまった。
絶句していたアクイラは、もう、何も言わない、いや、言えなかった。
アクイラは、フェリクスと勝負をして勝てる見込みはないし、それに、フェリクスに王位から降りてほしいわけではない。
(‥‥っ納得はいかないが、オレにどうにかできることでもない、か‥‥)
しかし、そこにまたひとり、人ごみをかき分けて出てきた人間がいた。
キエリは、耳がぴんと立つ。
「アンナ‥‥?」
「キエリさん」
アンナは、フェリクスの前に立ち、固く自身の両手を結ぶ。
「あたし、あなたと戦う」
キエリは、驚いて目を丸くし、アンナに駆け寄る。
「アンナ! どうして? 戦うって‥‥アンナも反対なの?‥‥隠していたこと、怒っているの?」
キエリは、悲しそうにアンナを見つめる。
まさか、隠していたとはいえ、友人に反対されるとは思ってもいなかった。
アンナは、キエリの方を向く。
無表情で怒っているのか、悲しいのかわからなかった。
「‥‥キエリさん、あたしキエリさんがこの人との仲を隠していたこと、怒っているわけじゃないです」
「ただ‥‥」
アンナが再びフェリクスの方を見ると、その視線には敵意が満ちていた。
「この男がキエリさんのこと、幸せにできるとは思えません!!」
アンナは、思いきりフェリクスを指さして、まくし立てる。
「正直、あなたが王位を剥奪されようが何だろうが、どうでもいい! でも、キエリさんを悲しませるようなことしたあなたにキエリさんを任せられない!」
キエリは、アンナの物言いに完全に困惑してしまった。
フェリクスは、静かにアンナの言葉に耳を傾けていた。
「アンナだったな。君の挑戦うけてたつ。ただ、手加減はしないぞ」
「えぇ! そうしてください! あなたも丸焦げにされても文句言わないでくださいね!」
完全にアンナの挑戦は無謀なものであったが、アンナは頑としてひかないつもりのようだ。
「それと、アンナ」
「な、なに‥‥?」
フェリクスは、アンナに頭を下げた。
「なんのつもり!?」
「あの時、君にも酷いことをした。すまなかった」
「‥‥っ! あたしのことはどうでもいいわ。謝るならキエリさんに謝って」
「そうか‥‥」
アンナはそれだけ言うと、大股で立ち去っていった。
キエリは、まさかここまでアンナがフェリクスに怒るとはわかっておらず、寂しくアンナの立ち去る背中を見つめた。
フェリクスは、再度確認するため全員に呼びかける。
「他に、物申したい人はいるか?」
しかし、誰も何も言ってこない。もはや、認めざる終えないと諦めたのだろう。
「皆、今日は、集まってくれてありがとう。どうか、不甲斐ない俺たちをこれから見守ってくれるとありがたい」
そう言って、フェリクスとキエリは全員に深く頭を下げた。




